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by hiroseto2004

視点・論点 奨学金問題対策全国会議・大内裕和教授登場

本日20日未明のNHKの視点・論点は奨学金問題対策全国会議共同代表で大内裕和中京大教授でした。

給付型奨学金の導入を安倍総理が表明したことを評価しつつも、これまで、あまりにも先進国の中で、日本の高等教育への予算投入が少なすぎたことを指摘しました。

いま、返済に苦しんでいる人についても返済能力に応じた減免などが必要だと提言しています。

奨学金が非婚化・少子化にもつながっているということ。

親の資力が雇用が不安定化して低下していること。

若者自身も、大学を出ても必ずしも安定した職に就けないこと。

さりとて、大学は出ておかないと就職が困難という面もあること。

そして、産業構造の変化の中で高等教育に投資が必要なこと。

などわかりやすく整理されていました。

そして、貸与型奨学金については、「右肩上がりで正社員が多かった時代には、一定の役割があった」としつつも、給付型奨学金への切り替えが不可欠だと繰り返し提案しました。

そして、富裕層の金融資産は1年でなんと5.4兆円も伸びており、その伸びの2割にでも課税すれば十分に給付型奨学金への全面切り替えの予算はまかなえることなどを指摘しました。

自民党は「教育国債」などと言っていますが、結局はそういう国債を買えるお金持ちに利子が行くだけですね。
そうではなくて、最初から税金で公正に負担頂いた方が良いと私も思います。






◆「高等教育に投資しない国 破滅する」

◆学費を払えない時代

 最近になってようやく各党が奨学金問題に危機感を持ち、対策を言い始めました。私としては、なぜここまで気付かなかったのかという思い。奨学金問題がここまで大きくなったのは、親の所得が減少し、学費が上がり、雇用が不安定になったから。すべてデータで説明できること。日本では高等教育は親が負担することが一般的になっていますが、その親の資力が下がったので、奨学金を受けないと大学進学が難しくなった。なぜ金を借りてまで大学に行くのかと言えば、高卒の求人が減り、大学を出なければ就職することが難しくなったからです。90年代前半までは高卒の求人は全国で162万人くらいあった。それがリーマンショックで19万人まで減り、最近は少し回復したとはいえ30万人くらい。終身雇用や年功序列が崩れ、賃金が抑えられた結果、子どもが大学生になるころに学費を払うことが難しい親が増えた。かつては40代の収入は初任給の2.5倍くらいでしたが、今はそこまでいかない。借りた子どもにしても、就職先となる企業がブラック化し、非正規労働も増えていることで、返そうと思っても返せなくなってきているのです。

 例外的措置だったはずの有利子の奨学金の割合が増え始めたのは、90年代。運用資金を回すために資力がない人からも借金を厳しく取り立てるようになりました。08年からは回収が民間委託され、回収強化が進んでいます。

 学費も年々上がり続けていますが、今60歳とか70歳の人たちの中には国立大の学費が50万円以上することを知らない人がいる。基本的な問題認識が違いすぎて、世代間断層ができているのです。60年代の高度経済成長や80年代のバブルを知っている人たちは、頑張れば何とかなると言いますが、そんな時代が例外だったことは歴史を見れば明らかです。学費の高騰については、安かったから払えた時代、高くなったけど払えた時代、高くなって払えなくなった時代がある。それぞれで持っている問題意識が違うので、「奨学金を返せないのは本人が頑張ってないから」という論が出てくるのです。そういう話じゃなくて構造的な問題なのに。大学生のアルバイトだって、時給2000円とか2500円の家庭教師を週に2日くらいやれば大丈夫だろ、みたいな話をする人がいる。今はそんなバイトはありません。東大生の家庭教師だって1000円台。企業がアルバイトも戦力として使い倒そうとするから、試験期間だろうが何だろうがバイトを休むことを許さない。時代が全然違うんです。そうなるとまともに勉強する時間も取れないから、本来身に付けられたはずの学力が付かない。学ぶために奨学金を借りて大学に入ったはずなのに、卒業後の返済のことを考えてアルバイトに追われて、十分に学べないのです。

