エコでフェアでピースな世界をヒロシマから国政へ!成長戦略から成熟戦略。誰もが置きざりにされない社会を。核兵器も原発もない世界を。役人からヘルパーへ。庶民増税より格差是正。ヒロシマの心活かす市民発・政界再編。


by hiroseto2004

カテゴリ:思想・哲学( 133 )

関連記事「大震災で「格差」を忘れた日本人」

3.11以降の「新しい社会運動」について、いろいろな側面はあると思います。

ただ、いえるのは、3.11後の新しい社会運動の中には、実際には「新しくない」部分もあったと思います。

むしろ、1990年代のポストモダニズムが復活しただけのような部分もあったと思います。
1990年代のポストモダニズムは、主に都会在住のインテリ(グローバルインテリとも重なる)を担い手とし、環境や情報公開と言った「意識高い系」の話題には食いつきはいいが、格差是正には冷淡という風潮ないし、そうした政治家、政治勢力のことをここでは指します。

重厚長大や田舎お金持ちを基盤とする自民党と、都会インテリ+公明党+一部極右を基盤とする新進党が対峙する1990年代半ば。
そして、新進党解党後は、重厚長大や田舎お金持ち基盤の自民党と都会の庶民を基盤とする公明党が野合し、これに都会インテリ+労組+一部極右が基盤の民主党が対抗する構図がありました。

さらに、小泉さんが総理になると、自民党が都会のインテリ(グローバルインテリ)を奪い、2005年の衆院選では圧勝しました。小泉さん自体は自民党籍で有りながら、小泉政権時代は実質的には「民主党右派」政権だったともいえます。

しかし、ポストモダンな風潮の中で、全てが相対化され、政府なり、大手資本なりへのチェックは弱まっていった。

そうした中で、格差は拡大していった。

そのことへの反省から、00年代後半頃から反貧困運動が注目されていったのです。
そして、「国民の生活が第一」を掲げた民主党が2007年参院選、2009年衆院選とウケて圧勝したのです。

ところが、民主党が、官僚に敗北して腰砕けになりかかっていった。そうしたときに東日本大震災・原発事故が発生したのです。

確かに、今まで参加しなかったような層が脱原発運動に参加したという面はあった。
だが、一方で、1980年代後半から1990年代頃のポストモダニズム時代のグローバルインテリとか生活保守的な感じの運動の焼き直しではないか、という部分もあったのも事実だし、そういう部分がリベラル勢力の中で影響力は大きかったのではないか、と思います。

そもそも、原発問題も、地域間格差問題でもあり、労働問題でもあるのです。
しかし、そういうことよりも「自分が放射能が怖い」的な「生活保守」(それを否定するわけではありませんが)が先行していったのも事実ではないかと思います。
入り口として、それは、それでいいと思うのですが、しかし、では、社会的な連帯を広げ得るかというとそれは違うと思うのです。

現実に、ブラック企業問題に取り組んだ日本共産党は別として、格差問題はリベラル内部でも後景に退いた。残念ながら本紙・広島瀬戸内新聞でさえも、2011年後半から2013年前半ころにかけて、そういう傾向は強かったと思います。

そうした傾向と、「既成政党に天誅!」的な雰囲気が連関して、大阪維新の会なりみんなの党的なものが持ち上げられていった。最近では小池人気もその流れに属すると思います。

繰り返します。3.11後の「新しい社会運動」の中には、1980年代末~1990年代にかけての
ポストモダニズム、グローバルインテリ、生活保守的なものの焼き直しにすぎない部分もあったのではないか?
そしてそのことで、格差や貧困が後景にひいた。
また、その隙を突く形で、いかにも経済を良くしてくれそうなイメージで安倍総理=安倍ジャパン皇帝が登場したのではないか?
そのように思うし、自省することも多々あるのです。

今、野党連合や市民連合にとり、必要なことは「ポストモダニズム」(1986年頃から2001年代前半頃)への退行ではなく、格差や貧困が広がった中で、如何に対応するか?

