エコでフェアでピースな世界をヒロシマから国政へ!成長戦略から成熟戦略。誰もが置きざりにされない社会を。核兵器も原発もない世界を。役人からヘルパーへ。庶民増税より格差是正。ヒロシマの心活かす市民発・政界再編。


by hiroseto2004

復刻版本紙記事 地域自立の経済学 1996年7月

  • 地域自立の経済学
    1996年7月

    始めに
  • 人類は、この200年、史上類をみないほどの発展を遂げてきた。 それは、主として、近代資本主義と、「国際化」「世界の一体化」のもとで行なわれ たものである。そして、その流れは、冷戦崩壊で東側という、敵が消滅したことにより 加速しているかのように見える。

    しかし、一方で、多くの矛盾も吹き出してきた。

    南北問題、そして先進国内における過疎と過密の問題、地球環境問題などが 噴出し、人類の存続を脅かしかねない情勢だ。

    本稿では、今一度、利潤最大化原理と、グローバリゼイションに支えられた 近代資本主義の、危機の打開の方向を、最近、地域レヴェルで広がりつつある、 「地域自立」「自己責任」の観点から探っていきたい。

  • 地域自立の定義

  • 地域自立とは、自給自足の「原始共産制」のことではない。

    筆者の定義では、 1)自分らの地域のことは、自分らで責任を持って決定する。ローカル・コモンズ の管理は、とくに地域住民の意思に任せる。例えば、震災復興、都市計画でも、行政 は一歩引いて、アドヴァイス役として、活躍する。

    2)経済的に、従属しない。このことは、もちろん、ポル・ポト的、自給自足の 経済を行なえということではない。たとえば、アジアの国が、経済発展において、ア メリカへの輸出ばかりに依存せず、例えば、アフリカや、東欧などとも交易し、また、 アジア域内でも稼ぐという、戦略をとれば、リスクも分散され、立派な自立とも言え る。また、工業化ばかりに、因われず、農業の基盤整備も力を入れたりできるなど、 地域の選択肢も広がる。

    3)他地域に迷惑をかけない。水・エネルギー、ゴミ処理などでは、きちんと、自立 する。 他県へ、ゴミを押しつけたり、都会のために原発、ダムを農村、山村、漁村に押しつ けない。これを、アウタルキーの形成といい、欧米で急速に台頭しつつある。そうす ることで、また、地域住民の意識も向上する。自己責任とはこうしたことを言うので あり、いわゆる自由放任論者の言う、金さえあれば、何をしてもよいということでは 決してない。

  • 地域自立の歴史的必然性

    • 近代の歴史と吹き出す矛盾
    • 近代の歴史は、「公」と「私」が、「共」を引き裂き、また、限りなく「グローバリ ゼーション」を行なってきた時代と言える。

      ここで、「共」とは、地域社会における、入会地や、相互扶助などで、日常生活を 近代以前においては直接支えていた。

      例えば日本。明治政府は、地租改正を行ない、土地に対する私的所有権の確立を 行なうとともに、入会地=「共」を国有としてしまった。

      このことは、農民の階層分化と、政府の税収確保を通じて、近代資本主義成立を 準備したのは、教科書の教えるところである。

      「グローバリゼーション」はどうか?ここでは、「国際化」だけを必ずしも意味しな い。離れた「地域」が、経済的、物質循環的に統合されれば、それは、「グローバリ ゼーション」と呼ぼう。

      さて、日本では、近代以降、特に、戦後は、急速に資本主義を発展した。 東京を始め、大都市に人口・産業が集中し、「集積の利益」を発揮し、 日本経済は急速に発展した一因となる。

      こうした、大都市は、水、エネルギー、食糧を自らの近隣で賄うことは不可能に なった。その結果、ダムや、原子力発電所などを、過疎地に建設し、水とエネルギーを 確保することとなった。

      また、都市においては、過密が深刻となり、ゴミ問題や、住宅など生活環境の悪化が 問題となった。

      一方、農村・山村、漁村においては、都市の過密の裏返しとして、過疎が問題 となった。社会の維持が困難な地域も出ている。

      そして、人手不足は、森林の荒廃などを通じて、環境に深刻な影響を与えかねない 状態だ。森林の荒廃は、治水、水資源保全に打撃を与えるのは勿論、漁業にも損害を 与える。

