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by hiroseto2004

「村社会ニッポンのポストモダニズム」の問題点

村社会ニッポンのポストモダニズムの問題点は何か?

簡単に言えば
「官僚機構や大手企業と一般市民・労働者が対等であるかのごとき幻想を前提としている」
ことでしょう。

それにより、官僚機構や大手企業へのチェックを弱めてしまったわけです。

身近な地方自治体へのチェックは昔に比べると強まった面もあります。それはそれで成果です。
しかし、他方で、国家的な権力の暴走に対しては、以前に比べてもマスコミは及び腰ではないか?
それが安倍総理の暴走の背景にもあるのではないか?
そう思います。


そして、大手企業についても、一頃のリバタリアニズム的な論調が、大手企業の暴走を後押ししてしまった。
それが格差・貧困の拡大の原因になってしまったのではないか?

1990年代、個の確立、自己責任というフレーズが流行したこともあった。
「多様性の尊重」は「モダン」に比べればポストモダンにおいては進んだ面もある。

しかし、さらに、現実には、日本の「村社会」がその枠からはみ出した個人を攻撃してきたとき、日本型ポストモダニズムは本気で多様性を尊重するために抵抗することをしなかった。そこにも問題があります。むしろ腰砕けになってしまったのです。

だが、さらに「自己責任」が日本古来の村社会の論理と結びつき、「貧困は自己責任」「社会に迷惑をかけるな」
的な論調へと変質し、日本特有の珍妙な自己責任論につながっていったのではないか?

このように思われるのです。

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by hiroseto2004 | 2016-09-18 06:36 | 思想・哲学 | Trackback