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エコでフェアでピースな世界をヒロシマから国政へ!成長戦略から成熟戦略。誰もが置きざりにされない社会を。核兵器も原発もない世界を。役人からヘルパーへ。庶民増税より格差是正。ヒロシマの心活かす市民発・政界再編。


by hiroseto2004

ヒロシマの歩みと今後---平和教育を中心に---

 後記の論文「ヒロシマの歩みと今後---平和教育を中心に--- 」は、わたくし、さとうしゅういちが、1996年10月、当時所属していた「東京大学行政機構研究会」の論文集に寄稿したものです。

「「ヒロシマから世界を変える」という思いは、当時から全くのぶれがなかったのだ」と自ら読み返して、感じました。

平和教育もじつは、「反戦教育」ばかりではいけないのです。むしろ「構造的な暴力」と闘うこと、すなわち、戦争が単にないのが「平和」ではなく、貧困、飢餓などから、自由で尊 厳を保って生活できるということが「平和」であるということです。
 そして、「学習過程としての平和教育」子どもたちの主体性を重視し、 柔軟さ、寛容さ、批判精神を養う。これは、歴史上、全体主義が多くの場合、戦争に 導いていった要因であるということが念頭にあります。そして、生活スタイル運動としての平和教育です。

わたくし・さとうしゅういちが、いま、党活動の中で一番重視する労働問題への取り組みは、構造的暴力と闘う「平和」を希求する活動でもあります。
参加民主主義は「学習過程としての平和教育」に通じます。そして持続可能性は、生活スタイルとしての平和教育です。

緑の党グリーンズジャパンは、そういう意味で、平和教育や「ヒロシマの心」のあるべき姿をその理念において体現し、提案している政党です。

わたくし、さとうしゅういちが、民主党などを経て最終的には緑の党に参加したのは歴史的必然であったと、18年前の論文を読み返し、実感しました。


ヒロシマの歩みと今後---平和教育を中心に---

    佐藤周一(さとうしゅういち)1996年10月 東京大学行政機構研究会論文集に寄稿





1.始めに

  • 教育と平和は密接な関わりを持っている。戦前の日本の軍国教育を振り返っても そのことは明らかである。

    もちろん、戦争を防ぐ、そして、核兵器廃絶への努力を行なう責任があるのは、 各国政府、特に、NPT体制で核不拡散のた めに核兵器の独占という特権を享受している核保有国の政府であることは 事実である。

    しかし、国民が政府を動かすのも事実である。実際、部分的核実験禁止条約などの核 軍縮の動きが高まったのも、世論の高まりが背景にある。その世論を支えたのは、 やはり被爆体験をもとにした訴えである。

    また、最近では被爆者の高齢化などに伴い、学校の先生の平和教育に果たす役割は、 ますます重要になってきている。

    一方で、特に核保有国に対しては、様々な要因でヒロシマの訴えが意外と 伝わっていないという厳しい現状もある。

    さて、ここでは、戦後51年に渡って展開されてきた、平和教育を中心とした ヒロシマの核兵器廃絶と平和の確立への取り組みについて、見ていきたい。

    2.広島平和教育の歴史

      広島の平和教育は、占領下で、まず高まりを見せた。おもに、子供たちの戦争体験を 素材としたもので、被爆少年・少女たちの手記をまとめた「原爆の子」(長田新)が 有名である。そして、そのたかまりは、1955年の「原爆の子」の像建立に象徴さ れる

      しかし、その後、進学競争の激化、戦争を知らない「戦無派」の登場などにより、平 和教育は後退をよぎなくされていた。

      こうしたなか、危機感を抱いた被爆教師を中心に、1968年「平和教育分科会」が 設置された。

      そして、1969年広教組は、原爆問題を重点課題として採用することを決定した。

      1972年には広教組を母体として広島平和教育研究所が発足し、平和教育の拠点と なった。

      1973年から開かれた、平和教育シンポジウムは、平和教育の全国化に役立った。 また、1970年代になって急増した広島への修学旅行は、核の恐ろしさと、平和の 尊さを子供たちに伝えるよい機会となった。

      そして、ヒロシマの継承と世界化の試みが行なわれた。

      世界化の試みとしては、1982年から長崎市と共同で呼びかけた、 平和連帯都市会議がある(96年6月現在、98カ国412都市が参加)。

      一方で、問題も起きた。

      こうした、広島教育は、一方で被害者意識ばかりを子供たちの間に増長させたとの 批判も起こった。実際、ある調査では、中学生の多くが、「原爆を落されたのだから 日本が第二次世界大戦の最大の被害国」と考えているという。

