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庶民派知事で何があっても心配いらない広島を ヒロシマ庶民革命


by hiroseto2004

「出発点」から間違えた日本政府--原爆投下正当化を黙認

 原爆投下の「犯人」トルーマン元大統領の原爆投下正当化の広島市議会議長への書簡を公表した際、日本政府(駐米大使館)は元連合国軍総司令部(GHQ)のボナー・フェラーズ准将が反論するよう勧めたにも加かわらず、抗議せず黙殺していたことがわかりました。

  「原爆投下はしょうがない」という、「久間発言」は一個人の問題ではなく,根深いことを改めて思い知らされました。

  今回、明らかになったことをたとえるならば、「被害者」が,「犯人」から,「俺のやったことは正しかった」といわれて,何も反論しなかったということです。

 そうなると,その後,ずっと反論できなくなってしまう。あるいはしにくくなってしまうわけです。

 外交でも,「あのとき,反論しなかった」ことが出発点になりますから,その後「反論する」に転ずると,アメリカを刺激するのではないか?ということになる。「あのとき認めたことをいまさらあれこれ言うとはさては貴様,反米だな」といわれたくない,という心理になる。現に日本政府は、その後1度も抗議をしていません。

  原爆投下が「おとがめなし」だったことで,その後,ベトナム戦争,チリへの介入(アメリカの傀儡だったピノチェト将軍に政権を転覆させた。その日付は奇しくも9.11だった),グレナダ侵攻,ニカラグア侵攻,湾岸戦争(当時は「正義」の戦争の雰囲気があったが実際には民間人多数殺傷),ユーゴ空爆(劣化ウラン大量使用),アフガン戦争(クラスター爆弾など大量使用),イラク戦争などでの違法行為がやりやすくなったのではないか,とも思うのです。

 また,日本が、北朝鮮の核を批判しても,説得力がややもすれば弱くなってしまう。

 当時の岸総理は,第二次大戦開戦の詔勅にサインし,A級戦犯でした。その過去がありながら,アメリカに,復権を認めてもらった。アメリカにあれこれいいにくかった。むしろ,対米協力を進めるなら,原爆正当化に反対することはマイナスだと思った(アメリカが無茶を今後もするのを黙認する必要があった)。そういう背景もあったのでしょう。

 確かに、日本人の多くはアメリカによる原爆投下には反対してきた。大日本帝国が過去の戦争で行った行為についても反省するというのが政府の公式見解になっている。

 だが,盲点がある。われわれの日本政府がアメリカの原爆投下について甘い,ひいては,国連などの場でも,意外と核軍縮問題については,核保有国寄り(2000年NPT会議など)であることなどは関心が低かった(被爆者など一部の方々はのぞく)。

  この問題(日本政府の態度)については関心が相対的に右翼・左翼問わず低かったのではないかとも思います。いや,52年間自民党が「準独裁」体制を維持してきて,どこか「まあ,こんなものか」と思ってきたのかもしれない。

 しかし,その50年間ほどのつけが,いまいろいろな形で現れていると思います。

 「大日本帝国政府」はそれでも,戦闘中ですがアメリカに「全人類および文明の名」において抗議しています。


米国の新型爆弾による攻撃に対する抗議文

前略 
広島市は何ら特殊の軍事的防衛乃至施設を施し居らざる普通の一地方都市にして同市全体として一つの軍事目標たるの性質を有するものに非ず、本件爆撃に関する声明において米国大統領「トルーマン」はわれらは船渠(せんきょ)工場および交通施設を破壊すべしと言ひをるも、本件爆弾は落下傘を付して投下せられ空中において炸裂し極めて広き範囲に破壊的効力を及
ぼすものなるを以つてこれによる攻撃の効果を右の如き特定目標に限定することは物理的に全然不可能なこと明瞭にして右の如き本件爆弾の性能については米国側においてもすでに承知しをるところなり。

 また実際の被害状況に徴するも被害地域は広範囲にわたり右地域内にあるものは交戦者、非交戦者の別なく、また男女老幼を問わず、すべて爆風および幅射熱により無差別に殺傷せられその被害範囲の一般的にして、かつ甚大なるのみならず、個々の傷害状況より見るも未だ見ざる惨憺なるものと言ふべきなり。

