エコでフェアでピースな世界をヒロシマから国政へ!成長戦略から成熟戦略。誰もが置きざりにされない社会を。核兵器も原発もない世界を。役人からヘルパーへ。庶民増税より格差是正。ヒロシマの心活かす市民発・政界再編。


by hiroseto2004

カテゴリ:歴史( 45 )

井手英策先生の議論の難点

「緊縮財政リベラル」浜口雄幸への反動としてのファシズム

浜口雄幸という昭和初期の首相(立憲民政党)。

立憲民政党というのは、今で言う多様性尊重のスタンス(現代で言うところの市民派っぽさ)を取る一方で緊縮財政主義だった。凄まじい緊縮財政を取った結果、「大学は出たけれど」という状況を招いた。
(ちなみに、立憲政友会=田中義一は、いまの安倍総理に似て、積極財政だが、中身が大手企業、軍拡に偏っている、という感じであり、主に地方を基盤としている点も似ている。)

そのことへの反動が、1930年代の青年将校(いわゆる「皇道派」)らによる「天誅!」の動き、さらには、「天誅!」で既成政党政治家や元老が排除されたことを背景とした「統制派」(東條英機)の権力掌握とその後の暴走につながったのは間違いない。

現代で言う立憲民政党は、1990年代の橋本龍太郎(故人、権力基盤は、自社さ連立で、今よりは「リベラル」だった)や小泉純一郎さん(女性閣僚を多く任命)、あるいは、民主党右派という感じだろうか。多様性尊重や一定の「市民派っぽさ」の一方で、緊縮財政主義という感じである。

その時期に、特に団塊ジュニア世代以下の困窮も進んだ。
「既成政党に天誅!」のノリの大阪維新などが台頭。反自民票が割れ「平成の東條英機」とも言える安倍晋三が返り咲いた。

安倍晋三の政治というのは、要は人々の「バブル期への郷愁」に便乗しつつ、自分自身の理想である「戦前どころか、封建時代を取り戻す」ということである。

もちろん、バブル期と今では条件は違いすぎる。大型ハコモノよりは、老朽インフラの更新、災害復旧(原発の廃炉も含む)であり、介護や保育、教育、さらにはエネルギーシフトに重点を置くべきだろう。労働力不足になっている現在では、より必要なところに労働力や資源が行くように工夫すべきであり、おそらく五輪をやっている余裕もなければ、今後、原発を動かしている余裕もない。

社会福祉については、企業に依存するこれまでの福祉から、個人を尊重する福祉へ切り替えないといけない。2009民主党政権の「国民の生活が第一」はおおむね「個人を尊重する福祉」という趣旨であったと思うし、大筋では間違いなかった。

ただ、前原誠司さんがもし代表になった場合、井手英策先生の指導の下、民進党が消費税大幅増税という方向に舵を切ることになるのではないか?

そして彼が総理になった場合、浜口雄幸や橋本龍太郎と同じ誤りを犯すことになりかねないと思う。

なるほど、経済成長は高度成長期ほどはないだろう。他方で、財政を黒字化しないとすぐ破綻するかのようなイメージに囚われると、逆に危ない。繰り返すが、たとえば日本政府(年金も含む)は、大量の外国証券を持っている。

 昔のアルゼンチンのような政府信用の失墜=大幅円安が万が一、起きたとしよう。だが、その瞬間に大幅円安により、日本政府所有の外国証券の価値は円ベースでは暴騰し、債務と資産のバランスは大幅に改善されることになる。(国債は円建てで発行しているので政府債務の円ベースでの価値に変化なし。)

 財政破綻のリスクを過大評価して、消費税の大幅増税を含む緊縮財政を行えば、その打撃は特に庶民を直撃する。

 しかし、実を言うと、薄々と多くの国民はそのことを感じている。何度も消費税増税がされても、福祉が良くなっていないことを実感しているからだ。井手先生がいくら、福祉の充実を力説しても、国民は納得しないだろう。