      また、アジア諸国や、アメリカからは、「日本は原爆を侵略の免罪符としている」 との批判を受けた。

    3.ヒロシマの現状と取り巻く環境

      • 鍛えられる平和思想と風化する被爆体験

      • こうしたなか、1994年、平和資料館は全面改装し、原爆の悲惨さばかりでなく、 日本の侵略史など、原爆投下の背景なども展示するようになった。

        また、広島の小学校においても、加害者としての日本軍、戦争の持つ非人間性なども 、高学年で指導」(広島市立長束小学校田原 潤 先生)しているという

        。 (もちろん、子供が人間不信に陥らぬよう、戦争でも人間性を失わぬ、立派な 人々の話しもするという。)

        また、アジア大会を機に、広島の軍事基地としての「加害史」を学ぶうごきも強まった。

        一方で、市内の45%の子しか、原爆投下の正確な日時が判らないという、原爆問題の 風化が年月を追うとともに大きくなってきた。また、「原爆は仕方がない」と 応えた子は14%にものぼったという。(広島平和教育研究所調べ)

        この背景には、教師の原爆への怒りが年々薄まっていることがあげられる。しかし、 一方で、被爆者の高齢化もあって、教師の被曝体験の継承に果たす役割は 増大している。実際、「子供たちに「原爆の話し聞いたのは誰からですか?」と質問 するとその8割以上は「先生から」とこたえる」(前出、田原先生)のだ。

    2.伝わらぬ広島の訴えと、手詰りの核軍縮情勢

        CTBT(包括的核実験禁止条約)が、採択寸前まで行き、ICJが一般論としながらも 核兵器は国際法違反とした。

        このように、「核=悪」の認識は広まる一方、核保有国や、CTBT交渉を挫折させた インドなどには、「核への執着」が見えかくれする。

        そうしたなか、依然、核兵器廃絶への願いが、「被爆地」だけの特殊な感情と捉えられ ている感はいなめない。冷戦後「核の居場所」は狭まりつつあるが、一方で、 「核抑止」にすがる国が多いのも事実であり、日本政府さえその例外ではない。

        それは、原爆の悲惨さが、正確に伝わっていないということが、やはり原因である。 が、他の様々な要因があって、「ヒロシマの心」が、普遍化されていないということも 直視せねばならない。

        また、原爆そのものが、誤解されて伝わっているケースもある。ヨーロッパでは、 広島は、放射能で壊滅し、別の場所に都市を建設したと思い込んでいる人もいると 聞く。

        次章ではこうした現状をふまえ、今後の広島平和教育の課題を探っていきたい。

    4.ヒロシマの課題と今後

      1. 平和教育の類型

        まず、平和教育といっても、いろいろなタイプのものがあることに触れておかねば ならない。

        まず、第一に挙げられるのが、「反戦平和教育」である。読んで字のごとく、 戦争や、核兵器にに反対することを教えることである。狭い意味での平和教育である。

        次に挙げられるのが、ガルトゥングなどが主張する「構造的暴力」と戦う教育である 。ここでは、戦争が単にないのが「平和」ではなく、貧困、飢餓などから、自由で尊 厳を保って生活できるということが「平和」だとする。

        主に途上国における人口教育などが挙げられる。また、南北問題や米軍基地の集中す る沖縄に関する教育も、この側面が強いと言える。

        第三に、「学習過程としての平和教育」である。

        ここでは、教える内容より形式を重視する。すなわち、子供たちの主体性を重視し、 柔軟さ、寛容さ、批判精神を養う。これは、歴史上、全体主義が多くの場合、戦争に 導いていった要因であるということが念頭にある。

        次に、生活スタイル運動としての平和教育である。これは、環境問題・南北問題が念 頭にあるといっても良い。いわゆる「フェ アトレード(公正貿易)」の思想もこれと共通点がある。すなわち、先進国の豊 かな生活の代償が、途上国の環境破壊などであってはならないということである。

        そして、今後の広島平和教育も、こうしたいろいろな角度から検証せねばならないのは 当然であろう。

      2. 被爆体験の風化と平和教育

        被爆体験の風化も深刻だ。

        ヒロシマは、被爆者の迫力ある証言で、核廃絶と世界恒久平和の確立を訴えてきた。

        いかにして、被爆体験を伝えるかは、緊急の課題である。平岡市長は、著書の中で、 たとえば、かろうじて助かった人の恐怖を体験できるような展示を、最新の 技術を駆使して、伝達できるようにしたいとおっしゃる。(「希望のヒロシマ」)

