エコでフェアでピースな世界をヒロシマから国政へ!成長戦略から成熟戦略。誰もが置きざりにされない社会を。核兵器も原発もない世界を。役人からヘルパーへ。庶民増税より格差是正。ヒロシマの心活かす市民発・政界再編。


by hiroseto2004

カテゴリ:歴史( 68 )

欧州の悪いところと日本国の悪いところをハイブリッドする安倍ジャパン

「難民に甘い」ことより「植民地支配を反省せずに空爆しまくり」が欧州の問題点

これは、安倍総理を熱心に支持されている方に見られる理屈として
「難民に甘いから欧州は犯罪やテロも多い。だからダメだ。」というのがある。
そして、
「だから、欧州の真似をしてはいけない。」
みたいな結論になるのだ。

しかし、そもそも、なぜ、欧州に難民が押し寄せるかと言えば、地理的に近いこともあるが、「英仏帝国主義が空爆しまくったから」ではないのか?

英仏帝国主義が植民地支配を行い、空爆しまくりだったことが、難民やテロの背景にある。なぜか、安倍総理を熱心に支持されている方々はその点はスルーである。

結局、(新しい形での)植民地支配や空爆には日本も米英仏帝国主義と肩を並べて参加したい、先の大戦での加害責任もあいまい、というのが安倍総理だから、植民地支配や空爆を批判してしまうと我らが安倍総理へのブーメランになってしまうから、できないということなのだろう。
by hiroseto2004 | 2018-01-22 11:57 | 歴史 | Trackback
杉原千畝を誇りにするというなら、大日本帝国がナチスサイドに立って参戦したこともきちんと反省していただきたい

安倍総理は「リトアニアにある杉原千畝記念館を訪問しました。杉原さんの勇気ある人道的行動を、同じ日本人として、大変誇りに思います。」とおっしゃった。
しかし、杉原千畝を誇りにするというなら、大日本帝国がナチスサイドに立って参戦したこと、その後、2000年まで杉原氏の名誉回復が遅れたことについても、きちんと反省していただきたいものである。
そのことなくして軽々しく「日本人として誇りに思う」ということは出来ないと思う。少なくともわたし自身は「日本人として」は、杉原氏に対しては「申し訳なく」思う。

by hiroseto2004 | 2018-01-17 06:19 | 歴史 | Trackback
明治維新150年で「アジアで日本が一番偉そうにした時代の終了」

2018年は明治維新150年だ!と安倍総理は盛り上がっている。
しかし冷静に考えると日本がたまたま、アジアで一番偉そうにした時代の終了ということだろう。

明治維新から最初の五十年ほどは、日本が中国を一方的に追いあげ、おそらく日清戦争の頃、逆転した。

しかし、それから日清戦争から25年ほどたった第一次世界大戦直後に中国の民衆は大きく目覚めた。
それが、いわゆる五・四運動である。

その後、1930年代にかけて、意外と中国はドイツの援助などもあって近代化した。
日中戦争では中国を嘗めきっていた日本を苦しめたのである。

但し、戦後は文化大革命などで中国が迷走するなかで、日本は1968年、世界第二位のGDPを有するに至った。
ちょうど明治維新150年。思えばこのころから25年程度が日本の絶頂期だったのかもしれない。

そのころから、韓国や台湾が日本を見習って台頭していく。

中国も文革終了後、改革開放に転じ、急激に日本を追い上げた。
そしてGDPでは2010年頃に日本を逆転したとみられる。

日本は1980年代くらいには成熟した先進国としての路線転換をすべきところをできまかった。
特に1990年代以降の新自由主義的な経済政策は庶民から活気を奪い、人口減少も加速したと言わざるを得ない。

そして、2018年現在、衰退するなかで余裕を失い、不寛容社会化も進んでいる。

もはや、「日本が一番偉そうに出来る状態ではない。」のだが、それを直視できていない状態だ。

正直に申し上げると、今の日本は、「欧米の悪いところ」と「アジアの悪いところ」をハイブリッドした危ない状態にあるのではないか。

そういう時に長州出身の安倍晋三が総理であるというのは決して偶然ではない。

日本の「ある種の栄光時代」というべき150年間は長州にはじまり、長州に終わったのではないか。

by hiroseto2004 | 2018-01-05 18:49 | 歴史 | Trackback
日本の現状は戦前と言うより1980年代の東独・ルーマニアっぽい

日本の現状は、ヒトラーと言うよりは東独とかルーマニアの末期っぽい感じがする。

長年の親分国家(ソ連、アメリカ)が傾いてきていること。

かつてそれなりに栄えていた経済が傾く過程にあること。
(日本の場合は、大手企業の相次ぐ不祥事にもかいま見える)。

政権与党(日本の自民党・東欧の共産党)が集団指導体制から指導者夫妻の独裁(日本・安倍、ルーマニア=チャウシェスク夫妻、東ドイツ=ホーネッカー夫妻)が強まっていること。

