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by hiroseto2004

ハザードマップが甘かったことも含め、行政総体としての責任は重かったと思う・・大川小津波被害訴訟

ハザードマップが甘かったことも含め、行政総体としての責任は重かったと思う

東日本大震災で壊滅した石巻市の大川小学校生徒二十三人の保護者らが一人一億円の損害賠償請求をした裁判。
仙台地裁は十四億円を支払うよう宮城県と石巻市に命じました。
ハザードマップから学校が避難が必要と判断しなかったのも甘かったと思います。

ハザードマップはあくまで「参考」です。
さらに、平安時代まで遡れば今回と同じレベルの地震はあったわけです。

明白に、行政が作成したハザードマップそのものが甘かったと思います。

判決文を詳しく読んだわけではないが、上記の背景は加味された判断だと思います。


ともかく、きちんとした総括をしなければ、亡くなった方々にも申し訳ないと思います。



東日本大震災の津波で犠牲になった宮城県石巻市の大川小学校の児童の遺族が訴えた裁判で、仙台地方裁判所は「市の広報車が避難を呼びかけたのを教員らが聞いた時点で、津波が到達する危険を予測できた」と指摘して、石巻市などに対し原告全員に14億円余りの賠償を支払うよう命じました。

石巻市の大川小学校は、学校の管理下としては震災で最も多い74人の児童が津波の犠牲になり、このうち23人の児童の遺族は石巻市と宮城県に対し1人当たり1億円、合わせて23億円の賠償を求める訴えを起こしました。
裁判では海岸からおよそ4キロ離れた小学校まで津波が来ることを学校側が予測できたかどうかなどが大きな争点となりました。

26日の判決で、仙台地方裁判所の高宮健二裁判長は、石巻市と宮城県に対し原告全員に合わせて14億2600万円余りの賠償を支払うよう命じました。
判決では「津波が襲ってくる7分前の遅くとも午後3時半ごろまでには、石巻市の広報車が津波が松林を越えてきていることを告げながら避難を呼びかけたのを、教員らが聞いていたと認められ、この時点で小学校に津波が到達する危険を予測できた」と指摘しました。そのうえで、「教員らが校庭からの移動先として目指した川沿いの交差点の標高は7メートル余りしかなく、避難場所としては不適当だった。一方で、近くの裏山には小走りで1分程度で移動できたうえ、過去に学習の場などで児童も登っていた場所で、避難するのに具体的支障はなく、避難についての過失があった」と指摘しました。

また、裁判所は「教員らはみずからの判断で自主的に避難することができない児童らを可能なかぎり避難させるべき義務を負い、多少の混乱をいとわずに児童らをせかし、小走りで移動させてでも早期の避難を最優先すべきだった」という判断を示しました。

大川小学校は当時、津波の避難場所に指定されていて、宮城、岩手、福島の3県の教育委員会によりますと、震災をめぐる裁判で、避難場所に指定された学校からさらに避難することについて過失が認められたのは初めてです。

「二度と悲劇起こさないで」

判決の言い渡しが行われた仙台地方裁判所では、午後3時15分ごろ、原告の遺族が硬い表情で裁判所の玄関前に姿を現しました。そして、「勝訴」とか「子どもたちの声が届いた」などと書かれた旗を掲げ、外で待ち受けた関係者に判決を報告しました。

小学3年生の長男を亡くした原告団副団長の佐藤美広さんは、判決のあと「よい結果をもらい、正直ほっとしています。亡くなった子どもたちはこの場に来て、結果を聞いていると思います。息子は『おっとう、僕たちの分も頑張ってくれたな』と言っていると思います」と話していました。
また、原告の1人で小学5年生の次女を亡くした紫桃隆洋さんは「学校に責任があったことをようやく認めてもらい、亡くなった娘に報告したい。市と県、学校には命を預かる学校、先生の責任の重さを受け止め、二度と同じ悲劇を起こしてほしくない」と時折涙を浮かべながら話していました。

