エコでフェアでピースな世界をヒロシマから国政へ!成長戦略から成熟戦略。誰もが置きざりにされない社会を。核兵器も原発もない世界を。役人からヘルパーへ。庶民増税より格差是正。ヒロシマの心活かす市民発・政界再編。


by hiroseto2004

カテゴリ:新自由主義批判( 59 )

橋本龍太郎(故人)は、間違いなく、ネオリベないし新自由主義を大きく進めたという「罪」(財界からすれば「功績」)が大きい政治家の1人だろう。

1987年、橋本が運輸大臣として行った国鉄分割民営化は間違いなく労組潰してある。そして、1990年代半ばには、自民党内の新自由主義者・小泉純一郎さんや、新進党党首・小沢一郎さん(当時は、海外派兵&新自由主義のチャンピオンだったが、民主党入党時に旧社会党Gと連携し、社民主義寄り・護憲寄りに転向した。)に煽られる形で、ネオリベ政策を進めていった。

しかし、そのネオリベ政策は、金融恐慌を招き、橋本は98年の参院選で大惨敗し、退陣した。

だが、当時の世論は「政権運営に失敗した橋本にお灸」という感じであって、「新自由主義に反対」という感じではなかった。日本共産党、民主党は躍進したが、ネオリベ法案に新社会党と並んで断固反対し続けた日本共産党はともかく、民主党は、むしろ「田舎のしがらみ」がある自民党よりもネオリベな人も少なくないくらいだった。

どちらかというと、民主党も自民党的なしがらみのなさを重視する層を取り込む戦略だった。日本共産党も、「ネオリベ」と名指しで批判しだしたのは小泉政権以降ではないのか?(日本共産党員の方で詳しい方、間違っていたら指摘して頂きたい。もちろん、日本共産党が矢田部理委員長率いる新社会党と並んで橋本の新自由主義的な法案に反対してきたことは高く評価している。)

やはり、生活の要求をガツンと打ち出す運動がようやく巻き返し始めたのは2000年代後半だと思う。その一つは、団塊ジュニア(就職氷河期世代)を中心とする独立系労働運動であったことは確かだと思う。わたしもその運動には広島では中心的に関わった。

ただ、正直、当時は、いわゆるリベラル派内部でも、当時、「生きづらさ」を訴える「我々」若者(今は、中高年にさしかかっているが)に対する視線は極めて厳しかった。

それでも、民主党が「国民の生活が第一」を掲げた結果、若者でも相当民主党に投票した人は多かった。ただし、すぐ期待は裏切られた。

だが、民主党がふらついたのは、「生活の要求に基づいた大衆運動」に支えられていなかったと言うことも大きいと思う。その結果として、様々なマスコミや官僚の攻撃に耐えきれなかったのである。

そうした中で、絶望した我々世代の中には「公務員に天誅!」「団塊世代に天誅!」的なノリで「大阪維新」などに期待してしまう人間も少なくなかった。

また、2011年以降は、反原発運動にいわゆるリベラル派の力点が置かれたこともあり、労働や医療、介護などの面での深刻さは、日本共産党系以外では、後回しにされた観はある。
共産党においてさえ、野党共闘の強調は良いが、せっかく同党が取り組んできた介護や医療、労働問題などでの多くの「実績」(特に都道府県や市町村レベルでは大きい)と結びついた打ち出しが弱かった印象はある。

正直、現時点で、新自由主義に対抗するには、個々人が、自分たちの生活上の要求をガツンと打ち出すことだろうと思う。そこが、まだまだ決定的に不足しているし、それを恥とする文化が根強いが改める必要がある。

「身近な誰某に天誅!」より、まず「自分はこれこれこういうことで困っている」ということだ。「身近な誰某に天誅!」を加えることありきでは、自分の問題は解決しないからだ。


by hiroseto2004 | 2017-11-10 21:56 | 新自由主義批判 | Trackback
小泉の親父さんもひどかったが坊ちゃんももっとひどいな

小泉の親父さんもひどかったが坊ちゃんもひどいでな。
何が、年金は75歳以上だ?!

