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黒い雨 明らかになった新事実
広島の原爆投下直後に降った、いわゆる「黒い雨」。大量の放射性物質が含まれていたとされるが、黒い雨がどこに降り、人体にどのような影響を与えたのか、明らかにされてこなかった。こうしたなか、被爆者の研究を長年行ってきた放射線影響研究所は、先月、広島の原爆投下直後に黒い雨にあったとするおよそ1万2000人分のデータを一部公開した。新たに明らかになったデータからは何が分かるのか、黒い雨の実態に迫る。
【本放送】総合1月20日(金)午後7:30~7:58
<中国地方向け>
【再放送】総合1月21日(土)午前10:05~10:33
<中国地方向け>







声明:「死の商人」国家への道を開く武器輸出3原則の「緩和」に反対する
野田政権は12月27日、あたふたと国会の審議や社会的議論もないままに、一方的に「武器輸出3原則の見直し」と称して、ほぼ45年間にわたってわが国の「国是」とされてきた平和原則を放棄するに等しい決定をした。私たちは心からの憤りをもってこれに強く抗議する。
この原則はかつての侵略戦争によって外国の人びとを傷つけ、殺傷してきた歴史の反省の上に立ち、日本製の武器で他国の人びとの命を奪わないと決意したものであり、大多数の市民の支持を受けてきたものだ。今回の政府の決定は、米国をはじめとする列強や、日本の財界の要求にそって、憲法第9条のもとで我が国が一定の国際的信頼を得る根拠となってきた原則を踏みにじり、日本を「死の商人」的国家に変質させる憲法違反の措置だ。これは多くの平和を愛する市民の願いに真っ向から反するものであり、断じて許されないものだ。
武器輸出3原則は国際的及び国内の世論を反映して、1967年の佐藤内閣時代を契機にして、1976年の三木内閣時代に確立された「憲法の原則にのっとり、武器の輸出を慎む」という原則であり、中曽根内閣時代に一部例外措置が設けられたとはいえ、憲法第9条を体現する国家的原則だった。今般、野田内閣が「武器と関連技術の輸出禁止」を「包括的に」緩和する決定をした。また自衛隊が国際平和活動などの海外派遣で使用した装備品を、『人道目的』や『平和構築目的』で供与することも決めた。建設用重機などは、本来はODAなどに含まれるべきものだ。これまで『武器』として扱われてきたヘルメットや防弾チョッキなどの提供は、派遣先の国での市民の弾圧や、武力紛争に用いられる恐れがあり、『装備品』の分類には鉄砲なども含まれているため、今後その範囲が広げられていく恐れもある。これらのことは、制限のない武器輸出国家への解禁であり、「国是」の重大な転換だ。このことによって、東アジアと世界において、日本は軍事的な国際的緊張をいっそう激化させる側に立つことになる。日本製の武器が再び世界の人びとの命を奪う時代に道を開くことになるの�
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私たちはこの間、多くの市民や平和を願う全世界の人びととともに、政府、民主党や自民党などの中でのこうした動きに対し、集会やデモ、声明などによって、くり返し抗議し、行動してきた。今回の措置はこの願いに真っ向から反するものだ。
私たちは日本が歴史の教訓を忘れ、ふたたび戦争国家への道を歩むことを断じて許さない。原発震災の最中で行われた先の「原発輸出」の決定や、辺野古新基地建設のための環境影響評価書の持ち込み強行などと共に、米国に追従する無責任な政治家や金儲けだけを願う財界が、憲法第9条をはじめとする平和憲法を踏みにじることを許さない。
野田内閣に今回の武器輸出3原則の破壊の措置をただちに撤回することを要請する。
2011年12月28日
許すな!憲法改悪・市民連絡会事務局
東京都千代田区三崎町2-21-6-301
03-3221-4668 Fax03-3221-2558







高橋昭博さんのお通夜
昨日の高橋昭博さんのお通夜で配られた、奥様の史絵(本当は難しい字の絵なのですが、パソコンで出て来ません)さんの「ごあいさつ」が胸を打ちますので、ここに転載させていただきます。
「世界平和」に生涯を捧げた夫でした
平和への思いを胸に、広島平和記念資料館の館長を務めた夫でした。多感な少年期に被爆し、右手の自由を失いながらもハンディキャップを乗り越え、常に前向きに強く生きてまいりました。病に倒れる前日まで、被爆証言活動に励んでいたものです。入院中もその意欲は衰えることなく、再び活動できる日を心待ちにしていましたが、願いは叶いませんでした。
私たち夫婦は、十日後に金婚式を迎えるはずでした。「長い間、よく一緒に歩いてくれたね。ありがとう」との言葉を残し、夫 昭博は平成二十三年十一月二日、八十年の生涯をとじました。まるで夜明けを見届けるかのように、お浄土へ還った夫・・・。今はただ、夫が生涯を懸けて蒔き続けた平和の種が、ひとつでも育ってくれるようにと願っています。