具体的には、欧州左翼の標準的な政策=反緊縮的な財政運営をとりつつ、開発独裁(トリクルダウンモデル)と結びついた形の企業内福祉から、個人対象の福祉に如何に移行していくか?

そうした中で、原発をなくすことも進めやすくなるのではないか?

そのように思うのです。

もちろん、貧困問題や格差問題に踏み込むと、「植松聖」的な思想(弱者は死ね的な思想)が広がっている日本において、いろいろとやりづらい面は出てきます。

しかし、そこは踏ん張らないといけないのではないでしょうか?間違っても「植松聖」思想に敗れて、ポストモダニズムへ逃げ込むことは不味いと思うのです。
by hiroseto2004 | 2017-03-14 21:55 | 思想・哲学 | Trackback
備忘録
再び日本を滅ぼす?二つの思想潮流「英米仏への反発の勢い余って人権否定」「既存物否定の勢い余って電波」

英米仏への反発の勢い余って人権否定

 第二次世界大戦中

 英米仏帝国主義=対アジア・アフリカ的には人種差別、対西洋内部的には民主主義・人権尊重の二重基準

 ナチス・ドイツ/ヒトラー=人権そのものを否定(優生思想)
 ソビエト(現ロシア)スターリン=独裁主義

 日本=英米仏への反発。(近代の超克)
    建前は、人種差別撤廃+西洋近代合理性の否定
    しかし、現実には、白人優位の優生思想ヒトラーと野合。さらに、大戦末期にはスターリンに和平工作をすがってしまう。
    また、アジアの市民を多数殺傷。
    ヒトラーとの野合により、日本は、国連の「敵国」に。

現在

 英米仏帝国主義=多様性尊重の建前の一方で、中東に空爆しまくり。国内では経済的弱者を切り捨てまくり。
 トランプ、ルペンら、庶民の不満を背景に台頭。

 日本=安倍総理らの本音 民主主義なんぞくそ食らえ。
    英米仏の民主主義的な部分は否定しつつ、相変わらずアジア諸国への蔑視は続く。
    ロシア・プーチンにすがりたい気持ちが安倍総理や支持者に充満。



「既存物否定の勢い余って電波」

第二次世界大戦直前
  政党や財閥への市民の怒り広がる。
  一部国家主義的市民運動及び青年将校による政党や財閥への「天誅」(血盟団事件、5.15事件、2.26事件)
  結果は、統制派=東條英機らの台頭。
  近代合理性そのものまで破棄。特攻精神へ。

現代
 3.11以降、特に反原発市民の一部での既成政党否定の先鋭化。→市民政党結党へ。
 一方で、似非化学の流行(ナノ純銀除染)など。
 一方で過剰な純粋市民主義。他方で過剰な相対主義(階級的力関係軽視のポストモダニズム)。
 労働組合への腐敗への反感。→大阪維新の躍進。
 非自民票が割れて、安倍自民党が漁夫の利。

「市民主義」の「電波」化
 大阪維新の議員による、「塚本幼稚園のための役所への怒鳴り込み」など。
 元・緑の党推薦比例候補による総理夫人との接近。アッキード事件への沈黙。
 
 

by hiroseto2004 | 2017-03-01 15:10 | 思想・哲学 | Trackback

嫌米嫌中の勢い余って、ロシア(ソ連)/ナチスに「ドーン!」されやすい日本人

「尖閣、竹島、北方領土」が日本が近隣諸国との間に抱える主な領土紛争です。

だが、冷静に考えると、籠池泰典さんは、塚本幼稚園の園児に対して「中国と韓国に心を改めて欲しい」と言わせています。

中国と韓国のみ、「心を改めて欲しい」という。

ロシアは、日露首脳会談後も北方領土に軍事基地を強化しまくっているのに、不問です。
ロシア(ソビエト)は1983年に大韓航空機を撃墜して、日本人も多数殺害殺したロシア(ソビエト)には何も言わないのですか?中国艦船は確かに尖閣諸島をうろうろはしていますが、ロシア(ソビエト)による大韓航空機撃墜みたいには、日本人を大量殺害していませんよ?
そういえば、日本人を多数拉致した金氏朝鮮(第三代皇帝=正恩帝)にも「心を改めて欲しい」とは言ってませんよね?