 消費税増税をいきなり掲げる政党に投票するほど、国民は愚かではない、とわたしは確信している。

 ただし、その「愚かでない」結果として、安倍総理が万が一「消費税減税」でも掲げた場合には、自民党をまたまた勝たせてしまうことになる。

 そして、その結果、総理の国家私物化は無罪放免とされ、暴走は続く結果になるだろう。

 パナマ文書でも明らかになったが「違法ではないが大手企業やお金持ちがセコい方法で税金を逃れている」実態がある。

 確かに、北欧の福祉国家の消費税率は高いが、日本の場合は、人口規模も違いすぎる。

現実的には、これまでも、日本がお手本としてきた英独仏が比較対象であるべきだろう。独仏よりも食料品にかかる消費税率は日本は高い。イギリスの場合はそもそも食料品と本(さすが教養を重視する国!)などは非課税だ。

こうしたことを踏まえ、消費税率、とくに食料品のそれへの引き上げは現実的ではない。むしろ、空洞化した大手企業や大金持ちへの課税の「強化」というより「再建」が必要だろう。

敢えて民進党が打ち出すなら、「消費税よりは国際連帯税」の議論をむしろした方が良いと思う。グローバルな金融取引などに課税し、貧困や疫病、環境対策に充てると言う方向である。

結論として
1,財政再建至上主義に陥らないこと
2,個人を重視した福祉への移行(これは井手先生とわたしで一致する点)
が必要であり、
・消費税率引き上げよりは、大手企業・大金持ち課税の「再建」
・消費税率引き上げよりは国際連帯税
であろう。

民進党が浜口雄幸・立憲民政党の誤りを繰り返さないことを願う。 

by hiroseto2004 | 2017-08-15 17:45 | 歴史 | Trackback(1)

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75年の時を経て復活した「西田幾多郎」としての「三浦瑠麗」・・「近代の超克」から「ポストモダン」へ


「人権を極端に抑圧した総動員体制だったのは、一九四三(昭和十八)~四五年のせいぜい二年間ほど」という三浦瑠麗さんの発言を契機とした「三浦・米山」論争。米山知事によるの総括です。


「終戦の日に当たり我々が再度認識すべき事それは,我々の社会は戦争の失敗を今なお持ち続けているという現実を直視することであり,それを克服する手段は,決して戦前の賛美や郷愁ではなく,的確な現状認識に基づいた,現代の社会にふさわしい,現代の解決策を模索する事だと,私は思います。」

全く同感です。この点が最も大事だと思います。


付け加えるなら「バブル期への郷愁を超えて」ということも申し上げたいと思います。



東京新聞が「気分はもう戦前? 今の日本の空気」と題する特集を組み,「今の社会に、戦前のかおりがしないか。」との問いかけをしたところ,論者の一人である政治学者の三浦瑠麗氏が「大日本帝国が本当の意味で変調を来し、人権を極端に抑圧した総動員体制だったのは、一九四三(昭和十八)~四五年のせいぜい二年間ほど」「『今は、あの二年間に似ていますか』と聞かれたら、私は「全然似ていない」と答えます」とされました( http://www.tokyo-np.co.jp/article/culture/hiroba/CK2017081202000195.html )。これに対する私とのやりとりが多少巷間に流布しましたので,この問題について,地方政治の現場の実情も踏まえて,私の考えを述べたいと思います。

 まず,三浦氏は恐らくそういう文脈で語っていると思われるのですが,「現代がそっくりそのままの形で戦前に似ているか」という問いがなされたら,私も「全然似ていない。」と答えると思います。
 あまりに当然ですが,戦前と戦後では憲法が違います。取り巻く国際情勢も違います。それ以前に,戦前には携帯電話もインターネットもありません。天皇を元首とする大日本国憲法の下で政治が行われ,日本を含む帝国主義列強に世界の富が集中し,数少ないマスコミと国家が情報を独占し,国民は国際情勢は愚か国内情勢さえ知る手段が限定され,国民からの情報発信の手段に至ってはほぼ皆無という時代と現代をダイレクトに比較して「全然似ていない」というのは,繰り返し,当たり前で言うまでもありません。
 我々が問うべきは,そのようなダイレクトな比較ではなく,様々な時代の変化を超えて,戦前と現在に,共通の傾向,共通の空気が無いか,それこそ今起こっていることの構造分析だと思います。

