エコでフェアでピースな世界をヒロシマから国政へ!成長戦略から成熟戦略。誰もが置きざりにされない社会を。核兵器も原発もない世界を。役人からヘルパーへ。庶民増税より格差是正。ヒロシマの心活かす市民発・政界再編。


by hiroseto2004

2015年 01月 06日 ( 1 )

【役人からヘルパーへ・・・デモにも参加しづらい→格差拡大の悪循環を体感】
今朝の広島は強い雨です。

今日は役人からヘルパーへ転じて七日目の出勤です。
e0094315_07474360.jpg
皆様、良い1日を!

わたくし・さとうしゅういちは、2000年から2011年まで、役人として広島県庁で働いておりました。
その中でも印象に残ったのは介護保険の市町村や事業者の指導に携わった時期です。
特に2002年頃、広島県北部でサービスが手薄な地域で事業者指導をさせていただいた時期には、現場の皆様の熱意と使命感に心を打たれました。指導させていただく立場にあったわたくし・さとうしゅういちですが、現場の皆様には大変尊敬と憧れの念を抱いており、役人でなければ、是非ともさせていただきたいと思っておりました。
一方で、女性が多い現場の皆様の待遇の低さに、憤りも感じました。
皆様の熱意にただ乗りする行政であってはならん。また、役人の労働組合も同じように福祉を担う仲間として、もっと介護労働者の待遇改善に尽力すべきだと、思いました。
このまま放置したら大変なことになる。そういう危惧というより確信も当時から抱いていました。
あれから12年、その確信は的中してしまっているのは報道でもよく皆様もご存知の通りです。
わたくし・さとうしゅういちは、2011年1月に県庁を辞し、政治活動を開始しました。

元々のわたくしの原点は、東京在住時代の小学校の担任で広島被爆者の先生のお話を聞いたことです。そして小学校時代に起きたチェルノブイリです。小学校5年にして、『戦争でも原発でも先生のような目にあうひとがでてはならない。』と政治家を志したのです。

2011年に政治活動を開始してからも原点は小学校時代の
体験ですが、介護労働者のことも、頭からはなれませんでした。

介護施設を経営する会社で事務を3年つとめました。
そして、思いは押さえられず、2014年秋、介護を教える職業訓練校の門を叩きました。

そして、3カ月の勉強を経て、12月25日のクリスマス、広島市佐伯区内の介護施設で憧れの介護職として働き始めました。

気がついたことがあります。
土日はむしろ、休めない、特に正社員は休めないということ。
そうしたことにも関わらず、例えば、役人と比べれば言うまでもなく、全産業と比べても給料は低い。
ところが、土日休みでないと、例えば政党や市民団体のイベントやデモにも参加しづらい。そのことを実感しました。
『あのデモいきたいのに行けない』というケースは早くもたくさんあります。

そうなるとますます、介護労働者の意見が政治に反映されにくい。そうすると待遇改善は遅れる。しかしながら、その結果、離職者は増える一方になる。改善を要求できる環境にないまま、離職していく。その結果人手不足と報道される実態になるのだと再度確認しました。やはりその立場にならないと身にしみないことがある。
したがって、そのことからも、わたくしはヘルパーに転身して良かったとおもいます。

前向きに、社会構造に根深く存在する様々な不当な格差に敏感になり、その改善に力をつくしたい。
また、デモやイベントに参加しようもない皆様の声も生かす政治家に将来はなりたい。
その決意です。

by hiroseto2004 | 2015-01-06 07:35 | 役人からヘルパーへ | Trackback