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エコでフェアでピースな世界をヒロシマから国政へ!成長戦略から成熟戦略。誰もが置きざりにされない社会を。核兵器も原発もない世界を。役人からヘルパーへ。庶民増税より格差是正。ヒロシマの心活かす市民発・政界再編。


by hiroseto2004

【「誰もが置きざりにされない社会」をめざして(1)~現場を置きざりにしない介護保険を】

【「誰もが置きざりにされない社会」をめざして(1)~現場を置きざりにしない介護保険を】

「なんだ!これは!現場の方に、こんな給料で働いていただいていて、日本の将来は大丈夫なのか?!」

実地指導に伺ったあちこちの介護保険事業所で、給与台帳をめくりながら、そう叫びそうになるのを必死で抑えていました。

そもそも、わたくし、さとうしゅういちの政治活動の原点は、「小学校時代、東京で同じ小学生の時に広島で被爆した担任の先生にその体験を伺ったこと。」です。

 小学校時代に起きたチェルノブイリ原発事故の影響もあり、わたしは、以来、核の被害を受ける人が二度と出ないようにする世界をつくるため、政治家を志しました。

 時は流れて、わたくし、さとうしゅういちは、2000年に広島県庁に入庁。

 2002年からは、広島県内各地で介護保険を中心に、福祉・医療行政を担当させていただきました。山間部や離島、都市部など様々な地域を担当しました。

 2011年に退職後は、民間企業で三年間、介護施設の経営や管理に関する仕事をさせていただきました。

 冒頭の言葉は、介護保険事業所に実地指導に伺った際、給与台帳を拝見しながら正直に思ったことです。

 「俺は、ただ、こうやってチェックするだけの側。もちろん、適正に事業が行われているかどうかをチェックするのも大事な仕事。しかし、一方で、現場で汗を流している人の給料がこれでいいのだろうか?将来、この制度は持つのだろうか?」

 このような疑問を抱いたものでした。

 2007年5月、わたくし、さとうしゅういちは、ノルウェーに参りました。そこで、衝撃だったのは、ガソリン価格がちょうど日本の二倍だったことです。

 しかし、「ガソリン価格が二倍だった」ことについて、別に「それで問題はない」と次第に分かりました。

 教育も医療費自己負担も無料。そして、介護職員の方も、日本とは違い、公務員です。

わたしのような役人と介護職員で、同一価値労働同一賃金が貫かれているのです。

 不当な格差の上に成り立つ福祉制度が持続不可能であることは次第に日本でも明らかになっていきました。介護職員の離職率があまりに高いことがそのころからようやくクローズアップされてきたのです。

 そして、2009年度から、「少しは」介護職員の「処遇改善」も行われるようにはなりました。

 だが、現実には、まだまだ、特に男性が結婚をすると辞めていくという状態があります。

日本では、そもそも、こうした現場は女性が多くを担っていた。そして、あくまで家計補助の給料でよい、という風土があったわけです。

 もちろん、こうしたことの背景には、「いつまでも右肩上がりが続き」「男性の給料も上がり続ける」という大前提がありました。 その結果として、こうした不当な格差が温存されてきたと思われます。

そして、高度成長もバブルも終わり、世の中が変わって久しい現在でも、その時の遺物として、格差が温存されています。その結果、ご承知の通りの現場の惨状が広がっています。

システムそのものに問題があります。

たとえば、小規模多機能型施設などは、使い勝手はいいのですが、事業者にとっては、最初から経営が成り立たないような制度設計になっています。

さらに、社会保障を強化すると称して、消費税を引き上げたのにもかかわらず、むしろ、介護は切り捨てようという「医療・介護総合法案」が衆議院で野党の反対を押し切って強行可決されています。

それこそ、「ボランティアに任せればいい」といわんばかりの実態が、国のモデル事業が行われている東京都内の一部の区で先行して行われています。これが、全国に広がろうとしています。

足腰が痛い要支援の利用者に対して「デイサービス」を「卒業」し、「(他の利用者のための)ボランティアをしたら」などと勧められる事例も出ています。る事業者も出ています。さらには、掃除などの家事支援から、ボランティアによる家事支援に切り替えさせる、などの動きもあります。ちなみに、ボランティアのほうが、利用者にとっては年会費も取られるし、利用料も高いのです。

ボランティアとはそもそも「自発的」という意味ですから、半ば強制的にさせるのはそもそも間違いです。「お年寄りにも生きがい」を、というのであれば、体に無理がなくて、本人がやりたいことに内容を選べるようにすべきでしょう。

一方で、結局は、要支援者へのサービスカットを突破口に、自治体の裁量で、「ボランティア」中心に介護をしていくということになりかねない。「ボランティア」とは、聞こえはいい。

しかし、2000年の介護保険制度導入以来、紆余曲折を経て、ここまで苦労して専門性を高めてきた介護の質を低下させることになりかねません。何かあったときに、きちんと市区町村が指導できるのでしょうか?

東京では、これから、五輪を名目にハコモノ行政を都も各自治体も加速させていく危険があります。

しかし、日本も東京も、介護で働く若者も、利用しているお年寄りも置きざりにして、どこへ行こうというのでしょうか?

現実問題として、東京で行われたことが全国のモデルとなっているのが実情です。地方分権と言いながらも、各自治体は、やはり、東京に倣うところも多いのです。東京において「誰もが置きざりにされない」仕組みを作ることで、これをお世話になった広島も含む全国の皆さんに貢献したいと考えます。


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by hiroseto2004 | 2014-06-05 22:58 | 新しい政治をめざして | Trackback