 そういう視点で見た時,地方政治の現場には,「戦前との共通項」―日本が自らの客観的実力を見失い,国際情勢を無視して,およそ不合理な戦略に基づいて戦争を始め,敗北が明らかになって尚,それこそ2年もの間,国民の権利を徹底的に抑圧して戦争を維持した「失敗の原因」-が相当数散見されます。
 どこの国でもお国自慢は当然ですが,今なお均質で閉鎖的な日本社会は,そのお国自慢を他者との客観的比較をすることなく「絶対の真実」捉えがちです。またコミュニティが内向きになると,外の世界の情勢の変化-特に自分たちではない集団の実力-を正当に評価することを軽視しがちになります。自慢や評価の対象は異なりますが,地方政治の現場においても,同様の事例は正直散見されます。
 さらに,集団の意思決定プロセスが明確でない上に一旦何かの意思決定がなされるとそれに異を唱える事がタブーとされがちな日本社会では,はるか昔に立案されすでに合理性を失っている計画が,誰も異を唱えることができないまま遂行されることが多々あります。そしてその合理性に欠く計画を無理に遂行する負担は,多くの場合「現場の頑張り」に押し付けられます。規模や計画は異なりますが,こちらも似た事例は,今なお地方政治の現場で散見されます。

 おそらくこれらの「失敗の原因」は,戦前と戦後断絶することなく,明治期にさかのぼって日本社会に通底する問題であろうと思います。
 そういったある種「民族性」ともいえる問題を抱えながら,しかし日本社会は恐らく,明治維新から日露戦争に至る明治期は集団主義的傾向が強く,大正期には自由主義的空気が花開き,戦前の昭和期には再び集団主義が強調され,戦後の昭和期には自由主義が開花しという変動を経てきたのだと思います。
 その変動の中で地方政治の現場から日本の現在を見た時私は,率直に,過度に内向きで,過度に外部を軽視し,内部の論理が合理性に優先し,そのしわ寄せを現場に押し付けて当然とする,悪しき集団主義の復活が懸念される状況であると思います。

 そしておそらく,「悪しき集団主義の復活」の原動力の一翼を担っているのが,「戦間期(第一次世界大戦と第二次大戦の間)の日本」は,「国家観、歴史観を持ち、理念を掲げられる日本人」を育てることができたが,戦後の日本はそれを育てることができていないという氏の意見に代表される,「戦前への郷愁」(氏は自らが戦前への郷愁を持っている事を否定するでしょうが,氏の文章を見る限り,そう取られて仕方ないものと思います。)ではないかと,私は思っています。
 戦前,日本が多くの偉人を輩出したことは一日本人として私も大いに誇りに思いますし,それ以前に,戦前の国際社会において日本がたった4か国の国際連盟の理事国の一つであり,世界第3位の海軍国であり,アジアにおいては断トツのリーダーであったことにはある種の喜びすら感じます。世界におけるプレゼンスは,戦前の日本の方が戦後の日本よりはるかに高かったことは,事実として疑いようがありません。
 しかしその主因は,日本が,45億人しかいない世界人口の中で1億を占め,数少ない帝国主義列強の一員として世界の富の独占の一翼を担っていたという当時の世界情勢によるところが極めて大きく,決して戦前の教育が戦後の教育より優れていたからでも,戦前の社会が戦後の社会よりも豊かであったからでもないと,私は思います。
 何より,どれほど戦前の社会・教育が優れ,「『国家観、歴史観を持ち、理念を掲げられる日本人』を育てることができた」としても,それはあくまで当時の国際情勢において優れていたという事なのであって,当時の教育そのままに,教育勅語を暗唱することにエネルギーの大半を使い,英語も,IT技術も,世界の多様性も教えない教育をしたところで,人口が86億人に膨らみ,新興国を含む多くの国にすむ人が瞬時に世界最新の情報・技術に触れ,それを自ら作り,発信できる現代の世界において,日本をリードするのにふさわしい「国家観、歴史観を持ち、理念を掲げられる日本人」を輩出できるわけではありません。

 終戦の日に当たり我々が再度認識すべき事それは,我々の社会は戦争の失敗を今なお持ち続けているという現実を直視することであり,それを克服する手段は,決して戦前の賛美や郷愁ではなく,的確な現状認識に基づいた,現代の社会にふさわしい,現代の解決策を模索する事だと,私は思います。


by hiroseto2004 | 2017-08-15 16:24 | 歴史 | Trackback
ABCCは間違いなくアメリカのための機関でした。
ただし、日本完全移管っていうわけにもいかなかったのは日本側のこだわりだったのですね。