冷静に考えると、妙なことばかりですね。
こうしたことの背景は何か?

第一に考えられるのは、安倍晋三さんに都合が悪いことは徹頭徹尾触れないということでしょう。

第二に、日本の右派(軍国主義者)の間に、戦時中から続く妙なロシア(ソビエト)ないし、ロシア(ソビエト)やナチス・ドイツのような「白人の独裁国家」への依存心ないし憧憬が垣間見られるのです。

中国や韓国については見下し続けたい、
他方で、アメリカ的な人権や民主主義もくそ食らえと思っている。
(ただし、露骨に黄色人種差別をアメリカが持ち出せばもちろん怒るでしょうが。)

だから、その隙を突く、ナチス・ドイツや、ロシア(ソビエト)に「ドーン!」されてしまうのです。
ちなみに、安倍総理がトランプにすり寄るのは、ひとつは、トランプにナチスやスターリンと似た匂いがあるからではないでしょうか?その匂いとは、「白人の独裁国家」の匂いです。

「ドーン!」というのは、
笑ゥせぇるすまん』の「喪黒福造」が相手を洗脳するときの台詞です。

戦時中の軍国主義者たちも、最後までソビエトが仲介してくれると思い込み、結局裏切られた。(まあ、裏切りと言っても、日本だって、一時期は虎視眈々と「北進」も狙っていたんですからソビエトのことを大きなことをあれこれ言えないのですがね。)

別に、わたしは、ロシアと経済関係を強化するなとは申し上げていませんよ。

だけど、今の安倍ジャパンは、ロシアに過剰に期待して失敗しそうな気がします。

結局、「米中嫌い」でやっているので、足元をみられるだけなんですよ。

75年前の「鬼畜米英」が、いま、もし「鬼畜米中」として生まれ変わるようなことがあれば、そのときが日本が「再び滅ぶとき」ではないでしょうか?

グラフ
「右上」の英米帝国主義に反発する勢い余って、「右下」のヒトラーに野合し、スターリンに気を許し、失敗した戦時中日本の軍国主義者たち。またも同じ過ちを繰り返すのか?
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by hiroseto2004 | 2017-03-01 12:31 | 思想・哲学 | Trackback
大阪維新の会代表で大阪府知事の松井一郎さん。

2013年参院選では比例代表で緑の党・グリーンズジャパン推薦で立候補し、2016年参院選東京選挙区で立候補した三宅洋平さん。

そして、安倍昭恵さんが名誉校長をされていた「森友学園」を巡る事件(アッキード事件)。

本社社主は、歴史の皮肉を感じざるを得ないのです。

松井一郎さんも、三宅洋平さんも言ってみれば「既成政党に天誅!」という2011年~2013年頃に大都市部を中心に充満していた雰囲気に持ち上げられた人だと思います。

「お任せ民主主義におさらば!」「既成政党に挑戦状!」そんな雰囲気があった。

その部分の票を、大規模な形で取ったのが(橋下徹さんの兄貴分としての)松井一郎さんであり、小規模な形で取ったのが三宅洋平さんである。

そのように思うのです。

もちろん、戦後の仕組み、すなわち官僚が主導する企業主義の仕組み、それに乗っかっていた既成政党なり既存の団体なり労働組合なりが限界にぶち当たっていたのは事実です。

それが、貧困や原発事故を生み出したのも事実です。

そこで、既成政党批判勢力として、大阪維新なり、三宅洋平さんなりが出てきた。
大阪維新の場合も、支持者や個々の議員レベルでは、純粋に市民に政治を取り戻すという志があったと思います。