生前、夫が皆様に賜りました多大なるご厚誼に、親族一同深く感謝申し上げます。在りし日を偲んで下さる時には、平和の種にそっと水を与えていただければ幸いです。本日はご会葬いただき、誠にありがとうございました。
略儀ながら書状をもちまして厚くお礼申し上げます。
平成二十三年十一月四日
(以下、ご住所お名前など略します。)
文絵さんは、お通夜の後葬儀場の控え室で点滴などをしたのですが、深夜とうとう倒れてしまわれて、救急車で緊急入院されました。心身の疲れは、もう限界でした。今日は奥様のいない葬儀になります。 合掌







« 「森瀧市郎追悼集」から② | トップページ
森瀧市郎追悼集」から③
森瀧市郎さんが、1975年の原水禁大会で「核絶対否定」の理念を明確に打ち出すに至るまでをもう少し抜粋します。森瀧さんは広島大学を定年退職した後、海外への平和行脚にも意欲を示します。
『森瀧はさらに一九七五(昭和五十)年四月、南太平洋のフィジーで開かれた「非核太平洋会議」に出席した。前年の被爆二十九周年原水禁世界大会に出席したフランスのサンフォード国会議員(ポリネシア選出)の強い招請によるものだったが、同会議への出席は森瀧にとって大きな収穫となった。
この会議は、核保有国の戦略展開地域、核実験場になっている太平洋地域を非核化することが目的で、二十二カ国から約九十人が参加。「太平洋地域の放射能汚染」「太平洋地域の核基地化と核実験反対」「太平洋非核化条約締結の国際行動の展開」の三項目をテーマに討議し、
①核兵器、核爆発装置、核運搬手段などの実験の禁止 ②核兵器の貯蔵・運搬の禁止 ③核兵器の指令または中枢的施設の禁止 ④各国政府に対し、原子力の利用をやめ、他のエネルギーに切り替えるよう要請 ⑤太平洋での原子力潜水艦、原子力船の存在に反対、放射性廃棄物の海洋投棄反対ーーを決議した。
森瀧は帰国後、会議の成果を「核の被害者になっている国々の連帯が生まれた」と報告したが、中でもオーストラリアから参加したアボリジニ(先住民)の女性の「ウラン鉱山のある地域は私たちの聖地なのに取り上げられたうえ、私たち先住民は低賃金でウラン鉱山の最も危険な場所で働かされている」との訴えは心に響いたようだ。この訴えに心を痛めた森瀧は「核はたとえ平和利用であれ、人類と共存できない」と確信。その夏の原水禁大会で「核絶対否定」の理念を明確に打ち出した。』
『森瀧はある講演で核被害者について、こう話している。
「被爆者が非常に大きな痛手を被っておるのは放射能です。放射能の影響というのは、一体どけだけの子孫にまで及ぶものであろうかはまだわからない。平安朝時代から今日ぐらいまでの間の時間をかけて研究していけば、大体結論が出るかもしれません。(中略)
アメリカのネバダで核実験をする時に、随分乱暴なことをするもので、きのこ雲が未だ立ち上がっているのに、兵隊をそこへ突入させてみる。そういう兵隊さんたちは皆、核被害者です。ネバダの風下にも、たくさんの(住民の)核被害者があります。それはアメリカだけでけなく、イギリスもそうです。イギリスの軍人が被ばくして非常に重大な病気が出ておる。
それから、原子力発電があちこちにできるようになりますと、ウランを掘り出す、精製して核燃料を作る、それを燃やして原子力発電をする、あるいはその燃えかすを再処理する、どの段階を取ってみても、被ばく者が出ます。なんらかの放射能を必ずかぶらざるを得ない運命にあるのです。そうならないためには『ウランを掘り出すな』ということです。この核の時代を代表する一番の知恵を我々に教えてくれたのは、一番遅れているはずだったオーストラリアやアメリカの原住民の人たちです。我々はあの人たちの、声にもならんような叫びを、本当に聞かなければなりません。核絶対否定によって、核なき未来を求めるときに、我々は世界の核被害者と手を結ばなければなりません・・・。」』
森瀧さんは,どんな人の声にも謙虚に耳を傾けて下さる方でした。学生時代、私たちがひっそりと平和公園で座り込みをしていたとき、あの森瀧先生が激励に来て下さって、本当にびっくりして、涙が出るほど感激しました。この本を読んでいて、あの時のうれしかったことが昨日のように思い出されます。
あまり読んでくださる方はないかも知れないと思いながら、それでも今こそこの森瀧さんの声をもう一度検証する必要があると思って。後一回だけと言っておきながら、今度は伊方原発訴訟についての森瀧さんの記述がありますので、それも紹介しようと思います。今回の8.6.平和の夕べで小林先生が話して下さったことと、見事に一致するのです。






「森瀧市郎追悼集」から②
森瀧市郎さんが「被爆三〇周年原水爆禁止世界大会・国際会議で日本代表として行った基調演説」です。
『海外からはるばる参加された外国代表のみなさん!
