エコでフェアでピースな世界をヒロシマから国政へ!成長戦略から成熟戦略。誰もが置きざりにされない社会を。核兵器も原発もない世界を。役人からヘルパーへ。庶民増税より格差是正。ヒロシマの心活かす市民発・政界再編。


by hiroseto2004

カテゴリ:歴史( 39 )


俺が小学校時代(1980年代)の年配者というか、たとえば学校の先生で一番年を取った60歳手前くらいの人って、戦争の悲惨さもよく知っている。戦後の民主化もよく知っている。

ところが、今の年配者(定年延長により65歳くらい)の人って、戦争をご存じないんですよね。それどころか、戦後の民主化もご存じない。日本が完全に貧しかった時代もご存じない。

良く歴史を勉強した若者と、年配者を比べたら、良く歴史を勉強している若者の方が、まだ話が通じるんですよ。

これは、いわゆる左翼・リベラル内部でも大差はない。




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by hiroseto2004 | 2017-06-26 08:13 | 歴史 | Trackback

備忘録 民主化に関する仮説 欧米帝国主義による押し付け分は「身に付かない」


日本の場合も、戦後、アメリカ帝国主義に与えられた部分はだんだん喪われていき、「民主主義」から「会社主義」になった。
それでも、野党や市民運動によるチェック機能である程度押し返していった。

しかし、チェック機能が低下した結果、「日本ブラック会社主義人民共和国連邦」とでもいうべき、日本の「地金」が丸出しになっているのが安倍政権ではないだろうか?


イランの場合は、1953年、英帝国主義から自立化を図ったモサデグ民主主義政権をアメリカが打倒してしまった。


アメリカを後ろ楯にしたパフレビー皇帝が進めた「欧米化」は結局、1980年のイスラム革命でひっくり返った。

女性の権利などは大きく後退した。

それでも若者を中心に声を上げ、すこしづつだが女性の社会進出も進み、現在では、理系の大学生では男子を上回るなどしている。


冷静に考えたらモサデグをアメリカが打倒したのが間違いだった。パフレビー皇帝に与えられた部分はあまり「身に付いていなかった」と言えるのではないか?


結局、イスラム革命後に後退を余儀なくされた部分から、イラン国民が頑張った分だけ人権や民主主義が進んでいる。


by hiroseto2004 | 2017-06-22 15:53 | 歴史 | Trackback

純粋ニッポンの追求は際限なき玉ねぎのかわむきーーそして、なにも残らなかった。


玉ねぎの皮むきを、際限なくやっていくと、何も残らなくなってしまう。


ニッポンは、諸外国の色んな文化を柔軟に取り入れてきた。


だから安倍政権周辺のように、純粋なニッポンを追求しようとすると玉ねぎのかわむきになってしまう。


敢えて言えば平安時代は、遣唐使も途絶え、そのことを背景にした「国風文化」といわれたが、それだって、奈良時代以前に伝わった外来のものの消化作業とも言える。仮名だって漢字が基なのだ。


純粋、純粋と追求しすぎると「そして、なにも残らなかった」になりかねないですね。


by hiroseto2004 | 2017-05-15 06:42 | 歴史 | Trackback

5.15事件85周年&沖縄返還45周年

明後日5月15日は、「5・15事件85周年」であり、「沖縄返還45周年」です。

5.15事件については、政党政治がこれで終わったという見方もされますが、実際には、2.26事件までは政党は影響力を持っていました。ただ、第一党の立憲政友会の鈴木喜三郎総裁が、現代で言う稲田朋美防衛大臣みたいな感じの人だったので元老がこれを嫌って、穏健派のベテラン海軍大将の斉藤実・岡田啓介(立憲民政党寄り)を奏薦したというのが真相です。
ただし、犯人の処罰が甘かったことが、その後の2.26事件や東條英機ら軍人の進出につながったもの事実であり、歴史的教訓としなければなりません。
それで思い出されるのは、2007年の長崎市長選挙の最中に起きた伊藤一長・長崎市長暗殺事件であり、前年の加藤紘一元幹事長(故人)自宅放火事件です。
伊藤市長暗殺事件に際しては、市長選挙で対立候補を立てていた日本共産党でさえも「民主主義を破壊するテロ」と批判したのに対し、伊藤市長を推薦していた自民党の総裁でもある安倍晋三総理は、民主主義への挑戦という点にフォーカスしませんでした。
ハッキリ言って選挙期間という中を狙って候補者を殺害するなど、一番の民主主義への破壊行為です。このことにフォーカスしない人間にテロ対策などできるものか?このように思うのです。
2006年の加藤の自宅が放火された事件で、稲田防衛大臣は、「対談記事が掲載された15日に、先生の家が丸焼けになった」と軽口を叩きました。小泉純一郎さんでさえも「暴力で言論を封じる行為は決して許されることではない」と述べたのと比べても異常です。
テロ対策のために共謀罪が必要という方々が、実際の所、テロに対して甘い姿勢である。彼ら(安倍総理・稲田防衛大臣ら)のテロとは何なのか?