        また、当然、教師の伝達者としての責任も重大になってこよう。

        また、子供たちを主役にした平和行事、活動も重要である。昨年から、平和祈念式典で 子供代表が「平和の誓い」を読み上げるようになった。

        また、後述するが、 長束小学校5年三組の生徒の発案で、ネットワークを利用して、内 外の小中学校に呼びかけ、3万羽もの千羽鶴を集めて「原爆の子」の像に捧げた。

     

    3.平和思想の普遍化

     「人間の安全保障」「平和の創出」と平和思想の普遍化

    いわゆる南北問題は、1980年代に入り、アジアNIESの発展など、途上国間の 格差拡大を背景に、途上国間の大同団結が崩れ、国際政治の焦点から外された。

    しかし、アフリカを中心に、多くの国の人々が生存ぎりぎりにあり、また、発展 しているアジアにしても、貧富の差の拡大や、環境破壊、疫病の流行などが懸念され ている。
    そして、貧困を背景に、地域紛争も深刻になる一方だ。国内においても、「構造的暴力」の問題は深刻だ。基地が集中する沖縄、 ダムや原発が集中する過疎地。こうした問題を放置して、核兵器の廃絶だけを訴えても、説得力を欠くと思われる。
     平岡市長は、広島の平和の訴えが必ずしも国際政治の力学に大きな影響を与えなか ったととらえ、「世界各地に起こっている悲惨な現実に、有効に対応できない<ヒロ シマの思想>とはいったい何なのか。広島の平和思想が普遍性を獲得し、力を持つた めには、もっと鍛えられなければならないのではないか」(「希望のヒロシマ~市長 はうったえる」)と反省しておられる。
     核廃絶を訴える広島・長崎の訴えを普遍化するには、こうした人間に対する脅威を 取り除くということの文脈に、核廃絶を位置付けていくことも有効である。
     また、「守る平和」だと、軍事的な要因も絡んで、協力しにくい側面もある。 たとえば、核抑止力で平和を守ろうとするなどの考え方も正当化しうる。
     一方、「創り出す平和」では、各国の協力の必要性は明らかだし、実際に協力 しやすい。国家を越え、「地球の安全保障」を考えることにつながるのだ。つまり、核兵器は、世界の悲惨な状況を解決し得ないことをも示すことにもつながる。  
     広島市は九四年にまとめた『ひろしま新世紀都市ビジョン』の中で「平和をつくりだ すまち」をめざすことを、初めて打ち出した。被爆都市の使命である核兵器廃絶と世 界恒久平和の実現へ向けて平和への取り組みを行うとともに、人類の共存と人間の尊 厳を脅かす世界の飢餓や貧困、病気、環境破壊、人権問題の解決など日常生活の行動 の中から「平和をつくり出そう」という着想である。
     地域社会の発展と世界平和の創造、維持に貢献する―というの広島市立大学国際平 和研究所(仮称)の設置構想もそうした文脈に位置付けられる。自らの被爆体験から他人のいたみがわかり、それをいやすことに様々な貢献を しようというものだ。

    ・「国家の論理」から「個人」の視点尊重へ
      日本は、原爆を侵略の免罪符にしているとの批判が、アジア諸国を中心に強い。しかし、国家レヴェルの「日本は原爆の悲惨さを訴えるため、アジアに謝罪すべき」 という議論と、アジア・日本ともにいえることだが、個々の被害者、つまり、南京大 虐殺の被害者、日本のヒバクシャという、個人レヴェルの話しを同列に扱うのが果た して妥当なのか?例えば、原爆容認発言をする子が14%いることについて、田原先生は「容認発言を する子は、客観的に現実をとらえているだけ」とおっしゃる。たしかに、国家レヴェルで捉えれば、そのとおりかもしれない。
     もちろん、被害者意識だけを煽り立てる時代に終止符を打つのは当然だ。しかし、 もう一歩踏み込み、戦争において広島でも南京でも「国家の論理」のもと圧殺された 「個人」の視点で戦争を、原爆を捉え直すことも必要である。
     殺されたものにとっては、たとえそれが国家の命令であろうが、不当なものである。 また、こうした「因果応報」論を認めれば、結局、現在においても、米国(核保有国) の都合の良い「正義」に基づく原爆投下を認めることになる。
     「個人の視点」から進められる教育としては、東京大空襲に参加したjerryさんを題材 にした学習が進められている。
     例えば、自分がjerryさんの立場ならどうするか?という問いを子供たちに行なって いるという。
     冷戦崩壊後、「国家の論理」に抑え付けられてきた「個人」が立ち上がりはじめたのが 従軍慰安婦問題などの個人補償要求の動きである。逆にいえば、「戦争の悲惨な点は多くの場合戦闘のある地域の人間をその意思とは無 関係に巻き込んでいくことにある」(徳山市立周陽中、鎌田先生)のだ。とくに、女 性、子供、その他社会的弱者を犠牲にしてきたのが戦争の実態であ る。

