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by hiroseto2004

「外国人看護師・介護士、難しい定着「もう疲れ果てた」」【他社報道】

日本人も疲弊。外国人も疲弊。「以上、簡単」言ってしまえばそれだけのこと。

第一に、そもそも、日本人を使い捨ててきて人材不足になった延長線上で、外国人を、最初から使い捨てる気満々で受け入れていたらこうなることは目に見えていました。
第二に、1990年代後半以降、ほとんど経済成長しておらず、その結果、欧米に比べると日本は賃金も低いです。既に出稼ぎ先としては魅力がないのです。一人あたりGDPで見ても、先進国の中でも低い部類です。


外国人看護師・介護士、難しい定着「もう疲れ果てた」

http://www.asahi.com/articles/ASJ8J354HJ8JUTFL001.html

 経済連携協定(EPA)で外国人の看護師や介護福祉士を受け入れて8年。インドネシアフィリピンベトナムから計4千人近くが来日し、600人余が国家試験に合格した。労働力として期待される一方、合格者の3割以上は帰国などEPAの枠組みから離れた。「定着」はなぜ難しいのか――。

 8月下旬、介護福祉士インドネシア人女性(31)が6年半暮らした日本を離れ、母国に帰った。大きな段ボール箱一つ分は、介護と日本語の勉強の本で埋まった。「もう疲れ果ててしまった」

 来日前はインドネシア小児科の看護師として働いていた。EPAの募集を知ると、アニメで憧れた日本に行けると夢が膨らみ、2009年に応募した。

 来日後、4年間は施設で働きながら研修をする。仕事は楽しく、覚えた日本語で利用者と冗談を言い合った。夕方には自習時間があり、月2回は日本語教室に通わせてもらった。日本の制度や専門用語は難しかったが、過去の問題を頭にたたき込み、14年に介護福祉士の試験に合格した。

 ところが、合格後に生活は変わった。国が補助金をつけて施設に研修を義務付けているのは合格するまで。勉強の時間はなくなり、家賃の補助も出なくなった。合格しても給料はほとんど上がらず、長期休暇も取りづらかった。

 昨年末から夜勤リーダーの見習いが始まった。最初ははりきったが、期待はすぐにしぼんだ。日勤への申し送りは、15分間で入所者42人分の夜間の状況を口頭で伝える。「失禁があって全更衣しました」など日常会話では使わない言葉を早口で言う。発音が悪いと、「何を言っているか分からない」とダメ出しされた。

 毎晩残って練習し、3カ月間の見習い期間の最後に臨んだ試験。5人分の状況を伝えるのに10分かかったところで、打ち切られた。

 このころ、日本の受け入れ機関である国際厚生事業団にメールで送ろうと、書き留めた文章がある。

 「ずっと我慢して仕事をしながら、申し送りの勉強をしていましたが、やはり疲れました」


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by hiroseto2004 | 2016-09-18 18:20 | ジェンダー・人権(労働問題) | Trackback