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エコでフェアでピースな世界をヒロシマから国政へ!成長戦略から成熟戦略。誰もが置きざりにされない社会を。核兵器も原発もない世界を。役人からヘルパーへ。庶民増税より格差是正。ヒロシマの心活かす市民発・政界再編。


by hiroseto2004
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平和宣言が野田総理挨拶なみ、安倍総理挨拶は・・・

【平和祈念式もうすぐ】

わたくし・さとうしゅういちは、今日、8月6日、広島市原爆死没者追悼式並びに平和祈念式に参列しました。

今年も昨年に続き「広島市男女共同参画審議会」委員としての参列でした。

7時過ぎに会場につき、本部で受け付けを済ませると、広島市の若い女性のお役人が、案内をしてくださいました。来賓は席が決まっているので混乱が無いようにしている、というのはわかるのですが(わたしも、役人の経験があるからわかりますが)、「ただの若僧なのに」と気恥ずかしい思いがしました。途中でベテランの幹部らしい男性に交代し、席までご案内いただきました。


8:15の黙とうの後、松井広島市長になってからは3回目の平和宣言が読み上げられました。

緑の党・ひろしまとしては、参院選前の5月、全国キャラバンで、広島市長に対し「脱原発」を平和宣言に盛り込むようお願いしました。

しかし、今年も結局、昨年通り、「エネルギー政策の確立」という文言にとどまりました。

一方で、以下の文言は、胸を打つものがありました。

「世界の為政者の皆さん、いつまで、疑心暗鬼に陥っているのですか。威嚇によって国の安全を守り続けることができると思っているのですか。広島を訪れ、被爆者の思いに接し、過去にとらわれず人類の未来を見据えて、信頼と対話に基づく安全保障体制への転換を決断すべきではないですか。ヒロシマは、日本国憲法が掲げる崇高な平和主義を体現する地であると同時に、人類の進むべき道を示す地でもあります。また、北東アジアの平和と安定を考えるとき、北朝鮮の非核化と北東アジアにおける非核兵器地帯の創設に向けた関係国の更なる努力が不可欠です。」

しかし、これは、冷静に考えたら、被爆国の総理こそが言うべき話です。

http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/0000000000000/1110537278566/index.html

平和宣言


「あの日」から68年目の朝が巡ってきました。1945年8月6日午前8時15分、一発の原子爆弾によりその全てを消し去られた家族がいます。「無事、男の子を出産して、家族みんなで祝っているちょうどその時、原爆が炸裂(さくれつ)。無情にも喜びと希望が、新しい『生命(いのち)』とともに一瞬にして消え去ってしまいました。」

幼くして家族を奪われ、辛うじて生き延びた原爆孤児がいます。苦難と孤独、病に耐えながら生き、生涯を通じ家族を持てず、孤老となった被爆者。「生きていてよかったと思うことは一度もなかった。」と長年にわたる塗炭(とたん)の苦しみを振り返り、深い傷跡は今も消えることはありません。

生後8か月で被爆し、差別や偏見に苦しめられた女性もいます。その女性は結婚はしたものの1か月後、被爆者健康手帳を持っていることを知った途端、優しかった義母に「『あんたー、被爆しとるんねー、被爆した嫁はいらん、すぐ出て行けー。』と離婚させられました。」放射線の恐怖は、時に、人間の醜さや残忍さを引き出し、謂(いわ)れのない風評によって、結婚や就職、出産という人生の節目節目で、多くの被爆者を苦しめてきました。

無差別に罪もない多くの市民の命を奪い、人々の人生をも一変させ、また、終生にわたり心身を苛(さいな)み続ける原爆は、非人道兵器の極みであり「絶対悪」です。原爆の地獄を知る被爆者は、その「絶対悪」に挑んできています。

辛く厳しい境遇の中で、被爆者は、怒りや憎しみ、悲しみなど様々な感情と葛藤(かっとう)し続けてきました。後障害に苦しみ、「健康が欲しい。人並みの健康を下さい。」と何度も涙する中で、自らが悲惨な体験をしたからこそ、ほかの誰も「私のような残酷な目にあわせてはならない。」と考えるようになってきました。被爆当時14歳の男性は訴えます。「地球を愛し、人々を愛する気持ちを世界の人々が共有するならば戦争を避けることは決して夢ではない。」

