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by hiroseto2004
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もっと早くTKO負け=政権転落しておけばよかった?自民党【衆院選】

午後の衆院本会議で河野洋平議長が解散詔書を読み上げ、衆院が解散されました。

8月18日公示、30日投票で衆院選となることが臨時閣議で正式に決定しました。

さて、この10年間、自民党はグロッギー状態でした。しかし、それを「せこい手の連続技」を使って、むりやり政権を維持してきた、といえます。

1999年には公明党を与党に引き入れた。さらに2001年には「自民党をぶっ壊す」と叫んで、小泉純一郎さんが登場。一時的に人気を取りました。た。

しかし、冷静に考えれば、2001年の時点で、森総理を小泉総理に取り替えるようなせこいまねはせずに、潔く参院選で惨敗しておくべきだった。そして、2003年くらいに衆院選で民主党に負けて下野したほうが、自民党にとっては、良かったのではないか、と思うのです。政党としての寿命は伸びたはずです。

 そうしておけば、今頃は、格差の拡大を民主党のせいにして、共産党と一緒に政権攻撃で、意気揚々だったかも知れません。

 自民党は、あまりに、政権に執着して、セコい手を使いすぎた。しかし、セコい手は、結局タコが自らの足を食うような話しです。

 そして、2006年秋に安倍晋三さん。2007年秋に福田康夫さん、2008年秋に麻生さんが総理になったときは、自民党は既に手遅れでだったのかもしれません。小泉さんはそれをわかっていて総理を辞めたかもしれません。

 ここ、秋田でも、ずっと自民党だった、という人までこぞって見放している有様です。

 そして、麻生さんも正直です。麻生内閣の下で、衆院選に本当に勝つチャンスがあるなら、とっくに解散しています。しかし、麻生さんが今まで、解散をしなかったのは、勝つチャンスはなかったのでしょう。で、ずるずると今に至ったわけです。

また、落選したり下野したら、汚職で逮捕されかねない、とおびえる人がたくさんいるのではないでしょうか?はっきりいって、小沢さんの秘書なんぞ、問題ではありません。

 自民党では、職務権限を持つ大臣が、たくさん企業からお金をもらっています。自民党が政権から落ちたら検察は遠慮なく、捜査に踏み切りかねない。そういう案件もたくさんあったのではないでしょうか?

だから怖くて解散に踏み込めなかった面もあるでしょう。

ただ、麻生さんは、お金持ちですから意外と汚い政治資金は少ないかもしれない。逆に、麻生おろしで騒いでいた方々のほうが、麻生さんよりもむしろ、受託収賄などにつながりかねない金の流れがあったりするのではないか、と疑ってしまいます。麻生さんのほうが最後は解散に積極的だったのはその辺もあるかもしれません。

しかし、このような【せこい延命】こそが、政党としての自民党の寿命を縮めることになるでしょう。そして何より国民を苦しめることになったのです。

いまや、ボクシングでも早めに試合をストップするのが常識ですが、それをしなかった自民党はどうなっても知ったことではありません。

そもそも、政権が代ることは本来、民主主義では異常なことではないのですから・・。それをかたくなに拒むというのは、よほどまずいことでもあるのかな、と痛くもない腹をさぐられても仕方がないでしょう。

参考

パンドラの箱が空いた 二階ルート西松・国沢前社長起訴-JanJanニュース
http://www.news.janjan.jp/government/0906/0906245744/1.php

政治資金オンブズマン
http://homepage2.nifty.com/~matsuyama/


Excite エキサイト : 政治ニュース
2009年7月21日 13時41分 ( 2009年7月21日 14時50分更新 )
<衆院解散>迷走続けた「選挙の顔」 首相、遅すぎた決断
 麻生太郎首相は内閣支持率の低迷と自民党内の「麻生降ろし」に苦しみながらも、最後まで自らの手による衆院解散にこだわった。「選挙の顔として総裁に選ばれたのに、ここで辞任すれば自民党はさらに窮地に陥る」(首相周辺)との思いからだ。しかし、解散当日の21日、党両院議員懇談会で、東京都議選など地方選の敗北について頭を下げ、結束を訴えなければならなくなった首相に「選挙の顔」の面影はない。【高塚保】

 副総理格の与謝野馨財務・金融担当相から両院議員総会の開催を求められた翌日の16日、首相は河村建夫官房長官に「経済はまだ立ち直っていない。与謝野を一番大事にしてきた。経済政策を二人三脚でやってきたのに」と語り、ショックを隠しきれない様子だった。

 祖父・吉田茂元首相は、閣内ナンバー2の緒方竹虎副総理ら多くの閣僚、与党幹部から解散に反対され、1954年12月、内閣総辞職に追い込まれた。

 祖父と同じ轍(てつ)を踏むまいと考えたのか、首相は折れなかった。「政策は間違っていない。胸を張っていいと思っている」。与謝野氏とたもとを分かっても、経済対策に取り組んだ実績を掲げて衆院選を戦う決意の表れだった。

 首相が解散を真剣に考えたことは08年9月の就任以来、少なくとも3回あった。最初は「08年10月初旬解散―11月2日投票」。総裁選で高まった「麻生人気」を武器に衆院選で勝利し、長期政権を狙う算段だった。しかし、政権発足直後の毎日新聞の世論調査で内閣支持率は45%と期待したほど上がらず、党の情勢調査も厳しい数字だったため断念した。

 次いで「10月末解散―11月30日投票」を検討したが、首相に近い中川昭一財務・金融担当相(当時)、菅義偉選対副委員長らが選挙情勢の悪化を理由に先送りを主張。細田博之幹事長らは解散を求めたが、首相は中川氏らの意見を受け入れた。9月に米証券大手リーマン・ブラザーズの経営が破綻(はたん)し、世界的な経済危機に発展。首相は解散先送りの理由に「経済対策優先」を掲げたが、その後も経済と支持率の低迷に苦しみ、「選挙の顔」は迷走を続けた。

 3度目に検討したのが、6月末から7月初旬にかけて党役員人事・内閣改造後に解散し、8月2日ないし8日、9日を投票日とする案。これは党内だけでなく公明党の強い反発もあって不発に終わり、首相が最後に選んだのが7月12日の東京都議選惨敗後の解散だった。解散を先送りすれば「麻生降ろし」に火がつきかねないため、先手を打って解散するしかないと判断した。

 結果的に党内の「反麻生」勢力を抑え込むことには成功したが、自民党内には分裂の火種が残り、こうした混乱が党への不信感をさらに増幅させた。首相の遅すぎた決断により、自民党は最悪の状況で解散・総選挙に突入することになった。



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