エコでフェアでピースな世界をヒロシマから国政へ!成長戦略から成熟戦略。誰もが置きざりにされない社会を。核兵器も原発もない世界を。役人からヘルパーへ。庶民増税より格差是正。ヒロシマの心活かす市民発・政界再編。


by hiroseto2004

カテゴリ:思想・哲学( 167 )

「正規公務員のほうが民間の介護労働者より恵まれているなんてことは、某元大阪市長より、俺のほうがよく知っている。だって、両方経験しているから。しかし、『公務員さえ叩けば大阪は良くなる、日本は良くなる』のは違うだろう!」

最近、演説などで機会があるとき、タイトルのような趣旨のことを述べさせて頂いています。

加計学園の問題。たしかに、「加計学園獣医学部推進派」が言うとおり、公務員獣医が不足しているのは事実。

だけど、その根本原因は、待遇が悪すぎることにあります。
わたしも、獣医さんたちと同じ職場に勤めていたことがありますが、6年間専門的な教育を受けて、動物と格闘している同僚が、我々行政事務職と大差ない給料表では、それは、人は不足しますよ。

政治家も
「人々は橋下徹さんたちの『公務員さえ叩けば大阪は良くなる、日本は良くなる』というイデオロギーに洗脳されているから、公務員獣医の待遇を改善したら票が減るのではないか?」
と恐れているところにあるのではないか?
既存政党でも、日本共産党だけは「公務員は先進各国に比べて人口比でみても少ない」ということを言ってはいます。
しかし、一部ですが、現役の日本共産党員でさえも、『公務員さえ叩けば大阪は良くなる、日本は良くなる』に類する記事をシェアしていたりしています。
それくらい、『公務員さえ叩けば大阪は良くなる、日本は良くなる』イデオロギーは浸透している面はある。
ましてや、自民党や民進党や公明党の支持者においておや。
だから、民主党政権も含めて、一時、獣医学部増設という明後日の方向の解決策へ向かってしまったわけです。

この問題については、わたし自身も、あまり発信はしてこなかった。

なぜかということを弁解させて頂くと、わたしたち団塊ジュニア世代~ポスト団塊ジュニアくらいだと、同世代の非正規雇用の問題とか、介護・保育労働者などの低すぎる待遇の方が問題で、相対的に、正規公務員の労働問題の優先順位は、下がってしまうのです。
公務員の労働問題と言っても、「非正規公務員」の問題には広島瀬戸内新聞も、取り組んできました。非正規労働者の裁判闘争を支援し、「人格権」をよりどころに、ようやく、非正規公務員側の訴えが認められるという流れに少しは貢献できたのではないか、という自負はあります。
他方で、教師も含む正規公務員の労働問題にはほとんど触れてこなかったことも事実です。

そして、わたし自身も、正規公務員を退職し、同時に連合・自治労を離れて6年以上になります。平和運動などで、自治労なり日教組のみなさんとご一緒する機会はあるにせよ、労働問題で、認識を共通化させる機会は皆無に等しかったと思います。

ですので
「最近の公務員の後輩たちの労働環境はこんなにひどいのか?!」
と驚いているわけです。


さらに公務員経験が無い同年代に至っては、雨宮処凛さんや河添誠さんを持ち上げていた人で、非正規労働に関するイベントを主催したような人でも、結局、「既存労組、公務員に天誅!」的な方向へ走ってしまった人を少なからず存じています。(雨宮さんや河添さんが悪いというのではなく、そういうことが事実としてあると言うことです。)

きちんと、問題を共有化していかないと、とんでもない方向へ政治が進んでいく。

もちろん、正規公務員と民間介護労働者を比べれば、前者が恵まれているのは事実だし、そんなことは、両方を経験している俺が一番知っています。橋下徹なんぞよりよほどわかっている。

だが、やみくもに正規公務員なり、正規公務員の労働組合に「『天誅!』を加え」さえすれば問題は解決するのか?それは違うわけです。違うけど、ついつい、感情にまかせて流されてしまうし、民主主義国家における政治家は時として、票を気にして、みんなが流されている方向を「是」としてしまう傾向があるわけです。