      そして、地域振興のため、ダムや、原発、の受け入れを余儀なくされている地 域もでている。

      また、政治力がないことに便乗した、都市の産業廃棄物などの搬入が行なわれ、 豊島事件など、深刻な 環境破壊も起こった。

      また、ダムによる物質循環の破壊も深刻だ。以前、松山の農協が、ダムの底土を 肥料として使用したところ、大変効き目があったという。このことは、ダムが、 養分の流れをを完全にブロックしてしまっていることを示している。

      国内だけでなく、国際的にも、いわゆる南北問題が深刻になり、途上国から、 資源が大量に流入し、先進国の大量生産・大量消費に供せられ、廃棄物が、 大量に越境する事件が相次ぐこととなった。

    • 注目される「地域自立」
    • こうして、近代における地域の「不健全な」相互依存は、資本主義の発達を促した いっぽう、深刻な悪循環を生み出すことになった。

      この悪循環から抜け出すには、どうすればよいか? それは、「地域自立」である。

      まず、それは、過疎地、大都市双方に当てはまる。

      まず、過疎地。ダムや、原発に頼る経済構造を改善せねばならない。 「経済的自立」の必要性である。

      次に大都市。他地域に、水、エネルギー、ゴミ処理を頼る体質を改めねばならない。 他地域から水・エネルギーを収奪し、他地域にゴミ処理を押しつけ大量消費、大量廃 棄、という、サイクルを繰り返している限り、問題の解決はあるまい。

      なぜなら、他地域に依存している限り、これらの 問題などに関する市民意識の向上も難しい。たとえば、水不足になっても、安易にダ ムの増設に走ってしまおう。

      また、最近の議会制民主主義と官僚制による「公共」は、多様化する、住民の意思を 十分汲み上げ切れるかどうか疑わしい。「政治面での自立」である。

      たとえば、過疎の解決のため、制定されたリゾート法は、結局、国土に、金太郎飴の 三点セット(ゴルフ場、マリーナ、リゾートホテル)をはびこらせただけに終った。

      こうしたことを考えると「地域自立」なくしては、国内における、地域間格差=過疎 と過密問題はもちろん、世界における南北問題などの解決はあり得ないと思われる。

  • 広がる地方の地域自立への試み
  • ここでは、最近広がってきた地域自立への動きを見ていきたい。

    まず、細川内ダム建設計画のある徳島県の木頭村である。

    木頭村では10年先までの村の指針になる第三次木頭村総合振興計画(ダム建設に頼 らない、村づくり)を昨年策定した。その中でも職場の確保等が人口の定着の重要な 条件になると位置付けられており、今年の4月に木頭村と民間会社日本ヘルシック( 株)(美馬町)が出資して設立した第三セクター方式で会社「木頭ヘルシッ ク(株)」が発足した。

    女性を中心に20名程度が雇用される見込みで日本ヘルシックの技術協力により、大 豆を原料に豆乳からアイスクリーム、おからからケーキを生産する予定である。。現 在社屋を建設中、この秋から操業の予定だ。原料の大豆も村内で生産を開始している という。

    また、もんじゅ事故後、原子力行政の「身内」とされてきた原発が集中する福井、新 潟、福島三県知事が、動燃に対し申し入れをしたのも注目される。申し入れ自体は、 「散々今まで補助金をもらっておいて、いまさら反対はないよ」という批判もあるが 、しかし、背景には、市町村レヴェルでの原子力行政への批判の高まりがあった。 地方が自己決定を求め出したのだ。

    96年8月4日、新潟県巻町で原子力発電を問う住民投票が、全国ではじめて、条例に より行なわれ、12478対7904で原発反対が多数を占めた。

    過半数を占めた住民の意思を尊重するとした、笹口孝明町長は、町有地を売却 しないと表明、原発建設は事実上難しくなった。

    このことは、二つの意味で日本の民主主義に大きな一歩を、しめした。

    まず、過疎の町が原発に頼らぬ町作りを選択したということと、。

    もうひとつは、住民が自らの将来を選択したという意義だ。

    前者は、経済的自立への意思表示、後者は、政治的なそれの意思の表示だ。

    「自己決定」もうひとつ注目されるのが沖縄県の基地を巡る住民投票条例だ。基地か ら県民の 生活と安全を守るため、動き出したといえる。基地依存を余儀なくされ、本土の過疎 地同様の問題を抱える沖縄経済の「自立化」への動きと併せ、注目される。

