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by hiroseto2004

障がい者介助者への生活保障は?

http://voicejapan2.heteml.jp/janjan/living/0906/0906074675/1.php

障がい者介助者への生活保障は? 中野で熱い議論

      国が進める障がい者介助資格への「能力主義」導入を警戒

 5月23日、東京都中野区の中野ZEROホールであった「かりん燈~万人の所得保障を目指す介助者の会」 の集会「トークセッション 介助者たちは、どう生きていくのか?」に参加しました。

定員80人の会議室に明らかに120人が詰め掛けました。主として障がい者の自立生活運動の中で主張されてきた「介助」に従事・共感する者たちで構成される介助者の会です。介助者が自らも自分の人生の当事者として活動する、全国でほぼ 唯一の会です。今は障害者の介護保障と介助者の生活保障を国に対して訴える活動をしています。

 介助労働者宣言 (同会HPより)

 (1)介助・介護労働者は現在の国策の中で不当にも低賃金不安定労働を強いられた存在である。

 (2)介助・介護労働者は優しさや思いやりを優先するよう強要され、労働者・生活者としての権利を軽視されている。

 (3)介助・介護労働はけっして無償や低賃金を強いられる奉仕活動ではない。介助・介護におけるボランティア精神(優しさや思いやり)の強調は、障害者・高齢者等をかわいそうな人、あわれな人とみなし、その人々の人間らしく生きる権利を軽視することと同義である。

 (4)介助・介護労働は、社会のすべての人々に同等の実質的自由を保障するため、身体上・精神上なんらかの理由で活動の自由を制限された人々に対し、対人援助により、その人々の活動の自由、自己決定権、私的自治を保障する労働である。

 (5)自己の権利の拡充は同時に他者の権利の拡充であり、また他者の権利の拡充は同時に自己の権利の拡充である、そうした意味での権利保障をめざす。

 (6)24時間365日公的介助・介護の必要のある人の介助・介護者は、不規則・変動的な労働で、時給等には換算できない拘束時間等が求められる。使い捨ての低賃金労働者では、けっして勤まるものではない。
 




問題提起を行なう主催者代表の渡邊さん
■「能力主義」に警鐘鳴らす

 まず、主催者側と出演者から数人が問題提起をいただきました。かりん燈の渡邊琢さん、評論家の杉田俊介さん(最近は若者の間では「フリーターズフリー」で有名)瀬山紀子さん(介助者、研究者=障害学・ジェンダー論など)らです。

 国が今、報酬単価引き上げと引き換えに進めている障がい者介助に資格を求めてしまう路線は、労組にも同調する動きが強いが、こうした「能力主義」には反対という提起がされました。

 また、知的障害者を中心に介助している事業所のメンバーは、重度障害者への単価は 引き上げられたが、知的障害者を中心としているわれわれにはあまりメリットがない旨の報告がありました。

 その後、参加者も含めた議論が盛り上がりました。さらに、「そもそも能力とは何か」という議論がかなり盛り上がりました。(世間的には) 能力が高くないと思われる人が、「優秀な人」とはまったくしゃべろうとしないある当事者と一緒になると、その当事者がよくしゃべるようになり、仲良くなる、ということもある、という報告もされました。

 わたしも普段の持論は「同一価値労働同一賃金」であり、それに整合的な社会保障システムの再構築です。しかし、こういうお話をうかがっていると、では、「価値」って、どういう尺度になるのか、下手をすると、「能力主義」の罠に落ちかねない、とはっとさせられました。

■深刻な介助労働者の低賃金に反映されるジェンダー格差

 また、女性労働者からは、「そもそも、主婦が会社員男性に扶養されていることを前提に賃金が低い。それで食っていかないといけない単身者や一人親は大変」という、他の分野でも共通にみられる問題に対して提起がされました。

 これらに対して「だから、ベーシックインカムが必要ではないか」という提起もされました。

■当事者と介助者の権利の兼ね合い

 介助者と当事者の権利の兼ね合いが難しいという問題も浮かび上がりました。労働者の条件をよくしたら金がかかるのではないか、という議論。一方、「能力主義批判はよいが、能力が低ければいいということにはならないのでは? しょっちゅう愚痴ばかり、当事者に暴行する介助者もいる」という議論も出されました。

 それに対して「能力主義の罠に陥らないよう、問い直すことが大事という意味」という補足がされました。

 また、一人親の女性の方は、「子どもやわたしが(新型)インフルエンザ になったら困る。収入がなくなってしまう」という話をされていました。

■介助者労働運動の困難と工夫

 労働運動については、「事業所の経営状況がわかっているから、賃上げをしろとはいえない」という痛切な声が出される一方、「事業所とは共闘し、上京して厚生労働省と交渉して、単価引き上げを求めている」という主催者の「かりん燈」の渡辺さんから の応答がありました。一方で「地元で何ができるかを考えている」という世田谷区の方の提起もありました。

 事業所レベル、自治体レベル、国レベルで労組としてどういう対応をしていくか、工夫をされている様子が見えました。

 一方で「障害者の手足にならないといけないという主義の影響から、介助者が 労働運動をしにくいのではないか」という意見もありました。

 これに対して若手女性 介助者からは「むしろ最近では、やたらに当事者とお友達になることを求められてうざい」という趣旨の反論もあり、世代や事業所による意見の相違も見えました。

 一方で、ある男性当事者は、大声で「いろいろ、みんな言っているけど、政治を変えなければだめだ」とおっしゃり、拍手を浴びていました。

■お金は「必要」だが、それだけじゃない

 その後は、会場近くの公園に移動し、交流会でした。広島でわたしたちが何かやるときでも、結局、飲食店を使ってしまうのです。また、これが、連合系の労働組合とかだと、交流会といえば、大きなホテルの食堂の5,000円のコース料理とかだったりします。しかし、東京のこの運動の方々は、持ち込みの飲食物で公園に陣取り、交流をするのです。でも、このほうが、よほど中身のある交流ができるのです。お金が最低限ないと暮らしていけませんが、「金」だけでもないことも教えてくれます。

■多様なご意見うかがえ、有意義

 多様なご意見が伺えて有意義でした。わたしが勤務する広島県で言えば、権限をすべて市町村に移譲しています。「移譲」というよりも、「丸投げ」してしまっています。わたしたち県の担当者はごくたまに「お手伝い」(名目上は、指導とか監督)程度の業務が残っているだけです。

 「現場」を仕事では直接触れなくなって久しいですから、たまに業務があるときでも、「よくわからないもの」を訳のわからないまま手伝っている実態があり、これでは失礼極まりないと、もどかしく思っていました。

 また、プライベートでわたしが支持している民主党(※注、2009年当時)なども、障がい者に限らず、母子家庭など、弱い立場の人に配慮したマニフェスト作成のために、当事者からのご意見をうかがったりしています。だが、当事者の話を聞くといっても、「こちらのシナリオ」に整合的な人を呼んでしまっていないか、というご批判もあります。NPOなどで、自治体から委託を受けている人になると、立場上思い切ったことが言いにくいということもあります。

 今回を機に改めて考え直さなければいけない、と思いました。
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by hiroseto2004 | 2014-02-04 20:03 | ジェンダー・人権(労働問題) | Trackback