エコでフェアでピースな世界をヒロシマから国政へ!成長戦略から成熟戦略。誰もが置きざりにされない社会を。核兵器も原発もない世界を。役人からヘルパーへ。庶民増税より格差是正。ヒロシマの心活かす市民発・政界再編。


by hiroseto2004
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【思想・哲学】90代の方に教わる「近代合理主義・立憲主義」のありがたみ

介護職員としての仕事柄、当然だが、90代の方と話すことが多い。
話し相手の世代別トップは90代だろう。
特に女性の方は
「今は、昔に比べるとええのう。昔は女が先に風呂に入ったら怒られとったがここはそうじゃないからね。」
「今は、昔に比べるとええのう。機械のおかげで洗濯も掃除も楽じゃのう。おむつも昔は洗っていたのが使い捨てに成ってええのう。」
とおっしゃる。
90代だと戦時中もよくごぞんじである。
上記のような、皆さんのお話をうかがうと、立憲主義に基づき、(例え他の先進国に比べて不十分とはいえども)女性の人権も確立したこと。近代合理主義に基づく科学の進歩により、女性の家事負担もそうはいっても軽減されたことが分かる。
わたしが思うには、近代合理主義が原発を生んだのも事実だし、近代合理主義のチャンピオン・アメリカが戦後もずっと空爆しまくりだったのも事実である。しかし、では、合理主義や立憲主義を含む「近代」を否定してしまったら日本に何が残るのか?

現代日本では「左」(反体制)の一部は反原発の勢い余って安倍昭恵さんのような近代合理主義を否定するような人間を祭り上げてしまった。

「右」(体制側)の一部もまた焼きが回って、昭恵さんの夫の晋三さんのような「立憲主義否定」に突き進んでしまった。

そういえば、戦時中、ちょうど75年前の日本は「近代の超克!」などと叫んでみたものの、自滅してしまった。歴史とは繰り返すものなのだろうかと思う。

正直、今の日本人に近代合理性・近代立憲主義を超えるものは生み出せそうもないと思う。「乗り越えた!」と思い込んでも、それは単なる崩壊か退行に過ぎないと思う。

まず日本の現状に於いては、時代状況に合わせた「近代合理主義」、あるいは、立憲主義に基づく方向性をきちんと打ち出していくしかないとおもう。
お年寄りのお話を伺ってそう思うのである。


by hiroseto2004 | 2017-07-05 20:10 | 思想・哲学 | Trackback
安倍総理とそのお友だちが立憲主義を無視してやりたい放題という「安倍ジャパン」というべき日本の状態。

とはいえ、官僚やマスコミ、さらには石破茂さんら自民党議員の一部も、最近の加計疑獄などの状況を読んでか、安倍総理の独走に背を向け始め、ようやく陰りが見えてきました。

しかし、安倍ジャパンが終わったら「小池ジャパン」になっただけ、では目も当てられません。

報道されているように、小池百合子東京都知事は、都議選において、自らの意のままに動く都議で過半数を確保することを狙っておられます。

これがそもそもおかしい。地方自治は首長と議会の二元代表制です。どちらかがどちらかを支配する構図があるとすれば、おかしいのです。安倍総理の加計学園獣医学部は、今治市の地方自治を蹂躙しましたが、小池知事もまた、日本国憲法に規定された地方自治の本旨を踏みにじろうとしています。

このたび、小池知事は自民を離党するというカードを切りました。

加計疑獄でじりじりと増大している自民党への潜在的なアンチ票を取り込む算段でしょう。

しかし、そのねらいは野党の右派的再編であり、「新・新進党」そのものです。
「立憲主義」を軸とする今の野党連合を切り崩すものです。

すなわち、1990年代に存在し、小池百合子さんも所属した、大都市インテリ+公明党+連合(実際には大都市インテリとかなり重なるが)を基盤とする政党です。

ところで、公明党と大都市のインテリを取り込む小池知事は、戦前の立憲民政党(永井柳太郎)に近いともいえます。

永井柳太郎は親軍的(タカ派)だが、教育などの都市向けの社会政策はそこそこやる、という面で小池知事に近いでしょう。

他方、旧型産業や地方のお金持ちを基盤とする安倍自民党は、立憲政友会に近いでしょう。

民政党と政友会、どちらにしても、立憲主義に反するやりかたで、お互いを批判するという不毛な状況がありました。お互い、与党の時は警察を利用して野党を弾圧しました。

また、お互い、天皇大権や統帥権干犯を盾に攻撃しあい政党総体として自分達の首を絞めたのです。

政友会の田中義一が締結した不戦条約においては、民政党が「人民の名において」という一文を「天皇大権」に反すると批判。
民政党のロンドン軍縮条約に対しては、今度は政友会が「統帥権干犯」と批判したのです。