結局の所
・自分の気に入らない主張の人間(伊藤市長=アメリカに対してもモノを率直に言う、加藤紘一=党内リベラルで鳴らした)への殺人や暴力はテロではないから甘く対応する。
・自分の気に入らない主張をする人間(たとえば沖縄の反基地運動なども)が何かすると、それはテロだから逮捕。
というだけのことなのでしょう。
安倍総理・稲田大臣の本音は、以下なのでしょう。
「民主主義なんぞくそ食らえ。俺たちの思い通りにさせないヤツは全員抹殺すべきだ!」
それを隠しているから、共謀罪をはじめとするいろいろな法案で、答弁に矛盾が出るのですよ。


by hiroseto2004 | 2017-05-13 21:09 | 歴史 | Trackback

五四運動

五四運動

1919年のベルサイユ条約においては、中華民国も第一次世界大戦の「戦勝国」だったにもあったにもかかわらず、ドイツに奪われていた山東省の利権は日本に付け替えられただけに終わりました。

中国では、1915年のいわゆる対華21カ条要求(5月7日)を大総統の袁世凱が受諾(5月9日)し、この両日は国恥記念日とされました。その後も、軍閥は外国の帝国主義と癒着していました。

さらに、ベルサイユ条約がこの有様とあって、中国の学生や労働者が不満を爆発させ、98年前の本日、立ち上がったのがいわゆる「五四運動」です。

中国において、デモやストライキやボイコットなど近代的な大衆運動の手法が多彩かつ大規模に実施された最初の事例です。

by hiroseto2004 | 2017-05-04 18:15 | 歴史 | Trackback
備忘録 昭和の都民ファースト=立憲民政党

戦前の政党政治がなぜダメになったか。
いろいろ理由はあります。
しかし、戦前の二大政党のもう一方、(憲政会~)立憲民政党の問題点というのを指摘しておきたい。
立憲民政党が都市型、政友会がどちらかといえば農村型の政党である。
民政党が小池新党(都民ファースト)なら、政友会が安倍自民党という感じである。
政友会の田中義一内閣が不戦条約に調印した際、当時の野党・民政党は「人民の名において」という条文を「天皇主権」に反するとして、文句を付けた。
民政党の浜口雄幸内閣に後退した際、政友会の鳩山一郎、犬養毅らに「ロンドン軍縮条約は統帥権干犯だ!」と意趣返しされる結果となった。
他方、浜口内閣は今で言うと小泉純一郎内閣のようなもの。今で言う新自由主義政策を進め、格差を拡大した。その結果として軍部の台頭を招いたのも事実である。実際、小泉政治による格差拡大が、1980年代への郷愁を招き、安倍晋三を台頭させたのは否めない。

民政党の代表的な政治家の一人に大政翼賛会推進の急先鋒でもあった永井柳太郎がいる。
彼は、社会政策という面では、小池新党に似て、大都市の個人に手厚い面があった。しかし、マクロ経済政策は新自由主義的であるのも小池新党に似ている。さらに、永井は親軍的であったがこの点も小池が日本会議のメンバーであり、特別秘書の野田が、自主憲法制定論の右派であることとも共通する。さらに言えば永井と小池は大学の先輩・後輩でもある。
政友会の田中が山口県出身だったことも考えると、田中義一=安倍晋三。永井柳太郎=男性版小池百合子、といえると思う。
保守党である政友会への対抗馬が永井らの民政党だったという所に悲劇があった。
戦前の政党政治はそうした中で、結局、必然として崩壊したのだと思う。現代のそれも、結局そうなるのであろう。問題は、それによって、再び惨劇がおきることである。

by hiroseto2004 | 2017-04-29 19:46 | 歴史 | Trackback

政治家の政策は対抗馬に引っ張られるーー「走れ走れ龍太郎、小沢小泉かきわけて」


二十年前の1997年頃、本社社主は、「構造改革」と称して新自由主義をばく進していた総理の橋本龍太郎を揶揄して以下のような替え歌をしていました。


走れ走れ龍太郎、小沢小泉かきわけて
走れ走れ龍太郎、追い付け追い越せ引っこ抜け


その心は、以下です。


当時は新進党代表で海外派兵推進、新自由主義のチャンピオンの小沢一郎さん※と、自民党総裁選挙で争った小泉純一郎さんに引っ張られ、新自由主義化していく橋本自社さ政権を揶揄したものです。