「公務員に天誅!」イデオロギーが「獣医不足問題の放置」を招き、「加計学園」の背景になっていったのではないか?
そのことは総括する必要があると思います。

ワインセラーのために税金を使うのではなく、獣医さんの給料を上げれば良いだけなのだから。
そのことを票を気にせずに言えるのが本当の政治家だと思う。

「天誅!」ではなく、「問題解決」を。
そのことは、今回の加計学園問題の背景にある公務員獣医不足問題で感じました。


by hiroseto2004 | 2017-08-22 19:45 | 思想・哲学 | Trackback
日本国家の戦争責任と、旧連合国の戦争犯罪、双方への総括が必要

良く議論されることとして、
「日本の第二次世界大戦における責任をきちんと総括していればどうだったろうか?」
ということがある。

その契機は何度かあったが、直近では、1995年の「戦後50年」があったように思う。

ただし、もし、このとき、「議会多数派の意思」として、加害責任や日本の国家としての戦争責任が総括されていたとすれば、小沢一郎さんが総理になっていたケースだろう。(おそらくその場合は小池百合子さんも小沢腹心の一人だったので閣僚になっていたのではないか?)




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by hiroseto2004 | 2017-08-15 23:40 | 思想・哲学 | Trackback
75年の時を経て復活した「西田幾多郎」としての「三浦瑠麗」・・「近代の超克」から「ポストモダン」へ

若者は「維新がリベラル」という調査結果は驚かない・・・「既成政党・既存組織に天誅!」を持ち上げているだけ

大手新聞の調査で、若者が維新を「リベラル」と考えていることが波紋を呼んでいます。

俺は、これについては全く驚きません。

そもそも、戦前も似たようなことはあった。「腐りきった既成政党」に「天誅!」を加える青年将校のような人たちが「革新」と思われていた時代があったわけです。東北の農民の困窮に怒りを覚え、「天誅!」というわけです。

大阪維新って、特に団塊ジュニア以下では、「公務員・年寄りの味方ばかりする既成政党に天誅!」というノリで支持している人が多いわけですよ。

東北の農民の困窮に怒りを覚え「高橋是清ら既成政党政治家や斉藤実、牧野伸顕ら腐ったジジイに天誅!」の青年将校。

若者の困窮に怒りを覚え「腐りきった既成政党・連合・自治労や年配者に天誅!」の大阪維新。

うり二つであり、そういう人たちが一定の支持を集めたことは理解しないといけないと思います。

年配左翼の方には理解しがたいかもしれないが、雨宮処凛さんや河添誠さんらを持ち上げつつ、大阪維新、みんなの党支持とか、「共産党と維新で迷っている」とか、「田母神閣下と宇都宮先生で迷っている」とか、そういう団塊ジュニア~ポスト団塊ジュニアくらいの人は大量にいます。年配左翼の方はそういう人と世代的に接することがないからぴんとこないだけです。

年配左翼の方は、「大阪維新を持ち上げる若者」を頭から切捨てる傾向が強いが、俺は、それは、もったいないと思っています。

俺は「既成政党・連合・自治労に天誅!」の人たちの心情は「是」とはしませんが「了」とする、というスタンスです。

親など年配者の言うとおりにしてきたが、就職氷河期にぶつかり、
「全然親の言うとおりじゃなかったじゃないか?」
という怒りはあると思う。

他方で、「天誅!」の人たちにも気づいて欲しいことがある。

高齢者が全般にお金持ちが多かったのは、おそらく1990年代とかあのあたりのイメージです。最近の高齢者は、以前ほどの余裕はなくなってきます。アルバイトを掛け持ちしないと暮らしが成り立たないとかそういう人も多いですよ。「高齢者=金持ち」イメージも実は古いわけです。

子育て支援と高齢者施策を対立的に捉える傾向も団塊ジュニアくらいには根強いが、実際には介護と育児両方に直面する「ダブルケア」の問題もある。高齢者施策が子どもへの援護射撃になっている面もある。

年配者が若者の貧困に無知なことに怒るのは当然だが、自分たち自身も「知識の老朽化」が起きていないかどうか点検した方が良いと思う。自分たちのこれまでの主張に都合が悪い事実が出てきたときに「あーあー聞こえない」では、年配者を批判する資格はないと思う。

結論として、年配左翼は「維新を持ち上げる若者」を端から否定したりしないこと。団塊ジュニア以下の「既成政党に天誅!」に走りがちな人たち(俺自身もそういう傾向はある)も、「年寄り=金持ち」とかそういう古くなった「常識」を疑うことが必要だと思いますよ。
by hiroseto2004 | 2017-08-13 18:10 | 思想・哲学 | Trackback