中略 

 米国政府は今次世界の戦乱勃発以来再三にわたり毒ガス乃至その他の非人道的戦争方法の使用は文明社会の輿論により不法とせられをれりとし、相手国側において、まづこれを使用せざる限り、これを使用することなかるべき旨声明したるが、米国が今回使用したる本件爆弾は、その性能の無差別かつ惨虐性において従来かゝる性能を有するが故に使用を禁止せられをる毒ガスその他の兵器を遥かに凌駕しをれり、米国は国際法および人道の根本原則を無視して、すでに広範囲にわたり帝国の諸都市に対して無差別爆撃を実施し来り多数の老幼婦女子を殺傷し神社仏閣学校病院一般民衆などを倒壊または焼失せしめたり。

 而していまや新奇にして、かつ従来のいかなる兵器、投射物にも比し得ざる無差別性惨虐性を有する本件爆弾を使用せるは人類文化に対する新たなる罪悪なり帝国政府はここに自からの名において、かつまた全人類および文明の名において米国政府を糾弾すると共に即時かゝる非人道的兵器の使用を放棄すべきことを厳重に要求す。 『朝日新聞』昭和20年8月11日



 むろん,大日本帝国も数多くの違法行為はしているわけですが,アメリカによる原爆使用をいわば人道の観点から非難したのは評価できます。アメリカのダブルスタンダード(外国の非人道行為にはうるさく言うのに,非人道兵器を使用)を批判したのも注目されます。

 今こそ、 「人道」から出発して,問題を考え直す必要があると思います。きちんと論理的な筋を通して,日本外交を考え直す必要があると思います。

 安倍総理は,「戦後レジーム」の脱却を言っておられた。しかし,総理の方向性を延長すれば,「内政は戦前の古臭さ」に戻しつつ,アメリカの非人道行為に海外派兵して加担しまくるという,未来しか見えてきません。いや,最近の安倍総理は、それどころか,アメリカからさえもきむたがられているかもしれません。

 今、日本は、同じ「脱却」なら,総理のおじいさんの岸総理が築いてきた「自民党体制」の脱却をすべきです。

 内にも外にも,人道主義の立場に立ち,アメリカを「殿,ご乱心ですぞ!」と「諌める」外交への転換ではないかと思います。それが「真の戦後レジーム」脱却でしょう。

http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp200708300073.html

元大統領の「原爆必要」に反論せず 日本大使館が黙殺 '07/8/30

 広島、長崎への原爆投下を命じたトルーマン米大統領が引退後の一九五八年、原爆投下は必要だったとする広島市議会議長あての書簡を公表した際、元連合国軍総司令部(GHQ)のボナー・フェラーズ准将が反論するよう勧めたにもかかわらず、在米日本大使館は事実上「黙殺」していたことが、三十日付で公開された外交文書で明らかになった。

 久間章生元防衛相の「しょうがない」発言などで原爆投下に対する認識があらためて問われる中、第二次大戦を早期に終結させ犠牲者を最小限にとどめたとして原爆投下を正当化する米側の主張に、当時から直接反論してこなかった日本政府の対応ぶりをあらためて浮き彫りにしている。

 トルーマン氏は五八年二月に米テレビで、原爆投下に「良心のとがめを感じなかった」と発言。同三月には、抗議する広島市議会声明に反論する当時の任都栗司議長あての書簡を公表し、無条件降伏を求める四五年七月のポツダム宣言を日本がすぐに受け入れなかったと批判した。その上で、原爆投下により、連合国側と日本側双方で計百五十万人が死や身体障害者となることを免れたと主張、投下は「必要だった」と強調した。

 当時の朝海浩一郎駐米大使から藤山愛一郎外相あての三月二十日付の「極秘」公電によると、GHQで天皇制存続に尽力し、その後、帰米したフェラーズ准将が同十七日に朝海大使を訪問。昭和天皇は原爆投下の数カ月前に降伏を決めていたと述べてトルーマン氏の主張を「事実に反する」とし、「何等(なんら)かの処置に出てはどうか」と勧めた。准将は、当時の大統領が原爆投下に批判的なアイゼンハワーだったことから、トルーマン発言に抗議しても日米関係が損なわれる恐れはないとも指摘した。

 これに対し、朝海大使は「好意的勧告としてアプリシエート(感謝)する旨答えておいた」と報告。聞き置くにとどめ、具体的対応はしなかった。

 日本政府は米国の原爆投下について、交戦中の一九四五年八月十日、スイス政府を通じて米国政府に抗議文を提出したことはあるが、戦後は一度も抗議していない。




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by hiroseto2004 | 2007-08-30 08:25 | 反核・平和 | Trackback(2)