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by hiroseto2004

復刻版本紙記事 国土交通政策編 「自転車人気」と「クルマ社会の矛盾」――「もうひとつの社会」を構想しよう――

「自転車人気」と「クルマ社会の矛盾」――「もうひとつの社会」を構想しよう――

自転車生産台数、クルマを圧倒

「地球政策研究所」(本部:ワシントン、所長・レスター・ブラウン博士)は、 7月17日、世界における自転車生産は1億100万台に達し、4100万台 だった乗用車の倍以上になった、と発表しました。

同研究所の報告によると、一時は世界の乗用車生産台数が 自転車を抜くのは時間の問題と見られましたが、排ガスが環境に及ぼす影響などが懸念され、最近では自転車が見なおされている とのことです。

欧州では、自転車の利用率が高く、デンマークのコペンハーゲンでは 3人に1人が自転車で通勤。米国では大都市警察の80%以上が
警官の移動手段として自転車を採用しています。

通勤の大半を電車に頼る日本でも、自分の利用する駅まで自転車を利用する人がサラリーマン全体の3割もいる、と指摘。
さらに成人の肥満が問題となっている米国、ロシア、ドイツなどでは健康維持のために自転車を活用する人も多いとしています。

世界の趨勢は、モータリゼーション(クルマ社会化)が停滞し、自転車が見なおされていると言うことになります。

クルマは両刃の剣


自動車は便利な乗り物です。私もクルマそのものを全否定する わけではありません。玄関まで届けられる物流の手段として
は優れています。

また、自動車は、産業としてみても、非常に裾野が広く、経済発展には自動車産業を育てるのが、1つの手っ取りはやい道 である事は、アメリカや日本の経験でも言えます。

いわば、大量生産・大量消費の現代社会の原点とも言えるのが クルマです。フォーディズムと言う言葉をご存知の方も多いと思います。
経済発展、それから、福祉国家、これらを支えていたとも言えます。

しかし、反面、多大な石油を消費するのがクルマです。いわば、 石油文明の象徴です。そして、それだけに、多大なコストを生み
出しています。ある意味で、非常に非効率的な面も抱えていると 思います。

そのコストは、利用者に見えにくいところに大きな問題があります。
交通事故、地球温暖化、大気汚染。そして、解体されれば、シュレ ッダーダストとしてゴミの山になります。

また、人権と言う面では、クルマが激しくとおりだせば、歩行者は 危険で、外を歩きにくくなります。特に高齢者やこどもたちにとっては
表を散歩する権利を奪われる事にもなりかねません。大都市圏なら排ガスによる汚染で歩きにくいということもあるでしょう。

道路がクルマに占拠されてしまい、歩行者が締め出されてしまう 現象を、イワン・イリイチは「ラジカル・モノポリー」と呼びました。
「根源的独占」という意味です。便利にはなったが、逆にクルマしか 選べなくなった、そういう状況です。

運動不足解消のために、クルマでわざわざスポーツクラブに高い金を かけて行く、そういうおかしな現象が起きるのです。

地方都市では、商店街が衰退し、車でしか行けないような、大規模店舗のみが残り、高齢者などが不便を強いられている 実情もあります。

また、公共交通の利用が減り、それが、公共交通の衰退を招き、それがまた、クルマ社会を促進すると言う悪循環も見られました。

国鉄の赤字問題も、国が道路整備、クルマ社会を推進したから、 という側面も否定できないのではないでしょうか。

クルマは社会的費用負担を


1974年、宇沢弘文東大名誉教授は、「自動車の社会的費用」という 本を出しています。それによると、クルマ1台当たりの社会的な
コストはなんと200万円。それだけの損害を社会に与えているのです。

しかし、現実に、クルマの利用者がそれだけのコストを払っているのでしょうか? いや、払っていません。あえて言えば、ガソリン税、自動車税などが挙げられます。

しかし、これらは、結局、ほとんどが道路の整備に当てているのが現状です。

思いきって、クルマの利用者に社会的なコストを負担して頂く、という税制 が重要ではないでしょうか。

クルマの生産者にも、当然、応分の負担が求められます。

自動車リサイクル法が成立しましたが、不十分な内容です。拡大生産者責任 を徹底し、生産から廃棄までに責任を持たせるべきです。

もちろん、「環境税」としての自動車税・ガソリン税を増税しますから、消費税や所得税の減税をしていくのは当然です。特に、低所得者層へ 影響を考慮し、民主的な税制改革と組み合わせるべきと考えます。

無論、公害の悪影響、地球温暖化への悪影響は、恵まれない人に とくに重くのしかかってきます。恵まれた人なら、環境が悪化しても、
土地を投げ出して、移住する事も比較的容易ですが、そうでないと、 厳しいものがあります。環境保護そのものが、恵まれない人を助ける
事にもなる事も指摘しておかねばなりません。