だいたい、社会保障を削ったら、それに備えて人々は余計な貯金をするしかなくなる。そうすると、消費が伸び悩み、余計に経済が縮小する。そして税収が落ち込む。そういう無限ループに陥るだけだろうに。

世界でも日本でもカネはあるところにはある。
きちんと回るようにするのが政治家の仕事だろう。

by hiroseto2004 | 2017-07-21 11:45 | 新自由主義批判 | Trackback
「既得権打倒」で大都市部サラリーマンを取り込み、総仕上げはサラリーマンをぶっ潰す新自由主義

竹信三恵子教授の「正社員消滅」という本が波紋を呼んでいます。

新自由主義というのは、そもそもは、大都市のサラリーマン層をうまく取り込んで主流化したといえます。

自民党はそもそもは、大手企業と行政権力を中枢としつつも、自営業者や田舎の医者や農民も取り込んで幅広い支持を得ていました。

新自由主義者は、自民党内の反主流派ないし保守系の新党のイデオロギーとして登場した。

国鉄はけしからん。規制に守られた農民や中小商業者はけしからん。医者はけしからん。こういうことを叫んで、大都市部のサラリーマン層(大手企業正社員、正規公務員層)にウケた。

主に、日本社会党からサラリーマン層を引きはがしたのです。労働組合員も国鉄のストに辟易した国鉄以外の労組所属のサラリーマンと国鉄労組で分断されていった。

そして、1990年代には、医者や農民、中小企業をぶったたくことで、生活者のための政治になるという幻想がかなり広がったのです。これを「旧・新自由主義」とわたしは呼んでいます。

この時期を代表する政治家は、国鉄分割民営化時の運輸大臣であり、総理在任中は「構造改革」を進めた橋本龍太郎でしょう。

しかし、1990年代中ごろには、すでに、新自由主義を進める中核である日経連(現、日本経団連)は「新時代の日本的経営」により、正社員比率を引き下げ、非正規社員比率を上げていくことを狙っていた。

「国鉄、田舎、医者、農民、中小企業」が打倒された後は、「サラリーマン」が標的になっていた。

1990年代末頃からは、まず、氷河期に乗じて正社員採用を減らし、非正規に置き換えていくという手口からスタートした。小渕恵三内閣時代の1999年、小泉純一郎内閣時代の2003年と相次いだ労働法制の改悪である。

現役の大手企業・公務分野のサラリーマンの組織である連合も「調整弁」として非正規を拡大することにはこの時期は同意してしまった。

だが、それは、00年代後半に大きな禍根を残すことになった。

格差は拡大し、2008年のいわゆるリーマンショックで、「職を失えば家を失う」という状況が生まれ、衝撃を人々に与えました。こうしたことも背景に2009年には「国民の生活が第一」を掲げた民主党が政権を奪取したのです。

他方、このころから、今度は公務員や正社員を攻撃して、非正社員が比較的多い団塊ジュニア・ポスト団塊ジュニアあたりにバカ受けする政治家や評論家が目立ち始めた。橋下徹さんがその典型例である。このタイプの新自由主義は「新・新自由主義」ともいえる。これに対して、多くの正社員や公務員は「自己責任論」で非正規労働者を切り捨てる傾向がありました。

比較的年配世代の正社員・公務員およびそのOBの「旧・新自由主義」と団塊ジュニア・ポスト団塊ジュニアの「新・新自由主義」、そして、当時の民主党を持ち上げた「格差是正」の流れがせめぎあった。結局のところ、新・新自由主義が、反自民票を割る形になって自民党を利してしまい、2012年の安倍政権復活となります。

そして、このころになると、正社員や正規公務員自体も少数派に追い込まれ、「お前正社員だから何でもしろ」と「無茶ぶり」をされるための「正社員」になっていたのです。

年配世代からは、「しんどいのは自己責任」と言われ、同世代の非正規や中小企業労働者からはねたまれる。

もちろん、集団としての正社員・正規公務員が、田舎や医者や農民や中小企業者をねたんで叩き落し、非正規労働者をさげすみ、「自己責任」と切り捨て、自ら(旧)新自由主義を担ってきたたことへの因果応報として「正社員消滅」がある、と言ってしまえばそれまでです。