    また、島根県邑智郡七町村は、県境を越えた広島市中区内に共同のアンテナショッ プを開設する。都市との交流回路を広げようという試みである。

    沖縄問題、もんじゅ事故後の原発県の国に対する不信、疑問の声などは、地方の側か らの自立への要求とも言える。もはや、安易な利益誘導では誤魔化せない。大都市の 側が応えてゆく番だ。

  • 地域自立を促す政策

    1. 財政面:地方財源の自立化。財源硬直化の是正
    2. 地方消費税が、97年から導入されるが、これを もっと進めて、地方財源中心にしていく。将来的には、環境税を地方財源とし、 これから、国連の分担金方式で、中央財源を賄う、「地方主権」(中村尚司)の確立 も検討されてよい。財政投融資も、地方ごとに分割することを検討して良いのではな いか。

      過渡的に使い道をある程度自由裁量をもたしておく補助金への移行が、課題である。 阪神復興においても、公園への補助金の硬直性が原因で、神戸市側の負担が増すため 、住民側の提案が実現しにくいという例(六甲道地区)もあった。

      硬直的な国の財政政策も、時代の変化に対応出来ているとはいいがたい。社会経済 状況が変化したのに、前時代に計画された公共事業だけがすすむ状況は財政再建 の観点からも是正されねばならない。

      いままでの既存の予算をベースに伸び率を審査するシーリング方式を見直し、 ゼロベース方式への移行も必要だ。でないと、思い切った予算配分の見直しが 難しい。

      もちろん、福祉など、国の役割も不可欠な部分もある。そうしたところで、国が 責任を放棄してはならない。要は「役割分担」の見直しである。

    3. 法制・規制面:国の地方に対する規制を緩和する。際限なきグローバリゼイション に規制。
    4. 「規制緩和」と、地方分権が相反する、つまり、国が規制緩和をしても、地方が独自 の規制をするのでは、意味がない、だから、地方の手足を縛るべきという意見もある 。

      しかし、それでは、地方の独自の政策がなにもかもできない、ということになりかね ない。都市計画など、国が主体で、自治体、住民が「従」の現状を改めねばならない 。こうした、「地方分権慎重論」はそれこそ、中央の「既得権」擁護につながろう。 どの、程度まで、規制を行ない、どこまでを市場に任せるかは、その地域の実情に応 じ、地域住民が主体的に考えていく必要がある。それが、地域の自己責任ということ である。

      似たような例で、リサイクルを義務づける、EU諸国などの法律が 、WTOにより「非関税障壁」となるのではとの懸念がある。しかし、内外企業に無差別 に義務を課すのなら問題は少ないと思われる。

      むしろ、むりやり規制を撤廃した場合に、大量消費、大量廃棄のサイクルが加速される 害悪のほうが大きい。国民の生活と安全を守る規制は、内外無差別である限り、その 地域、国の主権に任せた方が良い。

      実際、国際的にも、バーゼル条約により、廃棄物の非OECD、非EUへの輸出を原則 禁止としている。このことは、必然的に、先進国に資源の大量消費をやめさせねば、 成り立ちにくいことだ。そのため、多少の障壁を設け、資源の過剰な流入(及び、 国内の採取)を防ぐ 制度はやむを得ないし、そうでなければ、バーゼル条約の効果は薄かろう。

      ただ、環境基準の違いを理由に、一方的に制裁を行なうのは 危険だ。特に相手が途上国なら、例えば、環境基準を理由にした木材輸入を急に禁止 することは、かえってさらなる貧困と、環境悪化を招く危険があるからだ。

      その場合、森林の持続的利用(例:択伐)を指導していくことが重要である。

      国の規制緩和で注目されるのが、卸電力の自由化だ。多様な主体が、電力生産に関わる ことで、エネルギー問題への関心も高まる。分散方式のエネルギー生産が現実の ものとなるかもしれない。

      地域自立の観点からすれば、エネルギー自給に推奨できるのがゴミ発電だ。 地域内のゴミを燃焼させ、エネルギーを回収させるこのシステムは、全国で 77万KWh発電されている。