◇外交文書に4案が示される

 米国の主導で広島と長崎に設置された「米原爆傷害調査委員会」(ABCC)を1975年に日米共同運営の財団法人「放射線影響研究所」(放影研)に改組する際、日本政府が他に世界保健機関(WHO)など国際機関への移管や日本単独運営を含む3案も検討していたことが明らかになった。今年公開された外交文書に記されていた。ABCCは活動初期の被爆者への対応が人権侵害と批判された経緯がある。日米関係を重視し、米国への反感を解消させる狙いで共同運営に決定していた。

 公開されたのは、外務省所蔵の72年1月〜74年12月の文書ファイル。74年1月9日付で厚生省(当時)が作成した文書「原爆傷害調査委員会の改組について」も添付され、4案が示されていた。このうち、米政府が求めた費用分担に応える日米共同運営案には「米国政府機関が戦後もそのまま居つづけているということに対する反感の消滅」が望めるという記述があった。

 ABCCは原爆投下を命じたトルーマン米大統領の指示で、47年に原爆放射線の影響調査を始めた。調査には日本の国立予防衛生研究所(予研)も参加したが、相手の同意を得ずに調査したことや治療を原則しない姿勢に被爆者が反発。さらに、68年の運営費は設立当初の25倍に及ぶ10億円を突破したが、日本側の負担は5%未満で、米国人所長が改組の必要性を訴えていた。米政府が当時、ベトナム戦争の戦費負担に苦しんでいた事情もあった。


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by hiroseto2004 | 2017-07-31 10:16 | 歴史 | Trackback
[歴史]田中義一は天皇の「ご叱責」で辞めたが安倍晋三は?

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やっと辞める稲田防衛大臣、「文民暴走」の安倍総理も辞任を!

満州某重大事件ならぬ南スーダン某重大事件(「現地で戦闘状態」日報隠蔽)。
防衛次官、陸幕長に続き、稲田防衛大臣が辞めると言う。
しかし、最後の大物が残っている。安倍晋三だ。

ちなみに張作霖爆殺=満州某重大事件は、村岡司令官、河本大佐に人事上の処分、田中義一内閣総辞職と言う結果だった。

満州某重大事件の首謀者は村岡司令官といわれているが、本当の黒幕(扇動者)は総理腹心のお坊ちゃん純粋政党政治家の森恪(もりかく)外務政務次官だろう。文民暴走である。

森恪は、慶應幼稚舎でありながら、素行と成績が悪くて慶應ボーイになり損ねた。平沢勝栄家庭教師につきながら成績が伸びなかった安倍晋三にウリ二つな男だ。

三井物産に親父のコネで入社。立憲政友会に入党し、金の力で議席を買う。

陸軍軍人だった師匠の田中より過激な帝国主義者だ。「東洋のセシル・ローズ」を自称。
日本の中国侵略は森が構想したといっていい。

森は1932年、50歳の若さで急死。しかし長生きしていれば間違いなく、政党政治家の帝国主義者としてA級戦犯は間違いなかったろう。
ひょっとしたら東條英機の代わりに死刑になったかもしれない男だ。
5.15事件では自分の直属の上司の犬養毅が暗殺されたのに、会心の笑みを浮かべたという。暴走する青年将校たちの黒幕が、森だったということだろう。

さて、田中義一は天皇の「ご叱責」があるまで、満州某重大事件の責任を村岡司令官一人に責任をなすりつけ、野党の中野正剛代議士にあきれられた。

天皇の「ご叱責」で田中義一が辞めたのは後味が悪く政党政治を危うくした。天皇も後に後悔したほどだ。戦前でも異例だった。

まして、現代日本では国民主権者の民意で安倍晋三を退陣させるべきだ。
さもなくば、安倍自身の暴走で大変なことになることはもちろんあり得るし、他方で、自衛隊員の不満が高まり、不測の事態を招きかねない。
by hiroseto2004 | 2017-07-27 21:28 | 歴史 | Trackback