だからこそ、それなりに熱狂も起きた。

しかし、現実には、純粋市民主義というのも、限界にぶち当たった。

第一に
「既成政党との差を強調しようという勢い余って、本当に必要な方向性を打ち出せていたのか?」
という問題がありました。

格差是正などの問題を当時の一部市民派内部で取り上げても、冷淡な雰囲気があったのも事実です。
脱原発とか、既得権益打倒の方が先行していたのです。

「既得権打倒」「市民に政治を取り戻す」というのは一見、威勢は良かった。
しかし、では「それで何を実現するか」というところが、弱いために、というより、既成政党
との差別化を図るためにあちこちで無理が出てきたのです。

第二に、他方で
「支持者が割れそうなことについては自分たちの立ち位置をハッキリとさせなかった」
ということもあります。これは既成政党の政治家でもおなじことですが、ハッキリとさせないことは
支持者が割れないという効果よりも「あの人は何を言っているかわからない」という
ことを次第に浮き彫りにしていくことになったのです。

第三に、現行制度選挙ではそうはいっても既成政党は有利です。
そうした中で、松井知事ら大阪維新の場合は、露骨な利益誘導的なことに手を出してしまった。
既成政党のように、手慣れたやり方ではなく、それこそ怒鳴り込みみたいな形で
やってしまうことも相次いだ。
他方で、三宅洋平さんやその支持者の場合は、純粋市民主義の勢い余って、独善化しているのではないか?という
危惧を抱きます。
他人の言うことに耳を傾けない。既存組織を毛嫌いする。しかし、なかなかそれでは、当選しない。
そうした中で、今度は、安倍昭恵さんの誘いに乗って、彼女に会ったり、彼女を高江に
案内するという行動に出たりした。しかし、それで運動の前進につながったかと言えば
NOでした。そして、今回のアッキード事件に黙らざるを得なくなったのではないか?
残念です。

大阪維新の議員や支持者の皆様。そして三宅洋平さん、その支持者の皆様。

わたしも、三宅洋平さんの選挙ポスターを貼るお手伝いは当時は、「緑の党・ひろしま」代表として
させていただきました。

維新についても、それなりのお付き合いがある方はおられます。

三宅洋平さん及び三宅さんの支持者の皆様。そして大阪維新の会の支持者の皆様。
今からでも遅くはありません。

「純粋市民主義」の勢い余って、結局は既成政党よりも腐ってしまう、ないし腐ったような外観を呈してしまう。

そうした愚をこれ以上繰り返さないで頂きたい。

「既成政党に天誅!」ではなく、いかに、市民の生活不安を取り除くか。ここに今、注力して頂きたい。
他人の苦言にも素直に耳を傾けて頂きたい。

老婆心ながら、そう申し上げる次第です。
(さとうしゅういち 緑の党・ひろしま元代表)

主な関連記事

by hiroseto2004 | 2017-02-27 14:38 | 思想・哲学 | Trackback

備忘録ーー必要なのは「新時代の合理性」

(近代)「合理性」への批判

・制御できない核文明。最近では原発事故をうんだのではないか?

・優生思想と結び付き、障害者差別、高齢者虐待、人種差別などの背景ーー最近では長谷川豊、植松聖、片山さつきら。

・「合理化」=単なる弱者切り捨てにの大義名分にも。


■しかし、「合理性」は「前提条件」さえ誤らなければプラスに

・個人の尊厳や持続可能性を守ると言う条件をはめれば、有益。

・旧時代の合理性が新時代の非合理になることも。


■旧時代の合理性が時代にあわなくなったのにそれに固執したり、回帰したりする誤り。

▶旧体制で成功してきた官僚や企業経営者などが陥りがち。重厚長大産業の経営者、労働貴族や安倍晋三総理、主に自民党のベテラン地方議員ら。トランプも実はここ。


■旧時代の合理性が時代に合わなくなったことにあわてて、間違った前提条件の合理性に突き進む誤り

▶主に新自由主義者・グローバルインテリが陥りがちな誤り。1990年代のマスコミや大蔵官僚、経団連など。小泉純一郎、小池百合子らを持ち上げ。世界的に言えばブレア、シュレーダー、メルケル、クリントン夫妻らポストモダニスト。


