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by hiroseto2004

1980「社公合意」から2016「参院選」へ 野党の分断と共闘・36年の歴史の流れを振り返る

広島ブログ
【1980「社公合意」から2016「参院選」へ 野党の分断と共闘・36年の歴史の流れを振り返る】

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2016年参院選では、沖縄県以外ではおそらく初めて、参院選選挙区での野党共闘が成立しはじめています。








■社公合意と自社公民体制

1980年にいわゆる社公合意により、社共共闘が崩壊しました。
前年の衆院選で自民党は大敗し、政権から陥落する危険が出てきました。こうした中で、野党分断を図る自民党の差し金が背景にありました。
これまで各地で日本社会党と日本共産党が共闘して革新知事・市長をだしてきたのですが、次々と分断されていきます。

社会党としては、共産党を捨てて、公明・民社と組むつもりでした。
だが、公明、民社両党はすでに、金丸信(故人)ら自民党金権政治家との連携を強めていました。

結局、知事選挙や国会では、いわゆる自公民体制、さらには、これに社会党を加えた自社公民体制が成立しました。

この中で、日本社会党の党勢は長期低落傾向に陥ります。自民党と相乗りする野党第一党がだんだん見向きもされなくなるのは当然と言えば当然でした。

■社会党の崩壊

1980年代末、自民党が消費税導入やリクルート事件、農業自由化でミソをつけると、89年参院選で社会党は大勝します。しかし、これはあくまで、敵失でした。91年統一地方選挙では社会党が大敗します。

1993年、自民党が分裂し、一時、下野します。社会党と公明党、民社党、そして保守系の新党が細川連立政権を組み、1994年初めに小選挙区比例代表並立制を軸とする政治改革法を成立させます。しかし、自民党が社会党を連立から引きはがす形で、94年6月に村山連立内閣が発足します。

当時は、「海外派兵積極推進、規制緩和派」の新進党(細川連立)と「海外派兵やや消極的、規制緩和やや消極的」の自民党が対峙する状況もあり、社会党は後者を選んだわけです。
この時も、社会党は、日本共産党と組んで第三極をつくるということは頭に全くありませんでした。

確かに、社会党から見れば自民党のほうがまだ近いように見えてしまった事情はありますが、このことにより、「社会党の総理が、消費税を増税し(実施は橋本龍太郎内閣)、オキナワの米軍基地問題で代理署名してしまった」という「実績」をつくってしまったのです。

村山総理は96年1月5日に退陣を表明。社会党は社民党、新社会党、民主党への合流組に分裂し空中分解してしまったのです。

■自民党後退も分断され続ける野党

社会党というのはそうはいっても、当時は唯一の脱原発政党であり(日本共産党も新規原発には反対するも、ゼロということは明確ではなかった)、反新自由主義的な政党でもあったのですが、それが、なくなってしまった。

その結果、1990年代後半には、自民党を左からけん制する勢力が弱くなり、逆に、新進党や民主党の右派が右から自民党をけん制するようになったのです。日本共産党が元社会党支持者を吸収し、一時躍進しましたが限度がありました。

1999年には、自民党は公明党を引き込んで自自公連立を成立させました。

■最悪だった「1990年代後半」の政治
その結果、1990年代末には、自民党から社民党まで含めた圧倒的多数が、国会において派遣法改悪に賛成するという状況が生まれました。
このころこそ、実は「政治は最悪」であった、のではないでしょうか。

安倍晋三総理ばかりがまるで「諸悪の根源」のように言われる最近ですが、現実には、安倍総理が一介の若手議員に過ぎなかった1990年代後半こそ、新自由主義なり海外派兵なりのテーゼが無批判にまかり通っていた時代ではなかったでしょうか。

この時期、原子力の事故も多発しました。1995年12月のもんじゅ事故(そして、調査担当動燃次長暗殺疑惑)、1997年3月の動燃東海事業所爆発、1999年9月のJCO臨界事故。しかし、これらのことを鋭く国会で追及したのは、日本共産党のみ、という有様でした。歴史にIFは禁物だが、もし、この時も日本社会党が元気で、きちんと追及していればどうだったのでしょうか?2011年の3.11は起きたかどうか。そんなことも思うのです。

野党は離合集散を繰り返し、自民党により、「各個撃破」された。そんな時代でした。そんな時代のツケが、その後格差拡大や原発事故などの形をとり、今、日本人を苦しめているのではないでしょうか?