【歴史】安倍自民党=立憲政友会・田中義一(森恪)、小池ファースト=立憲民政党・浜口雄幸(永井柳太郎)

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「文民統制」どころか「文民暴走」、安倍晋三。(街頭演説)

文民統制どころか文民暴走。安倍晋三。

今の国の状態は東條英機末期に似ている。東京五輪なんて、まさに特攻隊状態。しかし、政権の状態は、立憲政友会の田中義一内閣(1927ー29)の末期に酷似しているような気もする。そして、小池ファーストが戦前の二大政党のもう一方の立憲民政党に酷似している。

立憲政友会は、旧来型企業+田舎のお金持ちを基盤としていた。アベノミクスと田中義一の積極財政は似てなくもない。総裁が山口県出身という点も安倍自民党と似ている。

森恪という田中総理腹心の政党政治家は慶応幼稚舎を落第して、慶大に進学できなかった、一橋大学にも不合格になって親のコネで三井物産に就職した経過は、安倍晋三によく似ている。

その森は、「東洋のセシル・ローズ」を自称。

田中内閣の外務政務次官として、中国侵略政策を進め、軍人出身の田中総理以上に過激な帝国主義を進めた。

その結果、済南事件や、満州某重大事件が発生。その責任を、現地司令官に転嫁した点は、安倍総理が防衛次官、陸幕長にばかり責任を押しつけている点にそっくりである。

田中義一総理が天皇の怒りを買っているという点も安倍総理に似ている。


他方、立憲民政党は都会のインテリと新興企業を基盤としていた。小池ファーストにそっくりである。

浜口雄幸に代表される新自由主義的な経済政策と、大都市向けの一定の社会政策、そして永井柳太郎的な親軍的な側面のサンドイッチ。

野田数代表みたいな極右を抱え込んでいるという意味でも小池ファーストは立憲民政党に酷似している。

現代の日本では、野党連合が、そうはいっても政権を伺う位置に居るのが戦前とは違う。
自民、野党、小池の三国志状態である。

野党連合が気をつけるべきは、戦前の社会大衆党のように、苦し紛れに陸軍と組むような愚挙をしないことであろう。

敵を怖がる余り、浮き足立たないことである。立憲主義、庶民福祉の充実という軸をしっかり持って、腰を据えることだ。


by hiroseto2004 | 2017-07-27 17:22 | 歴史 | Trackback

日中戦争開戦80年

昨日7月7日は、日中戦争の契機となった盧溝橋事件から80年でした。

対英米戦争になる前からずっと日本は戦争でした。

翻って現代。日本は、2014年8月に「有志連合」に自動的に参加し、2015年1月には安倍総理がISに宣戦布告をしてしまっています。
そういう意味では、日本も「戦争中」なのです。
「日本を戦前にするな」というよりも「始まってしまった戦争をどう止めるか。」
これが課題なのです。

by hiroseto2004 | 2017-07-08 14:05 | 歴史 | Trackback


俺が小学校時代(1980年代)の年配者というか、たとえば学校の先生で一番年を取った60歳手前くらいの人って、戦争の悲惨さもよく知っている。戦後の民主化もよく知っている。

ところが、今の年配者(定年延長により65歳くらい)の人って、戦争をご存じないんですよね。それどころか、戦後の民主化もご存じない。日本が完全に貧しかった時代もご存じない。

良く歴史を勉強した若者と、年配者を比べたら、良く歴史を勉強している若者の方が、まだ話が通じるんですよ。

これは、いわゆる左翼・リベラル内部でも大差はない。




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by hiroseto2004 | 2017-06-26 08:13 | 歴史 | Trackback

備忘録 民主化に関する仮説 欧米帝国主義による押し付け分は「身に付かない」


日本の場合も、戦後、アメリカ帝国主義に与えられた部分はだんだん喪われていき、「民主主義」から「会社主義」になった。
それでも、野党や市民運動によるチェック機能である程度押し返していった。

しかし、チェック機能が低下した結果、「日本ブラック会社主義人民共和国連邦」とでもいうべき、日本の「地金」が丸出しになっているのが安倍政権ではないだろうか?