東欧も日本も集団思考が強く、組体操などが盛んで、自殺率が高い。

ポスト安倍は東欧のような崩壊の仕方になる可能性が高いと思う。

そして、トランプはゴルバチョフの役目を果たすのではないか、と思われる。ゴルバチョフは覇権国ソビエトを終わらせ、トランプはアメリカを終わらせるという意味で。


by hiroseto2004 | 2017-12-24 21:18 | 歴史 | Trackback
重慶大爆撃訴訟 高裁も不当判決

大日本帝国が中国の重慶に対して行った重慶大爆撃の被災者が日本政府を相手取って謝罪と損害賠償を求めた裁判の控訴審は本日判決。
残念ながら原告の控訴を棄却しました。
対中戦争についていえば、蒋介石(国民党)も周恩来(共産党)も、政府としては「勘弁」してくれたのは事実です。
本気で払っていれば天文学的な数字になる、というのが日本側の試算でもありました。
また、中国人が多くの同胞を殺されながらも日本が中国に置き去りにした見ず知らずの幼子を育ててくれたわけです。
判決は判決としても、過去の指導者から一般国民に至るまで、寛大に接してくれたことに対して、日本人はあまりにも甘えすぎたのではないか?それ(蒋介石や周恩来が勘弁してくれたこと)を当然だと思ってしまったのではないか?
その結果として戦時中にやらかしたことについて忘れてしまっているのではないか?
そして、その戦時中の反省も十分にないままに、憲法9条を変えて、「列強」と肩を並べて戦争する国にしようとしているのではないか?
行政府や立法府においては判決にとらわれることなく、(判決も、謝罪や補償を「禁じている」わけではない。)「被害者個人」への対応を早急にとるべきでしょう。

by hiroseto2004 | 2017-12-14 16:13 | 歴史 | Trackback

マニラに慰安婦像

フィリピン人の慰安婦がいたのは事実です。
多くの日本人は忘れてしまいがちだと思います。
マニラの戦いでは多くのフィリピン人が主に日本軍の犠牲になっていますしね。


 フィリピンの首都マニラにこのほど、慰安婦を象徴する女性の像が初めて設置された。歴史的な記念物の設置に関わる政府機関「フィリピン国家歴史委員会」が8日、民間の献金を受けて設置したもので、日本政府は在フィリピン日本大使館を通じて比政府に遺憾の意を伝えた。

 マニラ湾沿いに設置されたのは、フィリピンの伝統衣装を着た女性が目隠しをされた姿で立つ像。台座には「日本の占領下で虐待の被害に遭った全てのフィリピン人女性を記憶するために」とタガログ語で記されている。寄付者として同国の慰安婦支援団体と、中国・韓国系とみられる個人や団体の名が書かれている。

 像について菅義偉官房長官は12日の会見で「諸外国における慰安婦像の設置は極めて残念だ。設置の経緯を含め、フィリピン政府に事実関係を確認している」と述べた。

 在比日本大使館によると、9日の時点で比政府は慰安婦像について情報を把握していなかったという。11日の会見でフィリピンのロッケ大統領報道官は、この像について「政府は支持も否定もしない」と述べた。

 日本政府は1995年に「女性のためのアジア平和国民基金」を設立。フィリピンでは太平洋戦争中に旧日本軍慰安婦だったと証言した211人の女性に対し、首相からのおわびの手紙と償い金などが支給された。

 香港では12日、尖閣諸島(中国名・釣魚島)の領有権を主張する民間団体「保釣行動委員会」が、日本総領事館が入るビルの前にフィリピン慰安婦を象徴する1体の女性像を設置。同団体は7月、同じ場所に中国と韓国の慰安婦を象徴する2体の女性像を置いた。

 同委員会によると、中国政府が13日、旧日本軍による南京事件の追悼式典を開催するのに合わせて設置。「フィリピン国家歴史委員会」との連携はないとしているが、女性像がある米サンフランシスコの団体とは連絡を取り合っているという。(ハノイ=鈴木暁子、広州=益満雄一郎)


by hiroseto2004 | 2017-12-13 22:40 | 歴史 | Trackback

同胞を日本に虐殺されたのに、日本人の幼い子どもたちを引き受けた中国人のことを忘れてはいけない

今朝、NHK総合で山崎豊子(1924-2013)の特集をやっていました。


友人に勧められて読んだ「沈まぬ太陽」。小学校時代に映画化された「白い巨塔」。

印象に残る作品が多い人です。
その山崎の一番の力作は、「大地の子」です。
特集を拝見して改めて感じたのは、あのとき(1945年8月のソ連参戦直後)、中国人は、同胞をたくさん日本に虐殺されたのに、よく、日本人の幼い子どもたちを引き受けたものだ、ということです。


