エコでフェアでピースな世界をヒロシマから国政へ!成長戦略から成熟戦略。誰もが置きざりにされない社会を。核兵器も原発もない世界を。役人からヘルパーへ。庶民増税より格差是正。ヒロシマの心活かす市民発・政界再編。


by hiroseto2004

2016年 06月 14日 ( 6 )

劇的なサヨナラ勝ち

本日はカープはマツダスタジアムでライオンズを3-2で破りました。
最後は、同点に追いつかれた直後に、サヨナラ。
今年から導入されたコリジョンルールのおかげです。

本当は、追いつかれずにすんなり勝って欲しかったですけどね・・。

by hiroseto2004 | 2016-06-14 23:12 | Trackback
 現行の広域公園に代わるサンフレッチェ広島の本拠地となるサッカースタジアムの建設問題。

広島市や広島県、経済界は南区のみなと公園に固執しています。
サンフレッチェ側は、旧市民球場跡地を希望しているのに、です。

しかし、物流業者からサッカースタジアム建設に伴う渋滞を危惧する声。
みなと公園をつぶすことへの、周辺のとくに子育て世代の住民からの不安の声。
党派を超えて、議員らに不安の声が届いているようです。

にもかかわらず、現知事、現市長、そして経済界首脳は拘っている。

非常に、不可解です。

本社社主は、一貫して、最終的に二つの案で住民投票で決めれば良いと思っていますが。

by hiroseto2004 | 2016-06-14 22:59 | 広島県政(広島県議会) | Trackback


今さらですが、石原都政の三期目に当たる2007年の知事選挙で浅野史郎を知事に出来なかったことを悔やむ。


浅野史郎は日本のポストモダン時代(1991年頃~2015年頃の約四半世紀)を代表する最も良質な政治家です。


本当に、疑惑を招かないよう、政治資金規正法には厳しい方でした。


浅野が知事だったら、日本のポストモダンももうちょっとましな方へ向かっていたと思います。


ポストモダンが村社会に回収され、珍妙な自己責任論が広がり、今のような格差拡大になることはなかったろうに。


本当に悔しい思いでいっぱいです。


by hiroseto2004 | 2016-06-14 22:53 | Trackback

わたしは、大阪都構想に反対です。


東京都解体、東京府と東京市復活を持論としています。


東京市の市域は昔の15区でいいと思います。
千代田区は麹町区と神田区。

中央区は日本橋と京橋。
文京区は本郷区と小石川区。
台東区は浅草と下谷。江東区は深川区と城東区に分割し、深川区を東京市の区にする。

墨田区は本所区と向島区に分割。

江東区の城東区部分と江戸川区、飾区を合併したら「飾市」または「こち亀市」、「寅さん市」になるのではないか?

政令市になれるのではないでしょうか?


板橋と練馬も合併したら「政令市の板橋市」になるか?(笑)


新宿は四谷と牛込を東京市の区にして新宿駅付近は「新宿市」または「ヨドバシ市」で良い。

渋谷区は渋谷市でいい。世田谷区や杉並区などは、全部独立した市とする。

世田谷区からは、北多摩郡だった千歳村と砧村の区域を「成城市」(仮称)として分離してはどうか?

同市は多摩地区とするのです。


世田谷区北東部に当たる、成城学園前や千歳烏山を含む地域は、わたしが小学校時代を過ごした場所です。

この地域は、1936年に、無理矢理くっつけたように、世田谷区に併合されました。

そのとき、近衛文麿総理自らが式典に乗り込んできたそうです。

本来、成城学園も千歳烏山も多摩地区(多摩北部)にあたるのです。


北区は王子市と滝野川市。大田区は大森市と蒲田市でいいです。


そもそも、東京市を満州事変後の1932年に15区から35区へ拡大。
さらに、1936年に千歳村と砧村を併合したのがおかしいのです。
さらに、1943年に、東京市を東京府にくっつけ、現在の23区の住民から地方自治=基礎的自治体=を奪ってしまったのです。
自治を奪ったのが第二次世界大戦中の軍国主義なのです。
戦後の東京は、その後遺症に悩んできたのです。
日本国憲法に違反しているのはもちろん、戦前の大日本帝国憲法時代の大正時代よりも地方自治は後退しているとさえ言えるのです。


by hiroseto2004 | 2016-06-14 21:46 | 地方自治 | Trackback
舛添東京都知事のフルボッコ状態。
舛添さんも今ごろになって給与返上とかいうなら、セコい政治資金の使い方をしなければ良かったでしょう。
また、知事を追及する都議も都議。
自民党、公明党は舛添さんを推薦したんでしょ?
そして、文句があるなら、公用車や都議・知事の政治資金の使い方を明確化する条例でも作ればいい。
ただ、都民も、青島幸男さん、石原慎太郎さん、猪瀬直樹さんと、ポストモダン的な「軽い感じ」の知事が続いた後、舛添さんという、一応、大学教授から閣僚という「堅物」に期待した面はある。
期待したぶん、失望落胆も大きかった。
それが舛添フルボッコの背景でしょう。


by hiroseto2004 | 2016-06-14 12:46 | Trackback

「島国・ムラ社会のポストモダニズム」という大問題


関連記事

2016年、ポストモダンの崩壊を宣言し、「近代の復権」(大正デモクラシーくらいからの再出発)を提唱する


「あれ、さとうしゅういち、前(2011年から2013年前半頃)に言っていたことを最近、言っていないな?」
とお思いの方もおられるかと思います。


これは、理由があります。

一見立派に見える思想も、ニッポンというシマグニ、村社会に入ったとたん、猛毒に転化するからです。

そのために、従前の主張の一部を「ニッポンがせめて大正デモクラシー程度にモダン(近代、立憲主義、人権)を消化しきった段階」まで戦略的に抑制することとしました。

従って、当面は、モダンの消化=個人の尊厳や立憲主義の回復=最大の目標として前面に押し出します。




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by hiroseto2004 | 2016-06-14 08:37 | 思想・哲学 | Trackback