      これによる、もう一つの効果は、住民がリサイクルと燃焼でどちらが環境に良いか 比較するようになるというものだ。

      もちろん、リサイクルにせよ、発電にせよ、新たなる浪費を促進する免罪符に なりかねない。

      当然、それは、省エネルギー・省資源が政策目標であることが大前提ではある。

    5. 都市・交通政策:資源・エネルギー政策と都市・産業政策の統合。 生活行動圏を中心としたコミュニティー作り

    6. まず、エネルギー、ゴミ問題は、漠然としたものではなく、個々の、都市・地域の 生活や産業の中で発生するものだ。都市計画、産業政策に、資源エネルギー政策を 取り込まねば、効果を挙げにくい。たとえば、都市計画とエネルギー政策が統合され ていないと、いくらエネルギー政策で、需要を管理しようにも都市構造が浪費的 であれば、無意味である。

      両方を統合的に実行できるのは、やはり自治体である。市民・企業と連携しつつ、 「都市の成長管理」などを着実に行なっていくべきだ。

      生活行動圏を中心としたコミュニティー作りは、高齢化社会を迎え、弱者に配慮した 、街作りという観点からも重要である。

      例えば、スウェーデンでは、1km以内で、生活が完結するよう、教会、図書館、商店 などが配置してある。このことは、交通量の抑制、エネルギー消費の抑制につながる ばかりでなく、高齢者など、弱者が暮らしやすい社会の形成につながっている。

      また、ドイツを始め、欧州各地では、道路を人間に取り返す試みが行なわれている。 ドイツのフライブルグでは、車の市内への乗り入れを、高額の駐車場料金で抑制した。 一方で、路面電車の整備を行ない、自転車の普及に力を注いだ。「人間」が歩くこ とを楽しめる街路作りという一貫した視点で交通の鎮静 化(トラフィックカーミング)を推進した。

    7. 産業政策、金融政策:生活文化、地域のニーズに忠実に
    8. もし、地域経済が、加工貿易型で、自立しようとすれば、成功する地域と失敗 する地域の差は歴然たるものになろう。。世界レヴェルでも、工業化を急ぐあまり、 農業などの基盤整備がおくれ、食糧危機などを起こしている国、起こしかねない国が 多い。

      しかし、地域の固有の風土・文化をいかし、地域経済の循環を高める方向で 地域資源を活用すれば、結果的に、その地域固有の特産品も生み出せよう。

      ここで、注意が必要なのは、地域の固有の文化にささえられた産品が、「比較優位」と 必ずしも一致しないこと。地域の資源を活かした産業形成には、地域の人々の生活文化 に密接なものであるから、「外資」導入もこうした産業育成の方向で行なうべきだ。

      また、企業のニーズと地域のニーズが合致しない部分では、公的資金の導入が不可欠 である。

      しかし、いまの、補助金行政では、かえって、地域の個性を否定、また、財政投融資 のように、無駄使いにしかならない事業へ資金が回る結果になる恐れがある。

      そこで、注目されるのが「市民バンク」だ。地域のニーズに忠実に応える「市民事業」 に対し、融資を行なうものだ。こうした文脈で、信用組合、農協が見直されてもよい のではないか。

      地域通貨の創造も検討されて良い。地域の経済循環=物質循環を盛んにすることに貢 献するものだ。地域の循環は多くの場合、物質循環と整合的である。しかし、グロー バルに循環すると、どうしても物質の経済における循環が、偏りがちだ。例えば、日 本古来の「生き瓶」も、日本酒が、地場産業から、全国ブランド化してしまい、小売 店から、業者までの距離も遠く、デポジット廃れてしまった。アメリカの農地荒廃も 、日本の水面の富栄養化もじつは、食糧貿易による窒 素循環の偏りが根本原因だ。

      地域通貨的なものとして地域の商店街が発行するプリペイドカードや、地域の互助 組織があげられる。前者は、地域外への購買力流出を防ぐものである。後者は、 米沢市の「ふれあいサービス」が、良い例で、高齢者介護や雪下ろしを、他人に してあげる一方、自分も必要な時、自分がしたぶんだけサービスを受けられるという ものだ。

      なお、国際的にも、アメリカなど先進国への輸出にばかり頼らぬ経済システムを、導 入していく必要があろう。

    9. 民主主義の成熟と地域自立・地域間協力
    10. 住民が自己決定を行なうのが、「地域自立」の定義の一つだ。そうすることで、 住民自身の意識の向上が図られる。それには、住民自身の成熟が重要である。

      そして、行政には、積極的な情報公開を行ない、住民の政策提言能力を助ける ことが重要である。

      また、地方を含め、議会は十分に住民のニーズを吸収しているとは言いがたい。 その限界を補うためにも住民が積極的に政治に参加し、「公共性」を創造することが 重要であるし、現にしつつある。