日本各地からご出席の皆さん!
被爆三〇周年を記念する本会議に参加下さったことに対して、心から感謝の意を表明させていただきたいと思います。
さて、今年はヒロシマ、ナガサキに原爆が投下されてから三〇年目に当たります。言いかえますと、人類は三〇年間の長きにわたってこの悪魔のような核兵器を廃棄できずにきてしまったということであります。それは永い人類史上において最もおろかな時代だったといえるかも知れません。』(原発についての演説を紹介するために、少しここから省略します。この格調高き演説の全文を読んでいただきたいのは山々ですが・・・)
『人類が核兵器を廃棄できずにいる今日の時代は、まさに"狂気の時代"であるということです。少なくとも、ヒロシマ、ナガサキのあの生地獄をくぐり抜けてきた一人の証人として、現在の世界を透視してみますとそういう以外はありません。私たちのあの気違いじみた核兵器を地上より全廃して、「力の政治」に依拠するような政治を改め、民衆が平和に行き通せる国際秩序をつくりださなくてはならないと思います。
しかし、現実には核兵器のもたらす危機は楽観を許しません。そればかりか、核拡散の機運は昨年以降急速に発展して参りました。いまや、一歩誤れば核の無政府的な拡散すら危惧されます。核の世界的拡散は核威嚇政策の乱用を誘引するでしょうし、局地紛争における核使用の現実性をますことでしょう。
事実、アメリカ国防省は、朝鮮半島での核使用を言明しています。"狂気"はいまや一段とエスカレートする危険をましています。
私たちのこうした危惧がつのる一方で、多方面からも核の危険がつのってきております。それは核エネルギーの「平和利用」という名の下に進められている原発であります。
核エネルギーの推進者たちは、石油危機を逆手にとって、次代のエネルギーは核以外はないというキャンペーンをくり返しております。しかしながら、世界各地につくられつつある原発はそのことごとくが、安全の保障しえないものであり、その欠陥を露呈し、トラブルを起こしております。こうして放射能による環境汚染問題は人類の等しく批判しなければならないものとなりつつあります。原発から出る放射性廃棄物はいかなる処理の方法もないのですから、核分裂エネルギーの利用を進めれば、いずれこの有限な地球という惑星全体の放射能汚染へと発展せざるをえません。原発の稼動によって生じる半減期二万四千年のプルトニウムは人類社会に耐えかねない重圧をもたらすことも必然です。
核エネルギーの平和利用もまた人類を危機に陥れることは間違いありません。その上、核の平和利用は同時に軍事利用に容易に転用できることも自明であります。
私は以上の概観の上にたって、この核の時代三〇年を総括して"核分裂エネルギーを利用する限り人類は未来を失うだろう"というテーゼを提起したいと思います。
と申しますことは、人類は核と共存することはできない故に、核分裂利用のすべてを否定する核絶対否定の理念をいよいよ高く掲げ、人類の生きのびる道を切り開いて行かなくてはならないということであります。』(以下略します。)
この演説は36年前のものなのです。この基調講演を受けて、以来、翌76年から原水禁世界大会では「原発」の分科会が絶えることなく続けられています。さらに、森瀧さんの活動は「世界の核被害者の連帯」へとつながっていきます。ウラン鉱採掘に従事したヒバクシャ、核実験によるヒバクシャ、原発によるヒバクシャとの交流を通して、1985年の原爆忌にヒロシマで開かれた「国際ヒバクシャ・フォーラム」へ、そして二年後のニューヨークでの「核被害者世界大会」へと続きます。その間の年に世界を震撼させたチェルノブイリの原発事故が起こったのです。
後もう一回だけ森瀧さんの追悼集から引用をしますね。