被爆者は平均年齢が78歳を超えた今も、平和への思いを訴え続け、世界の人々が、その思いを共有し、進むべき道を正しく選択するよう願っています。私たちは苦しみや悲しみを乗り越えてきた多くの被爆者の願いに応え、核兵器廃絶に取り組むための原動力とならねばなりません。

そのために、広島市は、平和市長会議を構成する5,700を超える加盟都市とともに、国連や志を同じくするNGOなどと連携して、2020年までの核兵器廃絶をめざし、核兵器禁止条約の早期実現に全力を尽くします。

世界の為政者の皆さん、いつまで、疑心暗鬼に陥っているのですか。威嚇によって国の安全を守り続けることができると思っているのですか。広島を訪れ、被爆者の思いに接し、過去にとらわれず人類の未来を見据えて、信頼と対話に基づく安全保障体制への転換を決断すべきではないですか。ヒロシマは、日本国憲法が掲げる崇高な平和主義を体現する地であると同時に、人類の進むべき道を示す地でもあります。また、北東アジアの平和と安定を考えるとき、北朝鮮の非核化と北東アジアにおける非核兵器地帯の創設に向けた関係国の更なる努力が不可欠です。

今、核兵器の非人道性を踏まえ、その廃絶を訴える国が着実に増加してきています。また、米国のオバマ大統領は核兵器の追加削減交渉をロシアに呼び掛け、核軍縮の決意を表明しました。そうした中、日本政府が進めているインドとの原子力協定交渉は、良好な経済関係の構築に役立つとしても、核兵器を廃絶する上では障害となりかねません。ヒロシマは、日本政府が核兵器廃絶をめざす国々との連携を強化することを求めます。そして、来年春に広島で開催される「軍縮・不拡散イニシアティブ」外相会合においては、NPT体制の堅持・強化を先導する役割を果たしていただきたい。また、国内外の被爆者の高齢化は着実に進んでいます。被爆者や黒い雨体験者の実態に応じた支援策の充実や「黒い雨降雨地域」の拡大を引き続き要請します。

この夏も、東日本では大震災や原発事故の影響に苦しみながら故郷の再生に向けた懸命な努力が続いています。復興の困難を知る広島市民は被災者の皆さんの思いに寄り添い、応援し続けます。そして、日本政府が国民の暮らしと安全を最優先にした責任あるエネルギー政策を早期に構築し、実行することを強く求めます。

私たちは、改めてここに68年間の先人の努力に思いを致し、「絶対悪」である核兵器の廃絶と平和な世界の実現に向け力を尽くすことを誓い、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げます。



平成25年(2013年)8月6日

広島市長 松井 一實


子どもたちの「平和への誓い」。

平成25年度「平和への誓い」
今でも、逃げていくときに見た光景をはっきり覚えている。
当時3歳だった祖母の言葉に驚き、怖くなりました。
「行ってきます」と出かけた家族、「ただいま」と当たり前に帰ってくることを信じていた。でも帰ってこなかった。
それを聞いたとき、涙が出て、震えが止まりませんでした。

68年前の今日、わたしたちのまち広島は、原子爆弾によって破壊されました。
体に傷を負うだけでなく、心までも深く傷つけ、
消えることなく、多くの人々を苦しめています。

今、わたしたちはその広島に生きています。
原爆を生き抜き、命のバトンをつないで。
命とともに、つなぎたいものがあります。
だから、あの日から目をそむけません。
もっと、知りたいのです。
被爆の事実を、被爆者の思いを。
もっと、伝えたいのです。
世界の人々に、未来に。

平和とは、安心して生活できること。
平和とは、一人一人が輝いていること。
平和とは、みんなが幸せを感じること。

平和は、わたしたち自らがつくりだすものです。
そのために、
友達や家族など、身近にいる人に感謝の気持ちを伝えます。
多くの人と話し合う中で、いろいろな考えがあることを学びます。
スポーツや音楽など、自分の得意なことを通して世界の人々と交流します。

方法は違っていてもいいのです。
大切なのは、わたしたち一人一人の行動なのです。
さあ、一緒に平和をつくりましょう。
大切なバトンをつなぐために。

平成25年(2013年)8月6日
              こども代表 広島市立吉島東小学校 6年 竹内 駿治
                    広島市立口田小学校  6年 中森 柚子