だが、本当におかしいのは、そうやって、切り捨てることで儲けてきた集団が、違法とは言えないがせこい手法で外国に財産を飛ばすなどして税金を逃れてきたことである。

さらには、国内労働者の切り捨てで国内市場が冷え込み、その代替を外国原発企業に求め、大失敗した東芝のような例も出てきています。

「大手企業正社員・正規公務員ざまあみろ」論は、労働組合「連合」や民進党のふがいなさとも結びついて、いわゆる市民派や野党支持層の中でも結構あるし、そういう考えになるのもわからないではない。

だが、そんなことを言っていても問題は解決はしないのです。

ひとつは、社会保障が所属企業に左右される企業主義だったことが、上記のような分断を招いたとも言えます。民主党が政権時代に志向した「国民の生活が第一」は、それを是正する狙いがあったのです。それは悪くなかったし、今度野党が政権を取ったときはきちんとその方向でやり遂げるべきだ。

今までの腹立ちはさておき、「個人の尊厳」を守る経済政策が求められます。


by hiroseto2004 | 2017-06-08 16:04 | 新自由主義批判 | Trackback
「橋龍惨敗」を「新自由主義惨敗」にできなかった痛恨
(敬称略)

1998年参院選で自民党は惨敗し、橋本龍太郎は「政治家として心にあるものはある」との言葉を残して退陣した。

橋龍はなぜ、惨敗したか?

それは、
「走れ、走れ龍太郎、小沢小泉かき分けて
 走れ、走れ龍太郎、追いつけ追い越せ引っこ抜け」
とばかりに、野党第一党党首だった小沢一郎※や、総裁選の対抗馬だった小泉純一郎と新自由主義を競い合ったからである。
1997年は凄まじい消費税増税や、規制緩和が行われ、デフレ圧力がかつてなく高まった。
日本共産党と新社会党以外、橋本の新自由主義に反対する者はいなかった。
極めてファッショ的な状況の中で橋龍は「火の玉になる」とばかりに構造改革に突き進んだ。

その結果は、拓銀破たん、山一破たんという日本発の金融恐慌であり、1998年の自殺者3万人突破である。

橋龍の恒久減税への対応がぶれたこともあり、橋龍への国民の怒りは爆発。自民党はわずか45議席にとどまり、惨敗した。橋龍の脂汗がにじんだ顔は忘れられない。

しかし、この参院選は結局のところ、当時は「新自由主義の敗北」という受け止められ方はしなかった。

日本共産党はともかくとして、共産党と同時に議席を伸ばした民主党や自由党に至っては、所属議員の多くが、経済政策でも外交・安保でも自民党の本流よりもむしろタカ派だったりするケースも多かった。それでも、「結果を出せなかった」ことへの「お灸」として、民主党や自由党に投票した人も多かった。

これでは、「お灸」という認識はあっても、それが新自由主義に待ったをかけるまでにはいかなかったのも当たり前である。

おかげで、その後も、新自由主義は繰り返された。小泉純一郎、橋下徹などなど。

その原因の一つは、1998年の参院選で橋龍が惨敗しながら、橋龍が進めた「新自由主義の敗北」という受け止め方がされなかったことにあるのではないか?

そのように思っています。

(ちなみに、橋龍のあだ名は「ポマード」でしたが、実際には水溶性の整髪剤だったそうです。)

※小沢一郎さんは今でこそ、護憲派寄り・社民主義寄りの政治家の代表格の一人ですが、1990年代までは新自由主義、海外派兵、原発推進のチャンピオンでした。


by hiroseto2004 | 2017-04-24 17:30 | 新自由主義批判 | Trackback
「自己責任」論が根強い日本の役人

今村復興大臣は、謝罪はしましたが、「自己責任」発言は撤回していません。
ちなみに彼は国鉄ご出身の方です。
絵に描いたような官僚出身議員。どこにでもいるタイプです。
東大法学部または経済学部→官僚→首長か国会議員。
しかし、そもそも、自己責任論が貫徹するのであれば役人なんぞいらないのです。
ところが、何を勘違いしたのか、日本の役人には自己責任論者が多い。
最近では、自治体職員でも、京大とか早慶レベルの大学卒業者も多いのですが、やはり自己責任論が強い感じがします。
要は
「国民、市民のために働く」
ために、安定した待遇が保証されるということを忘れ、
「俺は頑張って勉強して難しい大学に入り、役人になったのだから、この待遇は当然。他のヤツは勉強をサボっていたのだから自己責任!」
という考えにどっぷりつかっているのでしょう。
これは、総務省に限らず、厚労省あたりでもそうでしょう。
だからこそ、自分はのうのうと天下りで甘い汁を吸いつつ、あんな国民にサービスカット、負担増を一方的に押しつける「改革」なんぞが出来るわけです。