■旧時代の合理性が時代に合わなくなったことに乗じて、合理性そのものを投げ出す誤り。

▶どちらかといえば反体制側が陥りがちな誤り。大日本帝国の戦時中の哲学者の「近代の超克」もこれに似ている。また、311後の反原発の勢い余っての科学否定も似ている。例:ナノ純銀除染論者など。


■世の中がよくならないことに絶望し、志を投げ捨てる誤り

どちらかといえば反体制側が陥りがちな誤り。某旧帝国大学名誉教授。


原発や貧困を産み出したことを反省しつつ新時代の合理性追求が必要。


by hiroseto2004 | 2017-02-24 15:38 | 思想・哲学 | Trackback
関連記事
某旧帝国大学名誉教授は「平等に貧しくなろう」ではなく「豊かさの意味を問い直そう」としたら良かった

これは上野先生KO負けだ・・「脱成長派は優し気な仮面を被ったトランピアンである――上野千鶴子氏の「移民論」と日本特殊性論の左派的転用」


某女性旧帝国大学名誉教授U先生は、「豊かさ」が女性の負担を軽減したことを軽視している

某女性旧帝国大学名誉教授U先生は、つまらん文章など東京新聞に書いている暇があるなら、老人ホームへ行って介護職として働くべきである(^_^)。

そのことを旧帝国大学卒業生で現職ヘルパーの本社社主は勧告します。

なぜか?

九〇歳代の女性は、こういうでしょう。
「今は、一番にお風呂に入れてええのう。」
「今は、機械で水を流してくれるからええのう。」
「今は、紙でおむつがあるからええのう。」
などと。
「昔は、女はお風呂に先に入ったら怒られた。」
「昔は、そんな掃除機なんかなくて、ほうきとぞうきんしかなかった。」
「昔は、一枚一枚手で洗濯しおった。」
などなど。
要は、そうはいっても、70年前と比べれば、GDPの上昇が、女性の家事負担を大幅に軽減したのは間違いないのです。日本の男性が家事をしないために、まだまだ、「相対的」な負担は大きいとは言え、「絶対的な負担」は下がったのは間違いないのです。
「平等に貧しくなる」といっても、所詮は、絵空事ですよ。今の制度や構造のままで、日本の一人当たりGDPが下がった場合、低所得の女性から、しわ寄せが直撃することは間違いないでしょう。しかも、昔と違って外で働くこともしなければならないから、ほんまに、過労死しますよ。(※昔は、子どもが早く働きに出たから、教育費はかからない。今はそうはいっても教育費の負担が重いからという意味合いで非正規で働く女性も多い。)
U先生は、今まで何を主張してきたのか?ご自分でも分からなくなってきたのではないか?
先生は、もう、「エコーフェミ論争」ってお忘れになったのですかな?
エコロジストの環境重視に対して、それは、現状では、女性の負担を増やすのではないかという懸念が(主にマルクス主義)フェミニスト側から提示されたことを。(間違っていたら指摘して欲しい)
もちろん、U先生への反発の勢い余ってA総理を持ち上げるというのも愚策ですけどね。
もちろん、豊かさを問い直す、そのことが大事でしょう。
たとえば、同じ金の使い方でも、A総理のように原発や武器の多国籍企業を儲けさせるのではなく、せめてキューバ並に安心して教育や医療が受けられるようにするとか。
また、今後は、AIによる雇用減と人口減少をうまくかみ合わせれば、一人当たりの労働負荷を減らしつつ、生活は豊かになるでしょうに。
そりゃ、日本で社会民主主義政党がない言うけど、そもそも、U先生のような影響力がある人が、諦めていては話にならないでしょう。
by hiroseto2004 | 2017-02-21 22:59 | 思想・哲学 | Trackback
某旧帝国大学名誉教授は「平等に貧しくなろう」というから炎上する。

そうではなく「豊かさの意味を問い直そう」とすべきでしたね。

たとえば、同じ金でも、より豊かになる方法はある。

東京で言えば、外環道などに使うのではなく、公共交通の充実に使う。

総理が外国にばらまいて、お友達の多国籍企業が儲けるのではなく、国民が安心して教育、医療を受けられるようにする。ハッキリ言うと、この点では日本はキューバに負けています。