ついに「革命家」になった安倍総理(笑)


安倍総理ってついに「革命家」になられたんですんね(笑)

「人づくり革命」の。

ハッキリ言ってしまうと、中身は「安倍総理のお友だちの学校法人経営者(今後、教育産業に進出するであろう大手企業も含む)に利益誘導!」でしかないでしょうけど。

教育の中身は、「安倍総理(とお友達の経営者)に反抗しないようにする」

ためになるに決まっていますけど。

そしてこれからは、安倍総理に反抗すると「反革命罪」で逮捕とか(笑)


文革時代の中国みたいにね。


結局の所、「国家を私物化したお坊ちゃま」の「自己正当化ワード」として「革命」が登場しているわけです。

「俺は、岩盤規制と闘う革命家なんだ!」と。

クーデター政権の指導者もよく「革命」を僭称することはあります。

あと、中国国民党時代も「反革命罪」というのがありましたね。

まあ、これで日本人も保守派も含めて「革命!」という言葉にアレルギーがなくなるかもしれませんよ。


ちょっとでも「革新的」なことを言ったら、「共産党呼ばわり」してきたような人たちが多かったこと自体が異常なのだから。


西洋ではサッチャーでさえ「革命」と叫んでいたのだから。


しかし、自民党総裁が「革命」を叫び始めたのは大きい。保守系の指導者が「維新」でも「改革」でもない。

「革命」を叫び始めた。


これにより、長期的には、日本の民主化は進むかも知れない(笑)


by hiroseto2004 | 2017-08-03 14:18 | 思想・哲学 | Trackback

米英仏帝国主義が中東を空爆しまくった報復として、イスラム過激派のテロが起きまくっているのを「ブローバック」という。


日本の自民党政府(と経団連)は、「カイシャさえ良ければ全てよし」という主義で突き進んできた。その結果として、米欧は貿易戦争で1980年代末までに、日本にコテンパンにやられた。


そこで、米欧は新自由主義を導入して日本に対抗しようとしたのではないか?というのがわたしの仮説である。
そして、その新自由主義が、今度は「表面だけ欧米好き」の日本人に受け入れられていった。


新自由主義の震源地はそもそもは日本の「ブラック会社主義」であり、その逆輸入=ブローバックが特に、1990年代以降、本格的に行われた。


ただ、そもそも、企業に福祉を丸投げし、先進国としては低福祉だった日本に新自由主義を導入したものだから、悲惨な状況になっている、というのが現状ではないだろうか?


by hiroseto2004 | 2017-07-22 15:30 | 思想・哲学 | Trackback

安倍も稲田も辞めて頂かないと自衛官の暴発にもつながりかねない


稲田防衛大臣、そして、彼女を任命し、かわいがってきた安倍総理。

早く辞めて頂いた方が良いということについて、もう一つの観点から申し上げたい。

自衛官をトカゲのしっぽ切りして、自分たちはさも「調査する側」に見せかけようとした稲田大臣。他のことも含めて相当自衛官たちのの不信感はあるはずだ。
今回の「日報隠し」問題では、大臣に不信感を懐く幹部自衛官側のリークがあったのは間違いないという。

ただ、心配な点がある。やはり、そもそも、幹部自衛官サイドが日報を隠蔽したことはまずいだろう。そして、今回の件(稲田大臣の関与)を責任逃れに悪用することもまた許されない。

さらにヤバいシナリオがあえる。
「このようなアホな政治家の都合で、海外派兵で死地に送られるなんてアホらしくてやっていられるか」
と自衛官らが考えたらどうなるだろうか?

実際、今回の事態が起きる前でも、男性自衛官が「稲田防衛大臣(女性)は少々頼りないが」と募集ビラに書いてしまった事件があった。内心は相当頭に来ているからああいう表現が出てしまったのだろう。

2.26事件の暴発も、実は、満州に送られることが決まり、軍上層部が目論んでいた中国侵略で戦死する可能性が極めて高くなった青年将校らの焦りが生んだとも言われている。

現代の先進国でクーデターの成功というのは昨年のトルコのクーデターを見てもなかなか難しいが、不測の事態はありうると思う。

やはり、一刻も早く、安倍政権には民主的に(文民サイドの動きで)ご退場頂かないといけないのではないか?