日本の役人(正規公務員)の多くが自己責任論に汚染される中で、それへの反発として、「自治労打倒!」の橋下徹さんらが登場。バカ受けするという倒錯した状況がある。



More
by hiroseto2004 | 2017-04-06 23:44 | 新自由主義批判 | Trackback
戦争のための国営化→我田引鉄(荒舩)→分割民営化・新自由主義(橋本・小泉)→人権・環境の観点からの公共交通政策へ

日本の鉄道は、山陽本線も含め大昔はほとんど民営でした。しかし、1906年公布の鉄道国有化法により買収していきました。背景には、軍事的な必要性がありました。私鉄では外資に買収された際、軍事輸送を拒否されかねない恐れがあったためです。

その後も、第二次世界大戦直前に可部線(1936年)など、私鉄だったものを国が買収していきました。

 第二次世界大戦後は、いわゆる「開発独裁」の交通政策と言えるでしょう。インフラを整備すれば、企業が進出し、地域が発展するというモデルが主流でした。こうした中で、「我田引水」ならぬ「我田引鉄」という言葉に代表されるような実態もありました。深谷駅を急行停車駅にして、批判され、辞任した荒舩運輸大臣のような事件も起きました。

 時代は変わって1980年代。時代は新自由主義の時代となりました。
 自民党政権は、労働組合の弱体化のために国鉄の分割民営化を強行しました。
(※他方で、戦争のあり方も国対国の総力戦から、内戦やテロなどに変わってきたということもあり、軍事上、国鉄を維持する必要はなくなったという見方もできます。)

 1987年に国鉄分割民営化を行った運輸大臣は橋本龍太郎でしたが、これにより、左派が弱体化したおかげで、1990年代に橋本が総理になった際、日本共産党と新社会党以外に抵抗するものがない状態で、怒涛のように新自由主義的な立法を強行することができました。

 ただ、このころは、まだ、のちに高齢社会化が進み、交通手段の確保が問題となるということはあまり意識されていなかったのです。

 さらに21世紀に入り、小泉純一郎政権が、規制緩和を行い、交通事業者に撤退の自由を認めました。これにより、JRでもバスでも撤退が相次ぎました。この時代(2003年)に可部線の可部以北が廃止されました。

 しかし、今や、高齢社会化が進んでいます。高齢者の交通事故が問題とされ、免許の返納も奨励されていますが、代替となる交通手段がなければ、生活が困るだけです。
 また、若い人でも、貧困化からクルマを持ていない人も増えています。
 他方で、2013年以降は、日本の相対的な没落とそれに伴う円安傾向で外国人観光客も増加。観光地としての交通手段の確保も課題になっています。
 
 そうした中、「人権」(移動の権利)の観点、また、環境(エネルギー消費量の抑制)の観点から交通政策を考えることが重要になっています。

 本当のことを言うと、1980年代末のタイミングで「荒舩運輸大臣」に象徴される「開発独裁」時代の交通政策から、「人権」「環境」の観点からの交通政策に移行すべきでした。
ところが、現実には、日本は橋本龍太郎・小泉純一郎に象徴される「新自由主義一辺倒」(有力な社民主義の対抗馬も存在しない)の時代に突入してしまったのです。日本はこの時点で周回遅れとなってしまったのです。

 ある意味、1987年から今日に至るまでの30年間は「失われた30年」と言えなくもありません。その失われた30年を出発点として、人権の観点からの公共交通を構築していかなければならないのです。
 2017年、それでも、初めて、可部線の可部~あき亀山が開業。廃止されたJR路線の復活の第一号となりました。そのことを新時代への「出発点」としなければならないと思います。
e0094315_13191358.jpg
e0094315_13173738.jpg





by hiroseto2004 | 2017-04-02 20:37 | 新自由主義批判 | Trackback
2年前の記事ですが、今、再び、必読の記事です。
本当に、水道民営化はメリットがあるのか?
世界各地で行われましたが、その後、弊害が続発し、再公営化した例が相次いでいます。


