エコでフェアでピースな世界をヒロシマから国政へ!成長戦略から成熟戦略。誰もが置きざりにされない社会を。核兵器も原発もない世界を。役人からヘルパーへ。庶民増税より格差是正。ヒロシマの心活かす市民発・政界再編。


by hiroseto2004

「ポスト安倍」が「シュレーダー」では不毛だ

「ポスト安倍」が「シュレーダー」では不毛だ

安倍総理に批判的な人たちや批判的な人たちにも人気がある政治家・言論人の中に、いま、シュレーダー(ドイツ元首相)を持ち上げる議論が結構あります。

「田原総一朗 シュレーダー」とか「小泉進次郎 シュレーダー」で検索すると結構出てきます。

ざっくばらんに言えば、シュレーダーを持ち上げる人たちは
「安倍ジャパンは大きな政府過ぎるので、シュレーダーを見習って小さな政府に」
というご意見といえるでしょう。

2001年に小泉純一郎さんがバカ受けしたときも、「シュレーダーを見習え」的な雰囲気が後押しした面はあります。

シュレーダーは、社民党でありながら新自由主義者でした。

ただ、1998年頃のドイツというのは、政府支出のGDP比率ははるかに高かった。また、東独を吸収合併した後の混乱が残っていた。1990年代前半にはインフレ率が高かった時期もあり、引き続き警戒が必要だったという面もあったでしょう。そういう時期に、デフレ政策を取るというのはマクロ経済政策的に見ても「ありえる」選択肢でした。

ところが、日本という国は、先進国の中でも、どちらかといえば、「企業」に福祉を丸投げしてきた国です。
ざっくり言えば「大手企業正社員のお父さんが世帯主にいれば家族の教育も医療も住宅も安泰」という主義を取ってきた。
その結果、政府支出比率はアメリカと比べても低い。特に教育への政府支出比率は先進国の中でも低いし、生活保護の捕捉率なども先進国と比べても低い(=受ける資格がある人が受けられていない)。

そういう日本と、「個人には手厚い」福祉を取ってきたドイツでは比べものにならない。そして、日本はずっとデフレ傾向でもありました。

もちろん、政府支出の中身が問題で、日本の場合は、時代遅れなハコモノへのバラマキなどが多くを占めていたのも事実です。あるいは、不透明な天下りなどが批判されていたのも事実です。金丸信らに代表される政治腐敗も問題だった。地方行政でも縁故主義は横行していたのも事実だった。

ただ、日本のそうした縁故主義や企業主義を打破する場合には、史実で日本が採用したシュレーダーの新自由主義(小泉純一郎路線)ではなく、社会民主主義(今で言うと共産党、社民党、自由党、民進党左派など)だったのではないでしょうか?

ハッキリ言って、シュレーダー改革後のドイツよりも、日本の方がたとえば公的教育支出のGDP比率は低いのです。
http://www.globalnote.jp/post-1479.html


その後、2009年の衆院選で政権を獲得した民主党の路線は「国民の生活が第一」という名の「社会民主主義」であったと評価できます。しかし、同党のぐだぐだは、「1980年代以前」の自民党(バンカラ自民)を代表するチャンピオンの安倍晋三さんを返り咲かせる結果となりました。そしてその結果として、総理のお仲間ばかりが法の支配を無視し、良い思いをする状態=安倍ジャパンとなったことは残念です。

 どうやら、「安倍ジャパン」は近いうちに崩壊するかもしれません。しかし、それに取って代わるものが、シュレーダー(=小泉=ハイカラ自民)ではいけないと思う。

 少なくとも社民主義vs新自由主義という対立軸であるべきで、新自由主義(ハイカラ自民=小泉・小池)vsバンカラ自民で主導権をキャッチボールする状態では庶民の暮らしは悪くなる一方です。

トラックバックURL : http://hiroseto.exblog.jp/tb/25650781
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
by hiroseto2004 | 2017-03-28 16:46 | 思想・哲学 | Trackback