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by hiroseto2004 | 2017-07-21 16:58 | 思想・哲学 | Trackback


「日本スゲえ」と「近代の超克」(笑)75周年


2017年7月は、「西洋に日本は勝った!」と自己満足していた戦中の小林秀雄、河上徹太郎ら知識人による「近代の超克」(笑)から丁度75年です。

日本は、今度は対米英ではなく対ISIS戦争(2015年、安倍総理がイスラエル国旗の前で宣戦布告)の最中です。

現代版の「近代の超克」といえるものの一つが「日本スゲえ」ではないでしょうか?
(「江戸しぐさ」云々もその文脈に入ってきます。)

「明治以降に入ってきたもの」を否定して、「純粋日本」とでも言うべきものを探し、「取り戻そう」とする動き。

ただし、実際には、「近代」から逃げることなんて出来ない現実から逃避して・・。

実際、日本は酔いしれている場合ではないですよ。格差・貧困、そして高齢社会はもちろんのこと、ビジネス面でもたとえば電気自動車で中国に先行されたりとかかなりやばいですよ。他方で、「純粋な日本」にこだわって排除する空気が充満している。

いまこそ、冷静に、合理主義、立憲主義を踏まえて、一つ一つリスク要因を取り除いていくことが必要なのですが。
(現時点で、日本人が近代合理主義、立憲主義を上回るものを産み出しているとはとても思えません。)
「日本スゲえ」「近代の超克」(キリッ)と「勝利宣言」するのは楽なのでしょう。「不純物」を排除して安心したがるのもある種の「気休め」ですよ。

だけど、一個一個冷静にリスク要因を取り除いていくという話は、確かに苦闘なんですよね。だけど、避けちゃあ、だめなんだけど、滅びる組織(国に限らない)は、楽な方へ行くのです。

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「近代の超克」(笑)から75年・・「乗り越えた」つもりが「封建時代に逆戻り」
by hiroseto2004 | 2017-07-19 21:09 | 思想・哲学 | Trackback
都議選の結果は、自民大敗と共に、民進・生活者ネットの大敗であった。
言ってみれば、「1990年型(ポストモダニズム型)」中道の没落と言うべきである。

階級格差が拡大する中で、勝ち組が集中する東京では、「勝ち組」を自覚する人は、勝ち組の代表の小池百合子・都ファに流れ、階級格差拡大を憂える人は日本共産党に流れた。そして、民進・ネットが沈没した、ということである。



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by hiroseto2004 | 2017-07-19 15:31 | 思想・哲学 | Trackback
「近代の超克」(笑)から75年・・「乗り越えた」つもりが「封建時代に逆戻り」

河上徹太郎・小林秀雄らそうそうたる知識人らが1942年7月に行ったシンポジウム「近代の超克」(笑)から75年が経ちました。

「近代の超克」(笑)としたのは、河上や小林らが本当に近代を「超克」したわけではないからです。

西洋文明批判というのは分かる。今も昔も、西洋が環境破壊しまくり、侵略しまくり(昔は植民地化、今は空爆しまくり)というのも事実だ。核兵器、そして原発を産み出してしまったのも西洋だ。

しかし、である。「近代の超克」(笑)も、所詮は、アジアに対しては上から目線だし、戦争だって西洋が生んだ近代合理性を基礎として遂行されていたわけである。結局の所、「近代の超克」(笑)は、「大和魂でなんとかする」ということを正当化するのに悪用されただけです。

「近代の超克」(笑)とは、結果として、明治維新以降の伊藤博文らの立憲主義とか合理主義すらも否定した。

「俺たちは近代を乗り越えた」と自己陶酔しているだけで、客観的に見れば、江戸時代以前にニッポン人の思考を戻しただけという「笑劇」であった。正直それ自体は、「悲劇」という言葉も使うのもバカバカしい。問題は、その「笑劇」によってもたらされたのが言うまでもないこと(沖縄戦であり、東京、ヒロシマ、ナガサキ・・など)である。

正直、近代合理性なり近代立憲主義に現時点では依存せざるを得ないという事実と向き合って、苦悶した形跡は、彼らには見当たらない。これが、そうそうたる知識人の議論なのか、という話である。