大阪市が水道事業の民営化を決定、そのタイムテーブルを明らかにした。自治体全域の水道事業運営民営化は全国初のことで、「’15年度中にも民営化する」という。現在の案では、大阪市が100%出資する民間企業へ2300億円以上で売却。民営化による事業効率化で、「現在1か月950円の基本料金から100円の値下げを実現する」としている。



More
by hiroseto2004 | 2016-11-05 23:55 | 新自由主義批判 | Trackback

JR北海道はそもそも、株式を上場できていません。今でも、「事実上の国営企業」なのです。民間でやっていくこと自体が無理なのです。そうであるならば、正々堂々、国営に戻すことや、上下分離方式(施設は国有)も含めて、議論すべきではないでしょうか?大水害からの復旧についても、国が責任を持ってやらないと、12月まで列車が再開しないというアホな状況が続きますよ。



JR北海道 来年3月に10の無人駅を廃止へ

10月4日 5時01分

抜本的な経営の合理化を迫られているJR北海道が、来年3月のダイヤ改正に合わせて利用客が少ない10の無人駅を廃止する方針を固めたことが分かりました。

JR北海道は、人口減少に伴う利用客の減少などを背景に昨年度の営業赤字が440億円に上っているほか、一連の台風による被害も膨らみ、厳しい経営状況になっています。

こうした中、関係者によりますと、JR北海道は来年3月のダイヤ改正に合わせて千歳線の美々駅や、根室線の上厚内駅など、4つの路線の10の駅を廃止する方針を固めました。
これらはいずれも無人駅で、大半が1日の平均利用客が1人以下と利用が少なく、抜本的な経営合理化を進める中で廃止はやむをえないと判断し、地元の自治体にも意向を伝えました。

また、ほかにも宗谷線の8つの無人駅の廃止を検討していますが、観光振興などを理由に自治体が維持費を負担して駅を残したいという意向を示しているところがあり、協議が続く見込みです。

JR北海道は、無人駅の廃止のほか、単独では維持が難しい路線を秋にも公表し、バスへの転換なども含めて今後の在り方を自治体と協議していく方針です。

(4路線10駅=千歳線の美々駅、函館線の東山駅、姫川駅、桂川駅、北豊津駅、蕨岱駅、根室線の島ノ下駅、稲士別駅、上厚内駅、釧網線の五十石駅)


by hiroseto2004 | 2016-10-04 06:37 | 新自由主義批判 | Trackback
広島ブログ
【参入規制を緩和したなら事後チェックを強化すべきだったーースキーバス事故】

スキーバスの事故は、ツアー会社が国の基準価格を大きく下回る価格で発注していた(基準価格二十六万四千円、発注価格十九万円)ことや、バス会社が本来行うべき出庫前の「点呼」さえ行っていないなどの杜撰な実態が明らかになりました。



More
by hiroseto2004 | 2016-01-18 21:51 | 新自由主義批判 | Trackback
広島ブログ

【談話】民・維両党は「公務員人件費2割削減」ありきではなく「格差是正」追求を

2016年(核時代71年)1月15日
さとう(左党、THE LEFT PARTY)代表幹事 さとうしゅういち

民主党と維新の党はいわゆる「給与関係5法案」の取り扱いについて1月13日、合意しました。
https://www.dpj.or.jp/…/%E7%B5%A6%E4%B8%8E%E9%96%A2%E4%BF%8…

それによると、
・労働基本権の確立を前提に、人事院勧告制度の廃止と国家公務員人件費2割削減を目標とした法案を提出すること。
・天下り禁止・倫理規範の厳格化を含む公務員の働き方改革ビジョンの作成。
・企業団体献金全面禁止と個人献金の推進を進める法案。
・文書通信交通滞在費の全面公開
などで両党が合意しました。

 企業団体献金全面禁止や政治を巡る金の流れの透明化はこれまでも左党としても掲げてきたことであり、これを歓迎します。




More
by hiroseto2004 | 2016-01-16 07:38 | 新自由主義批判 | Trackback