イランの場合は、1953年、英帝国主義から自立化を図ったモサデグ民主主義政権をアメリカが打倒してしまった。


アメリカを後ろ楯にしたパフレビー皇帝が進めた「欧米化」は結局、1980年のイスラム革命でひっくり返った。

女性の権利などは大きく後退した。

それでも若者を中心に声を上げ、すこしづつだが女性の社会進出も進み、現在では、理系の大学生では男子を上回るなどしている。


冷静に考えたらモサデグをアメリカが打倒したのが間違いだった。パフレビー皇帝に与えられた部分はあまり「身に付いていなかった」と言えるのではないか?


結局、イスラム革命後に後退を余儀なくされた部分から、イラン国民が頑張った分だけ人権や民主主義が進んでいる。


by hiroseto2004 | 2017-06-22 15:53 | 歴史 | Trackback

純粋ニッポンの追求は際限なき玉ねぎのかわむきーーそして、なにも残らなかった。


玉ねぎの皮むきを、際限なくやっていくと、何も残らなくなってしまう。


ニッポンは、諸外国の色んな文化を柔軟に取り入れてきた。


だから安倍政権周辺のように、純粋なニッポンを追求しようとすると玉ねぎのかわむきになってしまう。


敢えて言えば平安時代は、遣唐使も途絶え、そのことを背景にした「国風文化」といわれたが、それだって、奈良時代以前に伝わった外来のものの消化作業とも言える。仮名だって漢字が基なのだ。


純粋、純粋と追求しすぎると「そして、なにも残らなかった」になりかねないですね。


by hiroseto2004 | 2017-05-15 06:42 | 歴史 | Trackback

5.15事件85周年&沖縄返還45周年

明後日5月15日は、「5・15事件85周年」であり、「沖縄返還45周年」です。

5.15事件については、政党政治がこれで終わったという見方もされますが、実際には、2.26事件までは政党は影響力を持っていました。ただ、第一党の立憲政友会の鈴木喜三郎総裁が、現代で言う稲田朋美防衛大臣みたいな感じの人だったので元老がこれを嫌って、穏健派のベテラン海軍大将の斉藤実・岡田啓介(立憲民政党寄り)を奏薦したというのが真相です。
ただし、犯人の処罰が甘かったことが、その後の2.26事件や東條英機ら軍人の進出につながったもの事実であり、歴史的教訓としなければなりません。
それで思い出されるのは、2007年の長崎市長選挙の最中に起きた伊藤一長・長崎市長暗殺事件であり、前年の加藤紘一元幹事長(故人)自宅放火事件です。
伊藤市長暗殺事件に際しては、市長選挙で対立候補を立てていた日本共産党でさえも「民主主義を破壊するテロ」と批判したのに対し、伊藤市長を推薦していた自民党の総裁でもある安倍晋三総理は、民主主義への挑戦という点にフォーカスしませんでした。
ハッキリ言って選挙期間という中を狙って候補者を殺害するなど、一番の民主主義への破壊行為です。このことにフォーカスしない人間にテロ対策などできるものか?このように思うのです。
2006年の加藤の自宅が放火された事件で、稲田防衛大臣は、「対談記事が掲載された15日に、先生の家が丸焼けになった」と軽口を叩きました。小泉純一郎さんでさえも「暴力で言論を封じる行為は決して許されることではない」と述べたのと比べても異常です。
テロ対策のために共謀罪が必要という方々が、実際の所、テロに対して甘い姿勢である。彼ら(安倍総理・稲田防衛大臣ら)のテロとは何なのか?


結局の所
・自分の気に入らない主張の人間(伊藤市長=アメリカに対してもモノを率直に言う、加藤紘一=党内リベラルで鳴らした)への殺人や暴力はテロではないから甘く対応する。
・自分の気に入らない主張をする人間(たとえば沖縄の反基地運動なども)が何かすると、それはテロだから逮捕。
というだけのことなのでしょう。
安倍総理・稲田大臣の本音は、以下なのでしょう。
「民主主義なんぞくそ食らえ。俺たちの思い通りにさせないヤツは全員抹殺すべきだ!」
それを隠しているから、共謀罪をはじめとするいろいろな法案で、答弁に矛盾が出るのですよ。


by hiroseto2004 | 2017-05-13 21:09 | 歴史 | Trackback