こういうことがなぜ起きてしまったのか?きちんと検証した東大教授は今はなき廣松渉くらいなものだろう。わたしは、実を言うと、政治家よりも東大の哲学の教授にもうちょっと頑張って欲しいという思いがある。

実を言うと、1942年とは、大政奉還(江戸時代終了)からちょうど75年である。75年たって、「近代を乗り越えた」と勘違いして、日本を無茶苦茶にしてしまったのだ。

それから、奇しくも75年が今年です。

「近代を乗り越えた」と勘違いしている人間が跋扈しているのが「近代の超克」(笑)から75年、「大政奉還」150年の2017年の日本であり、その代表格が安倍晋三夫妻であり、安倍腹心の下村博文さん(元文科相、都連会長)らトンデモ信奉の自民党政治家です。

大政奉還で始まった「前期近代」ニッポンが死んだのが「近代の超克」(笑)の1942年であるとするならば、ちょうど75年たった2017年は「後期近代」ニッポンが死んだ、とも言えるでしょう。

安倍総理夫妻のやっている国家戦略特区はある学者によると、近代日本の歴史の中でも例を見ないものであり、敢えて言うならば江戸時代だという。
「戦前どころか封建時代を取り戻す」安倍晋三である。

安倍腹心の下村博文さんは今ではインチキとされている「江戸しぐさ」を文教族議員として広めたことで有名です。

安倍昭恵さんは脱原発を唱える一方で、数々のトンデモを信奉している。結局の所、近代合理性、近代立憲主義を踏まえて苦悶して脱原発、ではなく、「原発もないけど人権もなかった」時代=封建時代への逆戻りを志向しているのです。そして、そうした昭恵さんを一部脱原発派(リベラル)も持ち上げてしまったのも事実です。

もちろん、欧米に問題ありまくりなのは事実ですよ。
昔で言えば植民地支配、今で言えば、中東空爆しまくりとか。
だけど、近代合理性、近代立憲主義を超えるものを現時点の日本人が生み出せているとは思えませんよ。
近代合理性、近代立憲主義を踏まえて、苦悶して、前進していくしかないと思いますよ。
「乗り越えた」とかいって「勝利宣言」をするのは簡単です。
しかし、それは75年前の「近代の超克」(笑)と一緒で、破滅を招くだけでしょう。

by hiroseto2004 | 2017-07-18 21:21 | 思想・哲学 | Trackback(1)

「冷戦・高度成長期」への回帰願望+「ムラ社会のポストモダニズム」による権力への監視低下=安倍政権

安倍政権とは哲学的にはどう位置づけられるか?

一つの要素は、金丸・竹下に代表されるように「政治は腐っていたけれど、日本は輝いていたように見えた」時代への郷愁である。

要は、冷戦崩壊以前、バブル崩壊以前を懐かしむ心情である。これは、1990年代以降の、経済低迷も背景にある。

また、日本の場合は、間近でベルリンの壁の崩壊のようなことが起きていないので、余計にバブル期以前の成功モデルへの執着は、特に安倍晋三さんらバブル世代には強いのではないか?自分たちの学生時代、新社会人時代は良かった。それしかない。だけど、そういう人たちがいま、社会の中軸を占めているし、今の若者世代の親世代として、若者にも影響を保っている。バブル世代は親としては子どもに対しては友達感覚で接しているので、子ども側もあまり親への反発はない。(団塊世代以上に属する親は押さえつけてくる分、反発も若者側に生じた)。

だから、原発を輸出しまくったり、竹下張りに「地方創生」と称して金をばらまく方向はかなり支持されてくる。

他方で、日本は特有のムラ社会である。言い換えるとブラック会社主義である。そういうムラ社会でポストモダニズムが導入された結果はどうなったか?

「権力を批判するのはダサい」的な空気が充満してくる。
いわゆる市民派、脱原発派の間でさえも「みんな仲良く」の雰囲気が出てきてしまった。その結果、権力、とくに「家庭内野党」と言われた安倍昭恵さんには甘くなっていた時期があった。安倍政権の暴走にはそういう背景もある。

「冷戦・高度成長期」への回帰願望+ポストモダニズムによる権力への監視低下=安倍政権

である。


by hiroseto2004 | 2017-07-17 19:24 | 思想・哲学 | Trackback