「中国人が、いつまでも第二次世界大戦の時のことを文句付けてくる」
と不愉快がる日本人は多い。

しかし、日本は、幼い日本人を大量に中国に見捨ててきたのだ。それを中国人が育ててきた。

そのことは絶対に忘れてはいけないと思う。

大口を叩く前に、自分たちの尻ぬぐいを自分たちが迷惑を掛けた人たちにさせたことは忘れてはいけない。


by hiroseto2004 | 2017-11-26 20:49 | 歴史 | Trackback
「ムカついたから白人にちょいと反抗してやろう」という大阪市長と安倍総理の危険な火遊び

 このたび、大阪市長と安倍総理がサンフランシスコ市に対して行ったこと(慰安婦像受け入れ撤回要求、大阪市長による姉妹都市提携解消)も、実は、ある意味「対米自立」に見えるかもしれない。自立と言うよりは「反抗」というべきだろう。

しかし、これは、言い方は悪いが、「ムカついたから白人(国家)にちょいと反抗してやろう」と言うことに過ぎない。

大阪市長や安倍総理が、アメリカによるアフガンやイラクなど「中東空爆しまくり」を非難しているならまだしも、そうではない。

イラク戦争を支持した小泉政権の重要人物でもあった安倍晋三総理はそのことを反省もしていないし、その安倍総理とタグを現在、組んでいるのが大阪市長である。

中東やアジアを見下す側に自分をおいた上での「白人にちょいと反抗してやろう」にすぎない。

だが、それは、第二次世界大戦で「ナチスサイドで参戦した国を悪」とする戦後秩序への挑戦と見なされる。

これは、いくら、アメリカによる中東空爆に協力したところで(これも問題だが)、アメリカが勘弁してくれる、という性質の話ではない。

結局の所、大阪市長と安倍総理の行動で、対欧米でも日本の立場はますます悪化する。

繰り返すが、日本は、ナチスの側に立って参戦した国である。そのことに反省がないと思われるようなことは慎まないといけない立場におかれている。

第二次世界大戦も、結局の所、日本自身も(朝鮮・台湾以外でも特にインドネシアには)植民地支配を続けていたし、大戦の大枠として「黄色人種を見下すナチス」と組んでしまった。そして、国連から敵国と認定されてしまったことはきちんと総括しなければならないだろう。

(追記)安倍政権については、今までも韓国から大使を帰国させるなどの行動はありました。ただ、今回はアメリカの内政に干渉したことで、カッコを付けるという側面はありますね。
「アメリカにも拳を振り上げられるんだぞ!」と。
ですので、安倍政権に対しては「対米従属」という批判だけでは不十分だと思います。
「根っからの対米従属」はある意味では、小泉純一郎さんや民進党の一部だと思います。少なくとも小泉純一郎さんや前原誠司さんと比べて安倍晋三さんが対米従属かと言えばそうではない。むしろ四方八方に喧嘩を売っているイメージですね。

by hiroseto2004 | 2017-11-24 19:00 | 歴史 | Trackback(1)

サウジアラビアの荒療治 王子の財産没収で財政再建!

サウジアラビアの王子たちが逮捕された事件の狙いが明らかに。

皇太子の権力基盤強化に加え、王子たちの5兆円とも10兆円とも言われる財産を放棄させ、国庫に納めさせて財政再建。これが狙いのようです。

もちろん、王子たちが私腹を肥やしまくっていたのは事実です。サウジアラビアとはそもそも「サウード家のアラビア」です。

俺たちの国家なんだからなにをしてもいい。王子たちはそんな意識だったのでしょう。

ただ、逮捕して、財産没収、となると、民間人の経済活動が短期的には萎縮する可能性がありますね。

やはり、家産国家(王家の私物)から近代的な租税国家への移行。これが当面のサウジアラビアの課題でしょう。

なお、サウジアラビアの場合、サウード家のメンバー=王子様が何百人も居ます。一種の豪族政治だったとも言えます。それを中央集権的なものに変えるという側面もある。
日本で言えば「大化の改新」的な部分もあるのかな、と思います。

そもそも、そんな古代のヤマト政権みたいな体制のサウジアラビアをアメリカがずっと支持してきたというのも異常ですけど。

ただし、日本も他人事ではない。形式的に民主主義であっても、一部の人たちが国家を私物化しているのではないか?このことが今年、注目されたわけですから。


by hiroseto2004 | 2017-11-21 14:22 | 歴史 | Trackback

【世界史/備忘録】東側に30年遅れでぐだぐだになる西側・・ポストモダン期の終焉

ここ1,2年で、いわゆる東側(ソ連・東欧)と対になっていた西側が、東側に遅れること30年で急速にぐだぐだになったといえる。

東側がぐだぐだになる大きな契機はずばり1986年の「チェルノブイリ原発事故」だったと思う。

そして、1989年にはゴルバチョフは東欧の「植民地」を完全に手放し、1991年には、ソ連国内の植民地も完全に手放した。

それにより、西側、特にアメリカは一時的に「一人勝ち」のような状態になった。




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by hiroseto2004 | 2017-11-11 17:08 | 歴史 | Trackback