      また、他地域に迷惑をかけない視点の実現のため、身勝手にならず、他人を思いやり、 他の地域と協力する心を持つことが、特に物質循環でつながり合う地域同士で必要で ある。実際に、広島県西部の十八市町村と五森林組合でつくる太田川流域森林整備セ ンター(山県郡戸河内町)が、2005年度を目標にした「太田川流域森林整備実施計画 」をつくった。

      運命共同体といえる上下流が、流域全体の問題に目を向け、協力し合い、域内の振興と 物質循環の回復に資することが期待されよう。

      また、やはり、98年に全通する西瀬戸道(しまなみ海道)沿線では、単なる通過点 とならぬよう、「しまなみ海道周辺地域振興協議会」をつくり、自動車 道の開通を沿線住民の暮らしと地域づくりに生かし切れるよう、今後を見据えた広域 的な地域連携への具体的な取り組みにかかっている。

       広域連携のポイントは、沿線自治体の特徴を生かしつつ、ルート全体としての新し い魅力をいかに引き出せるかにある。そのためには各自治体の全ての情報を集めて調 整し、方向性を示していく作業が必要だ。民間レベルの広域連携の動きも出ている。 広島・愛媛両県の関係者からなる地域振興協議会が、それらをまとめた推進の核にな ることを期待が期待されている。

      また、これと関連して、広島県は「中四国地域連携構想」に乗り出した。

      物質循環などで深い関係にありながら、「中央」優先の東西方向の交流ばかり 深めたたため、広島、島根、愛媛、高知といった、「タテ」方向の交流は、分断され た。

      また、そうでなくとも中四国は、関西と九州の狭間で埋没しがちだ。

      そこで、「タテ」方向の連携を重視することで、域内の各地域が、特色を活かしつつ、 補完し合い、自立的な経済圏を確立しようとするものだ。

      広島商店街フェスティヴァルでは、島根・広島県北部の新米、ヤマメなどのコーナーに 人気が集まった。戦後経済のなかで、切り捨てられつつあった、商店街と、 過疎地が、連携して、活性化する糸口が見えたのではなかろうか。

      また、人、モノだけでなく、環境問題などもボーダーレスな現代、自治体は、国民国 家を乗り越え、世界全体に目を向けている。

      地方は、それぞれの特色を活かしつつ、きめ細かな協力を行なっている。

      例えば、広島県は、酸性雨対策などで、中国四川省と協力している。

      また、96年6月、「平和の創出」の観点から「広島国際貢献構想」「を打ちだし、 被爆者医療の経験を活かした、医学拠点の整備などを行なう。

      また、広島市も、アジア大会の経験も活かし、原爆を乗り越え、復興をとげた、 生きる希望を世界の人に与える「人間賛歌都市ひろしま」として、交流を特に アジアと深め、世界都市としての機能整備に努める。

      このように、「地域」が、国民国家に因われず、自立的にに他の国の地域と 交流・連携し合うことは、時代の必然となっている。

  • 結論
  • いまや、「地域自立」の動きはおおきなうねりとなっているのは、沖縄問題をみても そうである。

    私たちは、英知を結集して、この問題に当たらねばならない。少数者の意見を圧殺し、 安易な利益誘導で誤魔化そうとすれば民主主義の真価そのものが問われるからだ。

    しかし、いっぽうで、物質的なもの、ゴミ、水、エネルギーについて、他地域に 迷惑をかけることは、避けることだ。

    そのことは、地域の連携となんら矛盾するものではなく、むしろ、他地域への思いやり を通じ、両立しうるものだ。

    ケインズもこういったという。

    思想、知識、学術・工芸、親切さ、旅行といったものは、それらの本性からして 国際的であるべきである。しかし、種々の産物については、それらをつくることが合 理的かつ便利にできるときはいつでも、国内でつくろうではないか。そして、とりわけ 金融・財政については、それを主として国民的なものとしてまかなおうではないか。

    ケインズのこの発言は、今になって、輝きを増してきたように思われるがどうだろうか?

    [参考文献]

    「中国新聞」(5月27日、6月17日、6月20日付)

    木頭村の未来を考える会ホームページ

    室田武ら編著「循環の経済学」(学陽書房)


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    by hiroseto2004 | 2014-10-28 20:58 | 経済・財政・金融 | Trackback