相変わらず、直接税の不公平税制是正に言及しない井手先生
2017年 09月 02日
――前原さんが代表選で勝利しましたが、多くの有権者は民進党に期待していないのが実情です。
「僕は、2人は質の高い議論をしていたと思います。枝野幸男さんは消費増税は国民の理解を得られないとして反対し、1兆円分の赤字国債を財源に保育士や介護職員の賃金アップを訴えた。前原さんは、財源論から逃げないことを明確に打ち出し、消費増税で暮らしを豊かにすると主張しました。タブーだった増税を打ち出した方が勝利したことは高く評価して良いのではないかと思います」
――しかし、どん底の民進党の信頼回復につながるでしょうか。
「10日余りの代表選期間で支持率が上がると思うほうが僕は変だと思いますが、民進党にはこれを契機にやるべきことがあります」
「野党共闘への反発を理由に前原さんを支持した人たちがいる。まずは党内で我々は増税を通じた生活保障で闘うんだ、というコンセンサスを整えないといけない。しかし、国民がうんと言わない限り、彼らはうんと言わないでしょう。だからこそ、国民に財源問題を語りかける運動を展開すべきです。増税は誰だってつらい。『なぜ、All for Allなのか』を説明する責任がある」
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――そもそも「All for All」とはどんな社会ですか。
「今の日本は自己責任の社会だと僕は思います。つまり、自己責任で稼ぎ、貯蓄をし、あらゆる不安に自分自身の力で備える。成長が止まり、所得が20年にわたって落ち、貯蓄率が劇的に下がるなかでみんな苦しい。それでも、人々は自己責任を押し付けられている。これが社会不安の一番の理由です。政府は『あなたが自分でなんとかしなさい』と言い、責任を個人に押しつけてきた」
「日本から、『私たち』という概念が消えようとしていることに、危惧を抱いています。社会の仲間がみんなのために税金を払い、不安や痛みを分かち合う『私たち』を作ろう。それが、『All for All』です」
――みんなで助け合うというのは、聞こえはいいですが、「消費増税が人々の苦しみではない」と理解を得られるでしょうか。
「このタイミングまで消費増税が延期されたことはむしろ天佑(てんゆう)です。2019年10月に2%上がることは決まっている」
「大事なことはまず、この2%の使い道を組み替えることです。1%の貧困対策はやむを得ませんが、もう1%分は元の計画のように借金返済に充てるのではなく、生活保障に使うべきです。幼稚園と保育園の自己負担が8千億円、介護の自己負担が8千億円ですから、それを合わせても消費税1%分の2・8兆円で賄える。国民は『1%の増税で、こんなに生活が楽になるのか』と驚くでしょう」
――しかし、政府の一般会計の予算全体で考えれば、年金や医療費などの社会保障費が3分の1、過去の借金の支払いである国債費が4分の1を占めています。高齢化に伴い、社会保障費はこの10年、毎年1兆円規模で増えており、消費増税1%分の2・8兆円はすぐになくなります。「All for All」の生活保障のために、消費税を何%まで上げるべきだと考えているのですか。
「どの程度の負担がいいかは国民が決めることで、僕が決めることでも民進党が決めることでもない。民進党がA、B、C、Dとシミュレーションを提示し、これぐらいの生活保障にはこれぐらいの税が必要、消費増税率はこう、法人増税率はこう。徹底的に議論したものを国民に示せばいい」
「これは党の意見ではなく、あくまで僕の主観ですが、もし消費税をあと7%上げて15%にすると、欧州諸国で税負担が軽い英国と、平均のドイツの中間ぐらいになる。7%上げると約20兆円入る。10兆円を財政健全化に使うと10兆円残る。介護の自己負担8千億円、幼稚園、保育園の自己負担が8千億円。病院の医療費の自己負担が4・8兆円。大学の授業料が3兆円。全部合わせて9・5兆円ぐらい。すべてを無償にはできませんが、国民負担はほぼ消える計算です」
――例えば年収400万円で夫婦と子ども3人の世帯で、消費税率を15%まで上げれば、貯蓄がなくても、安心して子どもを大学まで行かせられる社会になると?