     ここで注目すべきは経験則に過ぎないが、「個人」を尊重する「リベラルデモクラシ ー」を採 用する国同志では戦争は起きていない。もちろん、リベラルデモクラシーだか らとい って、安心してはいけない。一人一人が自分の考えを確立し、互いを尊 重し合う、 「不断の努力」が不可欠なのはいうまでもない。「学習過程として の平和教育」が重要であ る。
     ただ、「悪いのは戦争」ではなく、現状を変える力、 倫理に反する国家を変える力をつけることが重要なのだ。
     戦争中残虐行為を行なってきたのは決して特別な人ではなく、平和な日常生活 の中では善良な市民である。
     戦争においても人間性を失わぬ立派な人々について学ぶことは、そういう意味でも 重要ではなかろうか。
     また、そのことを通じ、現在の南北問題、環境問題など、また、沖縄問題など構造的 暴力に思いを致すことにもつながろう。

    • 原子力と平和教育--核そのものに反対する視点?--

      「広島の人たちの原子力発電に対する態度は、矛盾しているとしか思えません」 (広島市立大学、大場先生)というのが、大方の外国の人々の反応だ。

      原発自体、核武装の布石という見方をされても仕方がないのは、海外の、 日本のプルトニウム政策への警戒をみてもそうだ。

      たしかに世界の反核運動の多くは、原爆よりか、原子力発電に反対するも文脈のもの である。

      ヨーロッパなどではすでに、エネルギー需要をいかに抑え込むかという観点で、街作 りを市民を巻き込んで行なっている。

      日本でも、環境問題、南北問題も視野に入れながら、エネルギー問題を考えていく 必要がある。

    • 核の傘からの脱却

      広島が核廃絶を訴えると、必ず指摘されるのが、「日本は核の傘に入っているではな いか」という議論だ。

      現状の日米安保は、核がなければ成り立たないというものではないはずだ。 核抑止を主張するなら、全ての国が核を持たねばならないか、核の傘に入る理屈にな る。これは、NPT体制を不安定にする。

      核保有国が核の傘を閉じるとともに、(当然、核兵器不使用条約を締結することにな る)、それへ向け、日本は率先して自らを含む非核地帯条約の成立などに努力すべき である。

    • ネットワークで広げる平和思想の輪

      先の長束小の例でみたようなネットワークを利用した交流は、平和思想の普遍化に 役立つ。

      まず、原爆の悲惨さが十分海外に伝わっていない現状、被爆体験を共有化することが できる。

      実際、スミソニアン原爆展中止を教訓に、アメリカン大学での原爆展とそれにつづく 同大学生の広島研修旅行などがおこなわれた。そして、草の根交流が実を結び、 96年8月、米国の「平和を目指す退役軍人の会」主催の巡回原爆展が、アメリカで スタートした。

      そして、国家同士では主権の壁から、環境問題をはじめ、様々な問題で協力 しにくいことが多い。そうした点を補い、「地球の安全保障」を考えていくのが個人 レヴェル、地方レヴェルでの交流だ。 また、いろいろな意見に触れることで、ヒロシマ思想を鍛えることにつながろう。 特にここ1年程の沖縄との交流から学ぶことは多かったはずである。

    5.最後に


    これから、ヒロシマは、被爆の歴史を継承しつつ、それを基底として、平和を創り出す 道へと歩むことになろう。すなわち、被爆体験を通じ、他人の痛みがわかるようになる ということだ。高齢化社会、地球環境の悪化などで、こうした心構えはますます重要に なるものと思われる。

    「ひろしま新世紀都市ビジョン」や、「広島国際貢献構想」は、それを着実なものに するに違いない。

    そして、大切なのは、市民一人一人の意思である。

    市民一人一人が、自分の意見を確立するとともに、他を尊重し合う、そうした ことの積み重ねが、平和を生み出すのである。

    戦争とは、多くの 場合、自分が絶対だと思い込むところか ら起きるのであるから。

      参考文献

      「希望のヒロシマ」平岡敬著(岩波新書)

      広島平和教育研究所ホームページ

      「平和事典」広島平和文化センター編

      広島市ホームページ


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      緑の党・ひろしま http://blogs.yahoo.co.jp/greenshiroshima 

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    by hiroseto2004 | 2014-03-01 23:47 | 反核・平和 | Trackback