■奨学金が格差を助長

 教育や社会保障をどこまで税金で面倒見るか、という話になりますが、日本の場合は70年代の石油ショックの乗り越え方が悪かった。諸外国はここで高等教育への投資や社会保障制度の見直しを行いましたが、日本は日本型雇用を強化することで乗り切りました。建設業への投資は、高度経済成長期には高い財政効果がありましたが、効果が薄くなった今もそれに頼っている。人への投資が一番リターンがあるのは常識なのに、何十年も前と同じ事を続けているのです。高等教育に金を入れても票にならないことと、土建業が自民党政権を支えてきたことの両方でしょう。下流老人のことを指摘している藤田孝典さんと話が一致するのは、高等教育に投資をしないことが下流老人の問題につながっているから。現役世代の雇用が不安定になれば、退役世代の老後だって危うくなるのは明らかじゃないですか。こんな分かりやすい話なのに、ほったらかしにされてきたのです。

 60年代から80年代、日本経済は製造業の時代でした。電機や自動車、精密機械が中心。そういうときは、平均的な学力格差がない人材を頭数をそろえて社会に送り出しておけばうまく回っていました。付加価値が求められるようになった現代ではそれでは世界的な競争に太刀打ちできない。そもそも教育予算のGDP比が先進国平均の半分って状態で、大学に世界競争を求めていること自体無理があります。トヨタに予算は他社の半分です、でも他社との競争に勝ちなさい、と言ったら、無理だって言われて終わりでしょう。

 奨学金とは、親の所得によって進学ができないということのないように支える制度のはず。給付金にするべきです。子どもは生まれてくる親の所得を選べないのだから。中央労働福祉協議会のアンケートで、奨学金の返済があることが結婚への考えに影響していると答えた人は3割くらいいました。子育てにも影響している。政府は少子化対策や女性の活躍、って言っているが、奨学金はそこの足を引っ張っています。奨学金を借りた人が返済に追われるせいで、人生のいろいろなことをあきらめたり、返済に行き詰まったらサラ金まがいの取り立てにあって人生を壊されたりする。今の制度は格差を助長するものになっている側面があるのです。

本来は、大学への予算を倍増させればほぼ解決すると思っています。GDP比で半分なんだから倍にする。授業料の無償化は3兆円あればできます。有名でもない、たいした教育もしていない私立大学が多すぎるからつぶれてしまえ、という話もよく聞きますが、これも学歴至上主義の表れ。アメリカには3000校の大学があり、日本は780校。地理的な条件も違いますが、多すぎということはないのではないしょうか。

 就職活動が始まり、ニュースで求人が増えているという話が出ています。求人倍率が好転した、というような話。辞めているから求人が多いのでしょう。都心の保育士の求人倍率が66倍、というニュースがありましたが、保育施設ができたというだけでは説明がつかない倍率です。それだけ求人があるほど辞めているということの表れでしょう。続かないから辞めている。それだけブラック化が進んでいると思うとぞっとします。「アベノミクスで良くなっているんですね」と無邪気に言う人もいますが、そういう話ではないのに。もう以前のような経済成長はないのに、教育に投資せず、雇用環境は不安定さを増している。デスロード(破滅に至る道)だと思っています。

<大内裕和(おおうち・ひろかず)> 中京大学国際教養学部教授。専攻は教育学・教育社会学。1967年神奈川県生まれ。学生が試験期間中にもアルバイトに入らざるを得ない状況に疑問を抱き、2013年に中京大生を対象に実態調査を実施。かつてとは異なる重い責任や長時間労働を学生に強いる働き方を「ブラックバイト」と名付けた。奨学金問題対策全国会議共同代表。



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by hiroseto2004 | 2017-02-20 11:09 | ジェンダー・人権(反貧困) | Trackback