エコでフェアでピースな世界をヒロシマから国政へ!成長戦略から成熟戦略。誰もが置きざりにされない社会を。核兵器も原発もない世界を。役人からヘルパーへ。庶民増税より格差是正。ヒロシマの心活かす市民発・政界再編。


by hiroseto2004

「ムラ社会ニッポンのポストモダ二ズム死ね」

「ムラ社会ニッポンのポストモダ二ズム死ね」

わたしが、声高に申し上げたいのは「ムラ社会のポストモダ二ズム死ね」ということです。

日本のムラ社会=異論を唱えにくい社会、「ジシュキセイ」社会=に、「相対化」「脱構築」を旨としたポストモダニズムが流入したために、とんでもないことになったというのがわたしの論旨です。

ムラ社会ではあったが、それなりに左派(左派内部にムラ社会を抱えつつも)が健在だった時代は、それでも、政府や大手企業と言った権力の暴走を押さえ込む力が働いたわけです。

政府に対しては立憲主義という形、大手企業に対しては民主的規制という形でです。

しかし、ポストモダニズムは、何でもかんでも相対化してしまった。
具体的に言えば、そこら辺の一般市民や一般労働者と巨大な官僚機構、巨大な企業がいかにも対等であるかのごとき幻想を振りまいたことです。

その結果、「権力」に「抵抗」し、「暴走」を押さえ込むという発想がなくなった。

そして、根本的にムラ社会だったニッポンにおいて、「ポストモダニズム」に便乗して口をつぐむことは、知識人たちにとって、安楽な道になった。

そういうことの結果が、「日本死ね」で注目された待機児童問題であり、介護問題であり、貧困問題であり、原発問題でもあり、政権による一連の非立憲主義的な立法の問題ではないでしょうか?

「日本死ね」と言った人は、おそらく「ポストモダン」だの「ムラ社会」だのといった哲学的な用語はとっさには浮かばなかったと思う。よほどのオタクでもない限りはそれが普通だと思います。

ただ、わたしは、ずばり申し上げる。

「ムラ社会ニッポンのポストモダニズム死ね」
と。


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by hiroseto2004 | 2016-12-16 14:41 | 思想・哲学 | Trackback