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by hiroseto2004

内閣人事局=戦前の「党弊」の二の舞ではないか?

内閣人事局=戦前の「党弊」の二の舞ではないか?

戦前の政党政治(大正デモクラシー)の時代、政権交代のたびに、高級官僚の人事を時の政権が大幅にいじっていました。

特に内務省(警察庁+総務省(当時の全ての都道府県知事も官選)ー旧逓信省)の人事は二大政党(立憲政友会=今の安倍自民党に似た感じ、立憲民政党=今の民進党や都民ファーストに似た感じ)による政権交代のたびに大きく変ったのです。

当時の政権交代のパターンは
現政権が行き詰まる→退陣→野党党首を元老西園寺公望らが総理候補として天皇に奏薦→天皇が総理を任命→新総理が高級官僚人事に露骨に介入→解散総選挙→与党派で固めた官僚が、選挙に介入(選挙干渉)、与党を勝たせる
というサイクルでした。これは「党弊」と呼ばれ多くの国民に非難されていきました。当然、その過程で「治安維持法」も干渉のツールとしては活用されたわけです。

他方、野党は野党で、お互い、反対のための反対のために天皇大権を持ち出すという有り様でした。
民政党が野党時代だった1928年には、政友会の田中義一内閣の「不戦条約」に「人民の名の下に」という一文を「天皇大権を侵す」などといって攻撃した。逆に、政友会が野党だった時代には、浜口内閣の軍縮条約を「統帥権干犯」と攻撃。
また、いわゆる天皇機関説事件では当時野党色が強かった政友会が民政党寄りの岡田内閣を攻撃しました。まさに、お互いに、政党としての自殺行為を続けたのです。

しまいには、政党そのものに対して、人々の不信感が高まり、軍部が台頭することになりました。犬養毅が5.15で軍部の凶弾に倒れても、人々の間には青年将校への同情論さえ渦巻いてしまったのです。

今、日本は、内閣人事局という形で、戦前と似たようなことを繰り返しつつあるとも言える。

もちろん、今のような「政治主導」が推し進められた背景はいくつかある。
たとえば、
1,高級官僚のみなさんが、あまりにも庶民感覚・現場感覚から乖離していると言うこと。これは、申し開きは難しいのではないか?
2,自民党政権の長期化の中で官僚=自民党寄りではないか?という思いはリベラル派の中にも強くあったし、わたしもその例外ではありません。その結果として当時の下野したばかりの民主党も自公と合意して内閣人事局制度が出来ています。

たしかに、「政治主導」で現行制度の弊害をなくすことは出来るかもしれない。だが、1についていえば、高級官僚よりも世襲政治家のほうがさらに庶民から乖離している可能性も高い。むしろ、OJTとして介護や農業などを経験させるとか、あるいは、総務省や都道府県なら基礎的自治体の職員から選抜するなどで改善した方が良いのではないかと思う。

2についていも、当たっている面はあるが、しかし、それは政権交代を繰り返し、従来の大臣人事権を適切に行使していくことで次第に是正されるものではないのか?

「内閣人事局」はやはり猛毒ではなかったか?

現代日本では、現行憲法上、実を言うと戦前日本よりも総理の力は強い。特に現行の小選挙区比例代表並立制では公認権をもつ総理の権限は、中選挙区制だった当時と比べても絶大です。総理が、戦前にもまして「党弊」をやらかす可能性が高いし、現にそうなっているのではないか?総括する必要があるのではないか、と思うのです。


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by hiroseto2004 | 2017-05-22 20:52 | 安倍ジャパン | Trackback