エコでフェアでピースな世界をヒロシマから国政へ!成長戦略から成熟戦略。誰もが置きざりにされない社会を。核兵器も原発もない世界を。役人からヘルパーへ。庶民増税より格差是正。ヒロシマの心活かす市民発・政界再編。


by hiroseto2004

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「増税なき財政再建」。

1981年に始まったいわゆる土光臨調行革路線の時代、このようなスローガンが呼号されました。

中曽根総理のとき、これが最高潮に達しました。そして、その実務を取り仕切っていたのが運輸大臣なども歴任し、1990年代後半に総理として行革路線・緊縮財政を突き進んだ・故橋本龍太郎さんでした。


この路線では、基本的には、民営化を進め、福祉を抑制し、サービスはカットする路線でした。本来、安定成長に入ったこのころから、企業内福祉は限界だったので、国全体による福祉に切り替えるべきでしたが、それを怠りました。

国の支出は抑制する一方、大手企業は優遇しました。それをもって大手企業を活性化し、税収を伸ばそうとしたのです。

国の直轄事業は減らすが、そのかわり、地方が借金をして事業を行うことを奨励しはじめました。

 1980年代には、この路線が結局バブル経済を招いたことはみなさんもご記憶だと思います。

大手企業にはお金がたまったが、国内の経済成長率はそんなに高くありませんでした。そんな中で当時はまだ金融もグローバル化していませんでしたから、国内の土地や株に投機資金は流れました。

 その後、バブルが崩壊し、日本は長期の不況に入りました。せっかくそこから脱しつつあるとき、橋本龍太郎さんが消費税増税を強行し、またまた景気を後退させたのです。

 小渕総理による景気対策を経て、2000年に森総理が政権につくと、小泉・安倍・福田と清和会が主流派閥になります。

 清和会のうち中川秀直さんが経済政策を握るようになります。彼も中曽根さんと似ていた。すなわち、増税はしないで歳出を抑制する。大手企業への租税減免などの優遇策をとり、もって、景気を浮揚させ、財政を再建する、という路線でした。

 結局、庶民はこまごまとした増税に悩まされる一方、大手企業は優遇された。しかし、結局景気が回復しても、庶民の懐は暖かくなるどころか、格差が拡大した。

 そして、国内で大手企業やお金持ちが溜め込んだお金は、中曽根時代よりも海外へより多く流れた。それにより、海外でのバブルが起きた。

一方で国内では貧困が蔓延した。はっきりいってしまえば、非正規労働者の身分を「奴隷」に固定化したのです。

 今回の内閣改造では、中川秀直さんに近い路線の人はいなくなりました。そういう意味では「中曽根路線の終焉」ともいえます。

 中川秀直さんらは、性懲りもなく今度は海外から移民を1000万人受け入れるなどとぶち上げている。しかし、中川さんの路線で移民を受け入れれば、彼らは大事にされない。そう、日本人の非常勤や派遣労働者と同じ「奴隷」として受け入れられるのです。日本人が低賃金で子どもが作れなくなり奴隷が減ったから、外国人で埋め合わせてやろう。

 これが、「中曽根-中川(秀)路線」の結末なのです。

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by hiroseto2004 | 2008-08-03 12:14 | 経済・財政・金融 | Trackback(1)