ともかく、資源浪費型、環境破壊型の経済構造・社会構造を 改めてこそ、構造改革と言えるのではないでしょうか。

小泉内閣で改革に多少手がつきましたが、「道路特定財源」はま大半は 残っています。

また、高速道路問題を巡る議論でも、「改革派」といわれる「検討委員会」にも 自民党橋本派などのいわゆる「抵抗勢力」にも、環境問題や、地域づくりと言う
幅広い視座から問題を捉える意識は残念ながら見られません。

広島でも、道路特定財源を一般財源などに転用せず、道路整備だけに 充てることを国に要望する「地方の道路整備の促進に関する意見書案」 が6月議会に提案され、日本共産党会派を除く賛成多数で可決されました。

「検討委員会」は、いわば「市場原理至上主義」とでもいうべきものです。 地方交付税の総額削減などの「地方切り捨て」とも通ずるものです。 それに地方の反発が上がるのは当然です。しかし、怒り方が違うと思います。

もうひとつの世界は可能だ


さて、そうはいってもクルマは必要ではないかといったご意見も あるかと思います。また、クルマで支えてきた雇用はどうするのだ、
ご指摘もあるでしょう。

無論、わたしもクルマを全否定するわけではありません。

しかし、わたしは、クルマに過度に依存しない「持続可能な『もうひとつ の世界』は可能だ」と考えます。

広島県は、「ユニバーサルデザインひろしま指針」を策定しています。
広島県に暮らす人、広島県を訪れる人、全ての人があらゆる場面で障壁を 感じることなく安全で安心な生活を楽しむことができるユニバーサルデザイン 社会を目指すものです。「バリアフリー」というと、障害を取り除く、という イメージになりますが、ユニバーサルデザインは最初からそういう障害のない 社会を目指すというイメージになるかと思います。

この中には、「誰もが町歩きを楽しむ事が出来るよう」な、都市環境や交通環境 の整備を促進し、全ての人が暮らしやすいまちづくりを目指します、とあります。

脱クルマ社会を構想することは、「指針」に魂を入れることに なるのではないでしょうか。

まず、都市圏については、「トラフィックカーミング」を思いきって 実行する事を提唱します。歩行者・自転車優先の町づくりにする
のです。それにより、中心市街地にも再び活気を取り戻します。

とくに高齢社会を考えれば、歩いて全ての用がたせるような 地域づくりが都市部ではとくに必要だし、可能であると考えます。
移動距離も減り、エネルギーの浪費も押えられます。

そして、必要に応じて、公共交通機関を充実させます。
町づくりもコンパクトにします。コンパクトなほうが、 公共交通機関の強みも発揮されるからです。

また、駐輪場の整備も重点項目になってくるでしょう。

また、農山村においても、とくに御年寄などに移動手段を「人権」 として保障するということが求められるのではないで しょうか。

可部線存続も含めて、公共交通機関の意味をあらためて見直したい ものです。

人にも環境にもやさしい社会をつくるという視点、これは、平和都市 ヒロシマとしてふさわしいものではないでしょうか。

「真の構造改革」をいまこそ

第2に、雇用の問題がありますが、これは、エネルギー浪費型 社会の転換の文脈の中で考えて行く必要があります。もっと 踏み込めば「脱原発」の社会ともリンクしてきます。

世界の流れを見れば、「脱原発」「脱クルマ」が主流となり つつあり、それに対応した産業政策が必要となってくるのです。

まず、地域の雇用は、むしろ中心市街地の活性化で 増えるとも考えられます。公共交通機関で働く人も 雇えます。

自動車産業の場合なら、今後、主流となってくると思われる 「分散型エネルギー」への進出が上げられると思います。

原発や石油火力と言った大型電源からはるばる都市へ 電気を運ぶのではなく、地場で生産したエネルギーを地場で 消費する。こういう社会への転換にのるのです。

燃料電池や、ガスタービン発電など、自動車業界の技術が 生きてくる場面はいくらでもあると思います。

また、現に自転車が伸びていますから、車の代わりに自転車 産業で雇用が増える事も考えられます。タイヤなどは自動車と 同じメーカーの場合も多いのです。

短期の経済への影響はどうでしょうか?

将来は環境破壊、市街地も空洞化してさびれる、といった展望 しかなかったら誰が進んで消費しようとするでしょうか

何より、安心して人間らしく暮らせる社会になります。
その安心感があれば、目先の景気回復も見えてくるのではない でしょうか。

いまこそ、「もうひとつの世界」を高々と掲げようではありませんか。
もう、口先だけの旧来の大会社優先の経済構造を強化するための 「改革」は御免です。「真の構造改革」を急ぐべきときです。

来春の統一地方選挙、来るべき総選挙では、こうした視点も候補 者や政治勢力の選択の材料に使用ではありませんか。


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by hiroseto2004 | 2014-10-28 21:04 | 環境・街づくり | Trackback