当時はそれこそ、日本共産党と新社会党以外は規制緩和万歳、辺野古移設推進という、ある意味今よりひどい大政翼賛状況でした。


政治家の政策は、対抗馬に引っ張られるのです。

社会党や共産党が強かった時代は自民党主流(旧竹下派、宮澤派など)も福祉や環境を言い、(当時は新自由主義のチャンピオンだった)小沢一郎や小泉純一郎が強くなると新自由主義へ流れる。

そういうことですね。


※「SEALDs」などの若い人が生まれてさえいない時代には、小沢一郎さんこそが、新自由主義で海外派兵推進、核燃推進のチャンピオンでした。2003年に小沢さんは民主党入党。この際に横路グループと組み、社会民主主義、護憲寄りにスタンスを大きく変更しました。


by hiroseto2004 | 2017-04-20 15:03 | 歴史 | Trackback
【備忘録】75年経って繰り返す?歴史

2003年 イラク派兵⇔1928年 満州某重大事件(張作霖爆殺事件)

2005年 郵政選挙⇔1930年 金解禁

2007年 長崎市長暗殺事件⇔1932年5.15事件

2011年 橋下維新バカ受け、「既成政党に天誅論」盛り上がり⇔1936年2.26事件

2012年 南スーダン派兵⇔1937年 日中戦争開始

2013年 特定秘密保護法制定⇔1938年 国家総動員法制定

2015年 安保法制定⇔1940年 大政翼賛会発足

2016年 日本人へのダッカでのISテロ⇔1941年 対英米戦争開始

2020年 何らかの形で日本滅亡に近いこと?⇔1945年 敗戦

人間の寿命から考えると「前の同様の愚行を覚えている人がいなくなることで、愚行が繰り返される」ということなのか?
「愚者は経験に学び賢者は歴史に学ぶ。 」(ビスマルク)

by hiroseto2004 | 2017-04-20 08:57 | 歴史 | Trackback
そういえば、あれから10年です。改めて伊藤市長のご冥福をお祈りいたしますとともに、民主主義を危うくするテロを弾劾します。

それにしても、2007年当時は、一〇年後の今、まさか、民主主義がここまで危うくなるとは思わなかった。
だけど、事件発生当初の安倍総理のテロに対して腰が引け対応を
みれば、結局、民主主義がここまで危うくなることは予測できたのかもしれない。

このままでは、「実は、伊藤市長暗殺事件こそが平成の5.15事件(1932年犬養総理暗殺事件)」のようなものだったという総括になるかもしれません。

2007年4月に長崎市長の伊藤一長さん=当時(61)=が暴力団幹部に射殺された事件から丸10年となった17日、市は現場近くのJR長崎駅前に献花台を設けた。

 市職員を代表し、安全安心課の重富範孝課長は、伊藤さんが好きだったヒマワリをささげた。重富さんは「核兵器のない世界実現のために、情熱的に奮闘していた姿が心に残る」と振り返った。

 田上富久市長は「時は過ぎ、長崎の街は変わりつつあるが、事件に対する憤りと深い悲しみは、今も心に深く刻まれている」との談話を出した。献花台は、18日午後5時まで設置する。





by hiroseto2004 | 2017-04-17 23:19 | 歴史 | Trackback

最終的には、白人キリスト教の天下が終わる過程になるだろう


21世紀の遅くない時期には500年続いたいわゆる米英仏露の白人&キリスト教の天下(覇権)が終わることでしょう。


経済の動向を見てもその傾向は明らかでしょう。


また、たとえば、アメリカ内部でもトランプは最後の白人男性共和党大統領になると思う。(次の共和党大統領は女性かヒスパニック系ではないかと読んでいます)。


人口構成からしてその傾向は止めようもありません。


こうした傾向は、防ぎようもないことです。


ただ、その天下が終わる過程で、(主には天下を失う側の悪あがきにより)破滅的な核戦争だけは避けなければならないのです。あるいは、非白人(特に安倍総理的な日本人)も白人にくしの勢い余って人権や民主主義まで否定してはならないと思います。



by hiroseto2004 | 2017-04-12 10:49 | 歴史 | Trackback