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by hiroseto2004

9月30日といえば思い出す「いつか来た道」・・JCO臨界事故

9月30日といえば思い出す「いつか来た道」

9月30日と言えば思い出すのは1999年を思い出します。

この日、セ・リーグで中日ドラゴンズが11年ぶりの優勝を決めました。しかし、それを吹っ飛ばすかのような事故が発生しました。

茨城県東海村のJCO東海事業所でウラン濃縮中に臨界事故が発生。大量の中性子線が発生。被曝した作業員の大内久さん(当時35)と篠原理さん(当時39)が懸命の治療のかいもなく、後日、亡くなりました。

日本では1995年12月8日のもんじゅナトリウム漏れ事故、1997年3月11日(!)の動燃東海村事業所での爆発事故と、核の事故が頻発している中での事故でした。日本で始めて、核の事故により犠牲者が出たのです。

この事故後、原子力の規制機関と推進機関を分離することになり(当時の日本共産党の不破哲三委員長が党首討論で小渕総理を追及したことが契機)ました。

その後も、東電によるトラブル隠しの発覚や、2007年のM6.8の新潟中越沖地震で柏崎刈羽原発が一時使用不能になる被害が出るなどしましたが、が、原子力政策そのものが根本から見直されることはありませんでした

そして、2011年3月11日を迎えてしまったのです。

だが、「3.11」の原因究明もされぬまま、「いつか来た道」をこの日本は歩もうとしています。

川内原発、伊方原発の再稼働強行。そして、海外への原発輸出。

「もんじゅは廃炉にすると言うが、核燃サイクルそのもは見直せない」というのは、どこかの国の軍部の70数年前の「敗戦」を「転進」と言いくるめた「大本営発表」を思い出させます。

ヒロシマ、ナガサキ、ビキニ、フクシマ、と4度も核の大きな被害に遭いながら、またまた核の悲劇を繰り返そうとするのか?

度重なる事故にもかかわらず軌道修正できなかった日本の原子力行政の「いつか来た道」。

その「いつか来た道」を繰り返しては、核の事故の犠牲者にも、フクシマで避難を強いられている皆様にも、顔向けができないのではないでしょうか?

(3)10月2日は茨城県東海村でJCO臨界事故17周年集会

 1999年9月に茨城県東海村で起きたJCO臨界事故から17年。その後の
2011年の福島原発事故につながる大惨事として風化させてはなりません。
原水爆禁止日本国民会議は茨城の関係団体とともに、毎年、集会を開催して
います。今年も10月2日に東海村で開催されます。

 日時 10月2日(日)13:00~集会、14:50~デモ行進
 場所 茨城県東海村「石神コミュニティーセンター」(電029-283-2826)
    JR「東海駅」から徒歩30分、車で5分
 内容 講演「福島原発事故から6年目を迎えて」(福島原発告訴団)
    特別報告(原発避難者、東海第2原発再稼働反対など)
 連絡先 (電029-221-6811 茨城平和擁護県民会議)

 ■チラシはこちら⇒
  http://www.peace-forum.com/gensuikin/20161002chirashi.pdf

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by hiroseto2004 | 2016-09-30 00:00 | エネルギー政策 | Trackback