それが戦前の二大政党制の問題点でした。

現代においても官僚のような既存エリートに失望する勢い余って、安倍ジャパンのような立憲主義に反する政治家を持ち上げたり、安倍総理の腐敗への怒りの勢い余って小池百合子さんに期待したりする傾向があります。

だが、本当はそのどちらも誤りである。

「市民は、権力が憲法に基づき仕事をするよう監視する。」

その事を基本にしなければならないのです。


by hiroseto2004 | 2017-06-08 00:55 | 安倍ジャパン | Trackback

ポスト安倍ジャパンの課題

ポスト安倍ジャパンの課題は大きく分けて三つである。

1,権力にブレーキを!
安倍総理一族郎党による国政私物化。加計学園、山口敬之被疑者の準強姦握りつぶし。原発輸出まくりも結局は総理のお友達企業への便宜である。これらの反省を活かし、「権力は腐敗する」ことを前提に「権力の暴走を止める仕組み」を再構築することは、緊急課題である。現に暴走してしまったのだからそのことを踏まえて検討しなければならない。

2,まず、庶民の暮らしを再建。
小泉政権では、グローバル企業、安倍政権では主に総理のお仲間ばかりを優遇。いつもおきざりにされてきたのが庶民の暮らしである。
基本的には、セーフティネットは自民党時代の企業主義から、個人の教育や福祉を直接支える個人主義への方向転換である。日本の場合は時代状況の変化に制度が追いついていなかったのが、生活苦の背景にある。民主党政権がしようとしてできなかったことでもある。
教育、医療、福祉はもちろんのこと、住宅、交通(移動の権利)、被災者支援。このあたりが焦点である。

3,平和憲法の趣旨は暴力の連鎖を絶つ外交
憲法9条とはただ戦争をしない、軍隊を持たないというだけではない。先の大戦への「反省」であり、暴力の連鎖を防ぐために、外交を絶対に諦めないという「決意」である。現代においては、暴力の連鎖は戦争とともにテロである。戦争こそが新たなテロを招くことは明らかである。憲法の条文をいじることは、その「反省」「決意」を後退させることになる。テロの確率を下げるためにも、海外での武力行使は絶対にしない。


by hiroseto2004 | 2017-06-03 23:03 | 安倍ジャパン | Trackback
「近代合理主義・立憲主義を乗り越えた」という思い上がりの果てに・・ポストモダン・ジャパンが落ちた「安倍夫妻」という罠(わな)

「近代合理主義」とか「近代立憲主義」に代替して、他の先進国(たとえば北欧あたりの先進国)はともかく、「日本」で機能するシステムなり哲学なりは、残念ながら現時点では存在しない。

「近代」を乗り越えた、と思っても、実はそれは思い上がりに過ぎず、実際には、前近代への壮絶な逆噴射を招くだけであった。

3.11以降、安倍夫妻による事実上の独裁政治となっている現状に至るまでの日本を観察すると、そのように感じざるを得ないのである。

特に、総理としての実務上、そうはいっても国内外に浸透している「近代」と向き合わざるを得ない夫の晋三よりも、妻の昭恵にこそ、日本の哲学的問題点を強く感じる。ある意味、安倍昭恵こそ、2017年の日本の「哲学的ラスボス」と言っても良いと思う。

安倍昭恵は、家庭内野党と称して、脱原発を唱える一方で、夫の晋三顔負けの極右イデオロギー称揚をしていたことについては、改めて詳しく繰り返す必要もあるまい。
しかし、単純明快に考えると、安倍昭恵の思考回路とは、「近代、特に、後期近代(戦後)の否定」であり「前期近代(明治憲法的立憲主義)」すら乗り越えて時代を逆戻りさせるものである。

ここでは以下のように定義する。

前期近代は日本に於いては、伊藤博文とか、西園寺公望、牧野伸顕あたりの穏健な欧州志向の立憲主義に代表されよう。
この前期近代が、2.26事件で青年将校の「天誅」で打倒され、その隙を突いて東條英機ら統制派が権力を掌握し、前期近代を終了させ、日本を一度崩壊させた。後期近代はいわゆる戦後民主主義とセットであると定義したい。

