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by hiroseto2004

地震多発の端緒?24年前の釧路沖地震を思い出した。

1月15日の20時ころといえばふと思い出すことがあります。
24年前、1993年の釧路沖地震です。
午後8時6分ころ、釧路沖の深さ101kmでM7.5の地震が発生。
https://ja.wikipedia.org/…/%E9%87%A7%E8%B7%AF%E6%B2%96%E5%9…

釧路市で震度6、帯広市、浦河町、広尾町、八戸市で震度5を記録。1982年の浦河沖地震以来、11年ぶりに震度6以上を観測しました。

当時はわたしも東京在住でしたので、震度3の揺れを感じました。
細かい揺れ(初期微動)が長時間続いた後、やや大きな揺れがこれもかなり長く続きました。震源が遠いだけに初期微動は長く続きました。

この地震以降、日本で大きな被害を出す地震が再び続発するようになった感があります。
半年後の7月12日には奥尻大震災(北海道南西沖地震)で200人以上が犠牲になりました。

一度の災害でこんなに犠牲者が出るのは、長崎豪雨以来。
福井地震以来、45年ぶりに犠牲者が200人を超える地震となりました。
さらに、1994年には10月に北海道東方沖地震、12月に三陸はるか沖地震で最大震度6を観測。
そして、1995年1月17日に阪神淡路大震災が発生しました。
その後も、2000年には死者こそ出なかったものの鳥取県西部地震(M7.3)、そして2001年には52年ぶりに広島県内で犠牲者が出る芸予地震(M6.7)が発生。さらに、2003年には十勝沖地震(M8.0)、2004年には新潟中越大震災(M6.8、最大震度7)が発生しました。
2007年の新潟中越沖地震も非常に被害が大きい地震で、しばらく東電柏崎刈羽崎原発もストップしたのです。
そして、2011年の東日本大震災(M9.0)。その後、余震や誘発地震とみられる地震が、多数発生し、大きな被害が出ています。
2016年には熊本・大分大震災で、100人を超える犠牲者(関連死も含む)が出ました。

今にして思うと、あの釧路沖地震が、何かの引き金になったのではないか?そんな風にも思える地震でした。

福井地震以来、大都市が壊滅的な被害を受ける地震がなかったことは、日本の経済発展にとって僥倖でした。

しかし、それが完全に打ち砕かれる端緒となったのがあの釧路沖地震でした。

地震が少ないとされた地方でも、大地震が発生しまくる時代。
自分の住む地方が地震が少ない地方だという思い込みは、1948年から93年までのわずか45年間の錯覚だった。
そのことをいま、日本人は思い知らされたのではないでしょうか?
いや、どこかでまだ油断しているではないでしょうか?


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by hiroseto2004 | 2017-01-15 20:05 | 事故・災害・事件 | Trackback