■小泉暴走と野党共闘の萌芽

2000年に小渕総理が死去し、森総理に交代しました。このころ、大都市部を中心に無党派層が増え、自民党が衆院選や知事選挙で負ける例が相次ぎました。

しかし、このころの無党派層は、そうはいっても、政党を敬遠する傾向がありました。環境保護運動や情報公開などには熱心であっても、では主体として選挙運動をやるかと言えばそうではない、という人も多かったのです。

2001年に小泉総理が誕生すると、自民党が一挙に無党派層を取り込み、小泉ブームを引き起こします。小泉さんは、2006年の任期終了まで、高い支持率を背景に、格差をさらに拡大する派遣法改悪や、アフガン・イラク戦争への自衛隊派兵などを強行していきます。

このころから、共産党・社民党の支持者の間でも共闘の動きが高まってきます。

当初は「個人の肩書でいろいろな政党の支持者が垣根なく集会に参加する」ところから共闘が始まりました。

しかし、それが選挙における野党共闘まで行くかと言えば参院選の沖縄選挙区を除けばありませんでした。やはり、1980年以降、20年余りいがみ合ってきた歴史は重かったのです。

■民主党を一時押し上げた「事実上の共闘」

一方、民主党は2003年に小沢一郎さんが入党したことを契機にスタンスが再分配重視に変化していきます。2006年ころ以降、格差拡大が問題化していきます。そうした中で、2007年参院選、2009年衆院選では、民主党に支持が集まり、政権交代となりました。特に、2009年衆院選では、共産党が候補者を立てずに事実上民主党に票が流れたケースも多くありました。「反新自由主義」というテーゼで事実上、野党共闘が成り立ったともいえます。

しかし、民主党は官僚に敗北し失墜してしまいます。そして、事実上空中分解し、2012年には自民党の安倍晋三総裁に政権を奪還されてしまいます。

■安倍総理の暴走が招いた野党共闘

そして、安倍総理が暴走を開始。安倍総理の暴走に対して、これまでよりは幅が広い層の市民が抗議のデモなどに参加するようになります。2015年9月19日、安保法を強行します。こうした流れの中で、現在の野党共闘の要求が市民の側から高まり、既成政党もこれに押されています。

また、市民も、かつての無党派の市民のように、「デモや集会はやっても選挙はやらない」というスタンスからは、脱皮しつつあります。

現在の情勢は、国家社会主義の安倍自民党、新自由主義の橋下維新、そして、野党連合の「三国志」といえるでしょう。

橋下維新が野党票を食う役目を追っていることは明白です。それでも、既存野党と、そして、反安倍のスタンスの無党派市民が連合して、市民運動と選挙運動を車の両輪で進めるしかないことは明らかです。

■日本が地面に「激突」するまえにせめて「不時着」に

正直、情勢は厳しい。それはそうです。何しろ、野党が、36年間、自民党の策略もあって、分断されてきた。特に、1980年から1990年代末までの20年間は分断が加速していった。その歴史の重みはある。それでも、やるしかないのです。

また、1990年代から2000年代前半くらいまで、新自由主義が無批判に横行していた時期があまりにも長すぎました。たとえ、安倍政権が打倒されようとも、その付けは、これからまだまだ出てきます。

正直、日本を飛行機に例えれば直角に落下しつつあるものを、80度、70度、最終的には水平飛行にだんだん回復させていく。その過程だと思います。

地面に「激突」して、「乗客乗員全員絶望」になるまえに、安倍「機長」を操縦席から排除し、低空飛行でもいい。いや、不時着でもいい。その状態に持っていくにはどうすればいいか。そういう瀬戸際に日本はあると思います。



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by hiroseto2004 | 2016-01-07 23:10 | ヒロシマの心活かす市民発・政界再編 | Trackback