平和とは何か?そのことが、きちんと盛り込まれています。

これをこのまま、わたしの街頭演説で使わせていただきたいと思うくらいです。

安倍総理の挨拶は、失礼ながら、あまり印象に残りませんでした。

 広島市原爆死没者慰霊式、平和祈念式に臨み、原子爆弾の犠牲となった方々の御霊に対し、謹んで、哀悼の誠を捧げます。今なお被爆の後遺症に苦しんでおられる皆様に、心から、お見舞いを申し上げます。

 68年前の朝、一発の爆弾が、十数万になんなんとする、貴い命を奪いました。7万戸の建物を壊し、一面を、業火と爆風に浚わせ、廃墟と化しました。生き長らえた人々に、病と障害の、また生活上の、言い知れぬ苦難を強いました。

 犠牲と言うべくして、あまりに夥しい犠牲でありました。しかし、戦後の日本を築いた先人たちは、広島に斃れた人々を忘れてはならじと、心に深く刻めばこそ、我々に、平和と、繁栄の、祖国を作り、与えてくれたのです。蝉しぐれが今もしじまを破る、緑豊かな広島の街路に、私たちは、その最も美しい達成を見出さずにはいられません。

 私たち日本人は、唯一の、戦争被爆国民であります。そのような者として、我々には、確実に、核兵器のない世界を実現していく責務があります。その非道を、後の世に、また世界に、伝え続ける務めがあります。

 昨年、我が国が国連総会に提出した核軍縮決議は、米国並びに英国を含む、史上最多の99カ国を共同提案国として巻き込み、圧倒的な賛成多数で採択されました。

 本年、若い世代の方々を、核廃絶の特使とする制度を始めました。来年は、我が国が一貫して主導する非核兵器国の集まり、「軍縮・不拡散イニシアティブ」の外相会合を、ここ広島で開きます。

 今なお苦痛を忍びつつ、原爆症の認定を待つ方々に、一日でも早くその認定が下りるよう、最善を尽くします。被爆された方々の声に耳を傾け、より良い援護策を進めていくため、有識者や被爆された方々の代表を含む関係者の方々に議論を急いで頂いています。

 広島の御霊を悼む朝、私は、これら責務に、旧倍の努力を傾けていくことをお誓いします。

 結びに、いま一度、犠牲になった方々の御冥福を、心よりお祈りします。ご遺族と、ご存命の被爆者の皆様には、幸多からんことを祈念します。核兵器の惨禍が再現されることのないよう、非核三原則を堅持しつつ、核兵器廃絶に、また、恒久平和の実現に、力を惜しまぬことをお誓いし、私のご挨拶といたします。

平成二十五年八月六日 内閣総理大臣・安倍晋三


野田総理はまだ「被爆から六十七年を迎える本日、私は、日本国政府を代表し、核兵器の廃絶と世界の恒久平和の実現に向けて、日本国憲法を遵守し、非核三原則を堅持していくことを、ここに改めてお誓いいたします。」「脱原発依存の基本方針の下、中長期的に国民が安心できるエネルギー構成の確立を目指します。」と、公務員としては当然ながら「護憲」の意思表示をし、さらに、脱原発依存に触れています。

松井市長の今年の平和宣言は昨年の野田総理なみ。安倍総理の挨拶は、小学校6年生にも及ばない。そんな印象でした。

それにしても、安倍総理、憲法を無視し、集団的自衛権の名のもとに、際限なく、日本の若者の命をアメリカに差し出そうというのでしょうか?だから、「憲法を遵守し」という文言がなかったのか、と勘繰ってしまいます。



追記:安倍総理が、会場へ向かう際、歴代総理は、平和記念資料館の南側に車を付けて、慰霊碑への参道を堂々と歩いていたのに、

今年は、慰霊碑のすぐ西側に車を横付けして、まるで、こそこそという感じで会場に入られたのも印象的でした。


  原発を再起動し、輸出までしたうえ、こそこそと、憲法解釈だけを変えて、日本の若者をアメリカに差し出そうという魂胆があるから、広島市民の前を堂々と歩けないのかな、などというのは勘繰りすぎでしょうか?
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by hiroseto2004 | 2013-08-06 16:16 | 広島市政(広島市議会) | Trackback