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庶民派知事で何があっても心配いらない広島を ヒロシマ庶民革命


by hiroseto2004

【マンデラ元大統領がきっかけを作った元旦はだし供養】

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【マンデラ元大統領がきっかけを作った元旦はだし供養】
わたくし・さとうしゅういちは、2014年1月1日、広島市中区の平和公園供養塔前で、「元旦はだし供養」に参加しました。
はだしになって、原爆死没者を供養するイベントです。
8時15分、チャイムがなると、主催者の久保浩之(緩急車雲助)さんが、前に出て「元旦はだし供養」の由来を説明しました。
元旦はだし供養のきっかけは昨年亡くなられた南アフリカ共和国のマンデラ元大統領だそうです。マンデラ元大統領が世界各地にアパルトヘイト廃止のために使節を派遣。日本にも来られました。広島で久保浩之さんがおもてなし。平和公園で久保さんが「地下一メートルには今も人骨が眠っている」と説明すると、南アフリカ共和国の若い女性は一斉に靴を脱ぎました。
久保さんがびっくりすると彼女たちは「アフリカでは同胞の上を靴では歩きません。」
衝撃を受けた久保さんは、毎年元旦、このイベントをやることにしたのです。一行は黙祷したあと、「原爆許すまじ」を斉唱。韓国人慰霊碑、川内村(現・安佐南区川内)の義勇隊慰霊碑、二中慰霊碑と参拝しました。はだしになると、冷たさは格別。ドライアイスのような熱さに変質するまでは今年は行きませんが、核による被害をこれ以上出さない決意を新たにしました。

by hiroseto2004 | 2014-01-01 09:08 | 活動報告 | Trackback