原告団長で、小学6年生の長男を亡くした今野浩行さんは、判決のあとの記者会見で、「皆さんは想像できるでしょうか。51分間もの長い時間、自分が死ぬかもしれないという恐怖の中、死んでいった未来ある子どもたちのことを」と述べたうえで、「学校は津波を予見して子どもの命を守らなければならないという判決が下されたことに一定の評価をしたい」と話しました。
原告の1人で、小学6年生の三男を亡くした佐藤和隆さんは「震災から5年以上、『なぜ、なぜ、なぜ』でした。なぜ息子たちは死ななければいけなかったのか。裁判では、その部分が明らかになっていません。息子はどれだけ怖かったのか、石巻市と宮城県の教育関係者にわかってもらいたい」と涙ぐみながら話しました。そのうえで、「きょう判決は出ましたが、『なぜ』の部分の真実が明らかにされないかぎり、今後も同じことが繰り返されるという思いも強くなりました」と話しました。
原告の1人で小学3年生の長女を亡くした只野英昭さんは「判決が勝訴となり、新たな検証や話し合いの部分でも一歩進んだ内容になった」と判決に一定の評価をしました。そのうえで、「同じ悲劇を繰り返してほしくないと、大川小学校に足を運んだ人に語りかける『語り部』を続けていて、きょうの判決の内容も広く多くの人に語っていく必要がある」と話しました。

石巻市長「大変重く受け止めている」

判決のあと石巻市の亀山紘市長は会見し、「東日本大震災の際に、大川小学校の多くの児童が犠牲になったことについて、改めてご冥福を申し上げます」と述べたうえで、「ご遺族の思いや心の痛みに真摯(しんし)に対応してきたつもりでしたが、石巻市の主張が認められなかったという結果については大変重く受け止めています」と話しました。さらに、亀山市長は「判決の結果にかかわらず、学校の防災教育を含めて安心安全なまちづくりを進めていくことが課題であり、この悲劇をしっかりと伝承していかなければならないと考えています」と述べました。そのうえで、控訴するかどうかについては、「判決の内容をしっかりと精査したうえで、宮城県とも話し合いを進め、できるだけ早い段階で判断したい」と述べました。

判決について宮城県の村井知事は記者団に対し、「改めて亡くなった児童の皆さんのご冥福を心からお祈りします」と述べました。そして、控訴するかどうかについては、「宮城県の主張が認められなかったことは受け止めなければならないが、判決文を精査し石巻市とよく協議をして判断したい」と述べました。

傍聴の抽選 倍率は5.6倍

判決を傍聴しようと、抽選の受け付けにはおよそ270人が訪れ、倍率は5倍を超えました。
仙台地方裁判所では、午後1時20分に傍聴券の抽選の受け付けが始まり、担当者が整理番号が書かれたバンドを、傍聴を希望する人たちの手首に巻いていきました。裁判所によりますと、抽選に参加した人は271人で、倍率はおよそ5.6倍になりました。
仙台市に住む80代の男性は「74人もの児童が犠牲になったのは大川小学校だけです。津波が来るまでのおよそ50分の間に何があったのか、真実を明らかにしてほしい」と話していました。また、宮城県亘理町で小学校の教員をしていたという70代の男性は「震災でかつての教え子を亡くしました。自分も教員時代に小学校の避難訓練で児童を並ばせた経験があり、どうすべきだったのか判断は迷うと思います。今回の裁判所の判断は今後の学校教育に大きな影響を与えると思います」と話していました。

大川小学校では祈りささげる人の姿

判決が言い渡された26日午後、石巻市の大川小学校には地元の人などが訪れ、校舎の前で手を合わせて祈りをささげていました。
このうち、大川小学校の前で判決を伝えるニュースをラジオで聴いていた石巻市の69歳の男性は「私も被災したので判決がどういう結果でも子どもたちを弔いたいと思いここに来ました。遺族の方たちの訴えが認められよかったと思います」と話していました。また、仙台市の81歳の男性は「ここに30回以上来ています。判決を聞いて『本当によかったね』と祈りました。この教訓を忘れないことが大切だと思います」と話していました。


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by hiroseto2004 | 2016-10-26 21:16 | 東日本大震災 | Trackback