安倍昭恵に話を戻す。冷静に考えると、大昔は庶民、特に女性に人権はない一方で確かに原発もない。安倍昭恵は女性に暴行した(ヤルやったことはヤッタと山口本人も認めている)山口敬之の言い逃れにいいねをして女性の人権を否定しつつ、脱原発にも理解を示す。

要は、この人は、良くも悪くも前近代の人なのである。
夫の晋三は、良くも悪くも総理として、近代が一応は浸透している現実社会と実務的に妥協しなければならないので、思想性が後退するが、妻の昭恵の場合は、それが露骨に現れる。

そして、昭恵が脱原発を唱えることで、脱原発派の一部も安倍夫妻への追及の手は確かに緩んだ。
3.11以降、近代への疑問を持つ人は増えた。

たしかに西欧の白人キリスト教国家を中心とする「近代」~「ポストモダン」といわれる現在に掛けて主流となってきたシステムも、「問題ありまくり」ではある。

原発は当然、その大きな問題のひとつであろう。

先進国が人権、民主主義を守ると称して、途上国を空爆しまくっているのも近代の欺瞞性の一つである。ハッキリ言って、あんなに白人キリスト教国がイスラム諸国を蹂躙していたらテロが起きない方がおかしいくらいだろう。難民が押し寄せてきても、それがそれらの欧米先進国(と言う名の帝国主義諸国)が招いた結果である。それは事実として認めよう。

また、いわゆる既得権益の問題もこれは、近代国家共通の悩みではある。

しかし、原発批判の勢い余って、近代合理性一般まで放棄してしまうような論調が、特に2011年の3.11以降、反体制側でも目立ったのではないか?

そうした時代状況を巧妙に突いたのが安倍夫妻ではないのか?

夫の晋三は、自民党改憲草案にみられるような、近代西欧の人権や民主主義なんぞくそくらえ、という人々を取り込み、妻の昭恵は、原発を入り口に近代を否定した人たちを取り込んだ。夫婦で巧妙に役割分担をした。

安倍夫妻は、セットとして「近代合理性」「近代立憲主義」総体を否定するヒーロー&ヒロインとなった。

反体制側も、いわゆるポストモダニズムが主流となっており、何でもかんでも「相対化」する傾向があった。その結果、権力側の暴走に甘くなっていた。

また、「既成政党に天誅!」方向に走る傾向もとくに「我々」団塊ジュニアくらいには強かった。「純粋市民主義」とでも言うべきものの勢い余って、既存物を過剰に否定し、その結果として、実際にはがっちりした組織が相対的にある安倍一派を押し上げる結果になったのである。

そうした中で、安倍夫妻は大手を振って暴走したのである。

しかし、冷静に考えると、近代立憲主義を逸脱して上手くいった例は残念ながら、日本ではない。残念ながら、近代立憲主義を上回るパフォーマンスを得られる社会システムとか哲学とか言うものは日本では存在しない。

原発は大問題だが、そうはいっても、これについても合理主義的、立憲主義的アプローチで脱原発を進めるしかあり得ない。言い換えれば、立憲主義を踏まえつつ、時代状況に合わせた合理主義を編み出していかなければならない。

ただ、ついつい、勢い余って、自分たちが、既存ないし、既存物とセットになっていた近代合理主義、近代立憲主義を簡単に乗り越えた気になっていた人も体制派・反体制派問わず、少なくなかったのではないか?

だが、その結果は、戦前どころか封建時代に日本を戻すという安倍夫妻の暴走に歯止めが掛からない状態だった。

立憲主義を踏まえた時代状況に合わせた合理主義の復活。

具体的には、当面は、個人の尊厳を守る生活再建策、そして、権力の暴走を押さえる仕組み(選挙制度・人事制度含む)の再構築あたりが柱になろう。

戦時中、日本は「近代の超克」を成し遂げた、と酔いしれていたが、結果は、焼け野原であった。一度目は悲劇だが二度目は喜劇である。繰り返してはならない。

by hiroseto2004 | 2017-05-31 18:32 | 安倍ジャパン | Trackback
アメリカ的価値観とは人権や民主主義のことです。
安倍晋三さんは「アメリカ的人権や民主主義なんぞくそくらえ」と思いつつ、アメリカに従属してきた。しかし、今は反米に舵を切り、「新東側」になりつつあります。
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by hiroseto2004 | 2017-01-05 08:19 | 思想・哲学 | Trackback
はんどう・たいき弁護士が、憲法の仕組みをわかりやすく解説した「檻の中のライオン」を出版しています。
そのことが、毎日新聞にも取り上げられました。