また、人口は減っても、AIでこれを補うという手はある。逆に言えば、人口が減る時期だからこそAI
による雇用減少を恐れなくて済むという考えも出来る。構造転換さえ出来れば、大丈夫なのです。
転換をスムーズにするために、終身雇用を前提とした企業中心の社会保障を個人中心のそれに
転換すれば良いのです。

「貧しくなる」ではなく「豊かさの意味を問い直す」。これなら、まだ分かりますよ。

それを「貧しくなる」と言ってしまうから、反発が起きる。
人々も、そういう某旧帝国大学名誉教授的なものに反発する勢い余って、バブル時代を
取り戻そうとする安倍晋三に流れてしまう。

そういうことではないでしょうか?



by hiroseto2004 | 2017-02-21 22:14 | 思想・哲学 | Trackback(1)

【備忘録】団塊世代、バブル世代、団塊ジュニア世代、若者世代の断層・・学費問題を中心に

団塊世代:若いときは確かに所得は低かったが、大学学費も激安だった。一流大生ならカテキョーのバイトでなんとかなった。彼らが学園紛争に敗北した結果、学費が暴騰した。

バブル世代:学費は暴騰したが、親は全体的に豊かな時代。自分自身も社会人初期は恩恵を受けた。
安倍晋三さん、石破茂さんら。

団塊ジュニア世代:就職難に遭遇したが、学生時代はまだ親に余裕。借金をしないでも大学へ行けた割合は高かった。

若者世代:学生時代は既に親に余裕もない。奨学金を借りている人が半数を超える。人手不足から求人倍率は上がり、表面上、正社員は増えたが、ボーナスなしなど、中身は変わっている。

もちろん、個々の家庭の事情により、差は出てくるのは承知です。それを捨象するのは乱暴と承知の上で申し上げると、全体としては上記の傾向がある。

そのために、67歳の男性が「バイトして奨学金を返せ」などと投稿して炎上したり、上野千鶴子先生が、若者から批判されたりする。団塊世代では小泉純一郎さん、上野千鶴子さん※らポストモダニズム(安倍政権支持者が言うところの「新自由主義パヨク」)の影響が強い。

バブル世代に関して言うと、米日欧ともに、昔(1980年代)への郷愁が強いのはこの世代ではないか?その結果として、トランプ・安倍晋三などの「躍進」の原動力となっている。

団塊ジュニアくらいだと、共産・民進内の格差是正重視議員と親世代への憎悪(シルバー民主主義打倒論)から大阪維新に支持が分かれる傾向がある。ただしデモとか集会には来ないで、ネットで情報を集めて、自分なりに判断するという人が多い。

若者世代だと、リスクを取れないために、親や先生、先輩などに従順な傾向が強くなる。それが、若者での自民党支持の高さにつながっているが、それは、社会全体の反映に過ぎない。

※上野千鶴子さんは本来は「マルクス主義フェミニズム」のはずだが、そこから離脱し、ポストモダニズム(安倍政権支持者ネトウヨが言うところの「新自由主義パヨク」)に接近ないし同化したものと見られる。

ただ、世代間の断層を乗り越え、(親が)所属する企業に本人が受けられる教育や社会的サービスが左右される仕組みから個人が救われる仕組みに変えていくのが、あるべき解。
バブル崩壊以降散々言われてきたことだが、実現がほど遠い。

民主党政権2009がその路線を実現する可能性があったが、その頓挫が痛い。

痛いが、その方向で行かなければならない。


by hiroseto2004 | 2017-02-21 16:40 | 思想・哲学 | Trackback

北田暁大さんが、上野千鶴子先生の「脱成長論」を批判しています。

本社社主も全くその通りと思える文面です。

・移民による治安の悪化を心配する前に、経済不安により起こる治安の悪化を心配すべきである。
・経済が不安定になっても治安が悪化しないと思うのはそれこそ、ナショナリズムではないか?
・今の状況では、そもそも、日本から移民に来てくれと言ってもきてくれない状況である。
・上野先生は新自由主義者である。