「そう。医療や介護の不安もいらない。極論すれば、貯蓄ゼロで不安ゼロの社会を目指す。そうすると、みなさんの次の問いは聞かなくとも分かります。『政府を信頼できない国民が多いのに、税を払ってくれるのか』、でしょう」
――その通りです。そもそも国民の間には、前身の民主党への不信感が根強い。民主党はマニフェストでムダを省けば16・8兆円の財源が出るといったのにそれはできず、やらないといっていた消費増税を逆に決めてしまいました。
「マニフェストを実現できず、書いていなかったことをやったことを批判したメディアは100%正しかった。だからこそ、暮らしを豊かにするにはどうすればいいのかを必死に考え、増税で財源を賄うことを説明している。今度はメディアの姿勢が問われます」
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――信頼を失っている民進党に今、何ができますか。安倍政権の対抗軸になりえるでしょうか。
「新しい社会像を示すことです。安倍政権の4年間で平均実質成長率は年1・1%。バブルが崩壊して今に至るまでの平均成長率が年0・9%ですから、ほとんど成長していません。実はそれを一番鋭く感じているのが安倍政権です。だから成長路線の3本の矢から分配路線の新3本の矢へと舵(かじ)を切った。成長ではなく、分配へとステージが変動しているのです」
「そうした中で、前原さんは、本当にアベノミクスの対抗軸とは何かを考え、タブーだった増税を打ち出し、支持を得た。この意味は大きいと思います」
――信頼感を失った政党が、増税というハードルを乗り越え、選挙で勝利できるのでしょうか。
「逆に質問させて欲しい。増税しないと言ったら、選挙に勝てますか?」
――自民党はそう考えているから安倍政権は消費増税を2度延期し、小泉進次郎氏は増税でなく、社会保険料による「こども保険」を打ち出しているのでしょうね。
「あれは(実態が)ばれますよ。社会保険料の負担に頼れば、現役世代にしか負担がないし、子どものいない人は何の利益もないのにお金だけとられる。世代間の分断、子どもがいる世帯といない世帯の分断をうみます」
「増税が嫌なら、それは国民の選択です。しかし、誰もが自己責任の恐怖におびえ、自分で貯蓄しなければならないのにできない。それが次の世代に継承されていくことが僕には耐えられない」
――でも次世代へのつけ回しである借金の返済は後回しですか。
「財政再建化をにらみつつ生活保障をするという考え方です。そもそも国債の9割は日本人による保有です。こんな国の財政がすぐに破綻(はたん)するでしょうか。だからといって将来ずっと、大丈夫かと言えばそうではありません。国民が受益感を得て、さらなる増税の道を切り開かなければ、財政健全化は本当にできなくなります」
――毎年大幅に増える社会保障費はどうするのですか。高齢者への痛みを伴わず、現役世代の生活保障はできるのでしょうか。
「医療費、介護費が増えるのはその通りです。ただ高齢者が亡くなることに伴い相続税収入が増えるので、その税収をとらえられるように設計しておく必要がある。また少子化で子どもの教育費は減る。ジェネリック医薬品を使えば医療費はさらに削減できます」
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――All for Allの原点は何でしょう。ご自身の生い立ちにあるとうかがいました。
「僕は母親が40歳の時の子どもで母子家庭でした。母の友達は、『1人じゃ育てきらんけん、おろしなさい』と言って、泣きながら止めたと言います。それでも産んでくれた。障害年金をもらっていたおじが、お金を回してくれた。独身のおばは、朝から晩まで働いてお金を入れてくれた。家族がただ一つ、僕の幸せだけを願って助け合って生きてきました」
「僕は運が良かった。だから言いたいことは一言に尽きる。運が悪いだけの理由で、真っ当な人生を送れないのはあまりに理不尽だということ。いかなる条件で生まれても、誰もが堂々と安心して暮らせる社会を目指さなければ。東京五輪まで徹底的に闘います。五輪後に景気が傾き、思想的な空白状況が生まれた時、日本に住む人々が右往左往しなくていいように新しい思想の旗を僕は立てたい」
(聞き手・石松恒、三輪さち子、山田史比古)