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庶民派知事で何があっても心配いらない広島を ヒロシマ庶民革命


by hiroseto2004

【スポーツ/思想・哲学】ポストモダン時代になぜカープが優勝から遠のいていたか?

【スポーツ/思想・哲学】ポストモダン時代になぜカープが優勝から遠のいていたか?

ソ連消滅~BREXIT・トランプ当選までを「ポストモダン」とすると、ちょうど、ポストモダンを挟むようにカープの優勝がある。
逆に言えば、ポストモダン時代には、カープは優勝できなかった。
偶然にしてはできすぎている。
強引だが理由を考えてみた。

ポストモダン時代には、相対主義や脱構築の名の下に、資本主義への批判が弱まった。乱暴に言えば「資本とか権力を批判するのはダサい」的な雰囲気が、わたしが在学当時の東大の蓮実重彦学長を頂点として充満していった。(なお、ちなみに、蓮実学長は女性名義での野球評論をしていたとの説もある。)

その結果として、新自由主義の野球版とも言えるナベツネ読売が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する結果となり、カープは苦戦を余儀なくされた。
しかし、年月を経て、結局、金に飽かせていた読売ジャイアンツは、自滅した。
世界的にブッシュやクリントンら「ネオコン」の自滅と軌を一にするように。
一方、堅実に若手を育てていったカープが相対的に浮上。
その結果として、ポストモダンの終了とともに、カープの25年ぶり優勝という結果が現れたのではないのか?
少々強引だとは思うが、今後とも、掘り下げて検証していきたいと思う。
「読売がなぜ自滅したか」については自明とも言えるが、ブッシュ・クリントンらネオコンの腐敗・没落とも共通点はあるのではないかとも思う。イラク戦争やアフガン戦争で失敗したアメリカ軍は、大金を注ぎ込んで失敗した読売ジャイアンツそのものにも見えるからだ。

by hiroseto2004 | 2017-08-26 19:20 | 思想・哲学 | Trackback