まさに、上野先生を「完全KO」する論文となっています。

脱成長派は優し気な仮面を被ったトランピアンである――上野千鶴子氏の「移民論」と日本特殊性論の左派的転用



治安云々を言うのであれば、貧困や経済的な困窮と犯罪との関連のほうがよっぽど深刻に懸念されるべきだ。敗戦直後、日本の治安が良かったなんてどのデータをみたらいえるのか、「昭和30年代」がどれだけ貧しく犯罪の多い社会であったのか、お忘れになったのか。これだけ排外主義が許容され、多文化の事実にもかかわらず、最低限の多文化主義にすら「PC疲れ」と不平を言うような人たちが少なからず存在する現在、経世済民のコントロールがつかなくなったらどうなるか、考えただけでもぞっとする。

一見やさしさを装った「脱成長」の仮面の下には、根拠なき大衆蔑視と、世界社会における日本の退潮を直視できない団塊インテリの日本信仰、多文化主義への不見識と意志の欠如、選択できる/できないという線引きを前提とした――在日外国人をめぐる問題系とジェンダー問題とを分断する――無邪気な自己責任論、それらを包含した、多様性をみない平板な「社会理論」が根を張っている。それは「一国主義」で生きていけるというトランプの無根拠な信念と、語り方を変えただけで、まったく同型である。

脱成長派は、優し気な仮面を被ったトランプ主義者にほかならない――悲しいことではあるが、いまはそう考えるしかない。

安易に社会に絶望できるのは、現在進行形で紡ぎだされているマイノリティの声の複数性に耳を塞ぎ、無根拠に「日本社会の底力」なるものを信憑することのできるマジョリティの特権である。この特権を特権であると認め、自分の言葉が踏みつぶした複数の――日常的・恒常的に生み出されている――「絶望」の声に耳を傾け、自らの思想的・実践的な「襟」をただすこと。脱成長左派に求められているのは、そういう基本的な――むろん難しいことではあるが――ことである。


by hiroseto2004 | 2017-02-21 14:15 | 思想・哲学 | Trackback
1992年、兵庫県の高塚高校で校門圧死事件がありました。
現場の悲惨な状況をTVで拝見するとともに、兵庫県の日教組が、長年、体罰推進だった(事件を契機に反省しましたが)とそのとき聞いてショックを受けたのを覚えています。

当時、高校生だった本社社主は、事件に憤り、以下のようなマンガを書いたのを覚えています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
生徒:海東先生、何をしておられるのですか?

先生:日の丸を外すの!

生徒:そんなことをしたら・・。

先生:貴様、教師に口答えするのか!?
 
(先生、生徒に平手打ち)
先生:うるさい!これは焼き捨てるぞ!

生徒:う・・ちきしょう、覚えてやがれ、先公!!

卒業後、生徒は右翼思想を抱き先生に報復する機会をうかがう。バールを購入。
ある日のこと、海東先生の帰宅途中を待ち伏せ。

生徒:国賊海東久男!天誅を加える!(バールで殴りりつける)
海東先生:ぎょえー?!
生徒:この野郎!国旗を侮辱するとは!?
(とどめを刺す)
生徒:ふははは。先生が所属する革マル派と対立する革労協による内ゲバ事件に見せかけておけば、完璧だ。(青いヘルメットをわざと現場に転がしておく)

翌日の新聞
「革マル派の小学校教諭惨殺!内ゲバか?」
**日午前三時半頃、**市**町*丁目の路上で**小学校教諭・海東久男さん(58)が血を流して死んでいるのを近所の人が発見、警察に届けた。警察では、海東さんが日教組の役員で革マル派の活動家だったことや現場の状況から、同派と対立する革労協による内ゲバ事件と見て調べている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

教師が右翼思想を抱いた生徒(卒業生)に惨殺されたという話は寡聞にして聞きません。

しかし、「政治的には惨殺」されているのではないでしょうか?


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by hiroseto2004 | 2017-02-21 13:26 | 思想・哲学 | Trackback