「権力の乱用防ぐ役割知って」 楾大樹(はんどう・たいき)さん(41)=中区

 権力=ライオン、憲法=檻。今年6月、例えやイラストで憲法の仕組みを分かりやすく説明した解説書「檻の中のライオン」(かもがわ出版)を出版した。講演依頼が相次ぎ、県外の高校教員から「憲法のテキストに使っている」とのメッセージがフェイスブックで届いたこともある。



ニュースサイトで読む: http://mainichi.jp/articles/20161115/ddl/k34/070/535000c#csidx070b24a001bbe45aacd1147d8183fc6
Copyright 毎日新聞

by hiroseto2004 | 2016-11-18 18:14 | 憲法 | Trackback
 1989年の冷戦崩壊後(ないし1991年のソビエト崩壊後)、流行したポストモダニズム。

日本においては、権力を批判するのはダサいかのような雰囲気が充満していきました。

そして、官僚機構や大手企業と一般市民や一般労働者が対等な存在であるかのごとき幻想が広められていきました。

ポストモダニズムにおいては、モダン(近代)で軽視されてきたジェンダー、多様性の尊重や環境、情報公開などについて一定の前進があったのは無視はできません。

しかし、日本においてはポストモダニズムは、有り体に言えば、「権力や資本に規制をかけいない」ことと同義になっていった。

ただでさえ、日本というムラ社会で、異論を唱えることがしにくい状況があったのにポストモダニズムは輪をかけていった。

さらに、「経済優先主義批判」は良いが、いつのまにか、それが庶民、特に低所得者層に「健康で文化的で最低限度の生活」を希望することさえ諦めさせる方向に回収されていったのではないでしょうか?

そして、そうした権力や大手企業への批判がでにくいことを良いことに、安倍総理らが暴走していった。

そして、それが手をつけられない状態になり掛かっている。

そういうことではないでしょうか?

政府にせよ、大手企業にせよ、キョンシーのような性質をもっているのではないか?
すなわち、お札を貼られていれば暴れないが、お札をはがされると暴れ始める。
政府については立憲主義というお札。
大手企業については民主的規制というお札。
これが必要なのですが、そのお札をポストモダニズムははがしてしまったのです。

キョンシーにまともに立ち向かってお札を貼ろうとすると、命が危ないかもしれない。
しかし、なんとかどうにかしないと手がつけられなくなってしまう。
そういう状況に日本はあるのです。

それでも、キョンシーの攻撃を防ぎつつ、お札をつくっていくという作業は絶対に必要なのは間違いないのです!


by hiroseto2004 | 2016-09-12 22:32 | 思想・哲学 | Trackback

「島国・ムラ社会のポストモダニズム」という大問題


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2016年、ポストモダンの崩壊を宣言し、「近代の復権」(大正デモクラシーくらいからの再出発)を提唱する


「あれ、さとうしゅういち、前(2011年から2013年前半頃)に言っていたことを最近、言っていないな?」
とお思いの方もおられるかと思います。


これは、理由があります。

一見立派に見える思想も、ニッポンというシマグニ、村社会に入ったとたん、猛毒に転化するからです。

そのために、従前の主張の一部を「ニッポンがせめて大正デモクラシー程度にモダン(近代、立憲主義、人権)を消化しきった段階」まで戦略的に抑制することとしました。

従って、当面は、モダンの消化=個人の尊厳や立憲主義の回復=最大の目標として前面に押し出します。




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by hiroseto2004 | 2016-06-14 08:37 | 思想・哲学 | Trackback
安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合
http://shiminrengo.com/

上記の通り、ホームページができました!

by hiroseto2004 | 2016-05-05 19:14 | ヒロシマの心活かす市民発・政界再編 | Trackback


【日本型ムラ社会的ポストモダンとしての自民党改憲草案】

自民党の改憲草案は、天賦人権説や立憲主義を否定しています。




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by hiroseto2004 | 2016-01-27 22:44 | 思想・哲学 | Trackback