さとうしゅういち

「介護の社会化」という原点に戻ろう

 今年は(公的)介護保険スタート10周年です。
 わたしは、かつて、県庁職員として2年間、介護保険を担当したことがあります。また、自分自身も92歳で要介護2の祖母が居ます。さらに、自身が取り組んでいる男女共同参画や労働問題でも、介護問題はひとつのキーワードです。ひとつは、家族の問題。ひとつは、介護労働者の労働条件の問題。どちらも深刻です。こうしたことから、介護保険がスタートして4月で10年を迎える今年、改めて「介護の社会化」の原点に帰る事を提言します。

 介護保険法の第一条(目的)には「この法律は、加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態となり、入浴、排せつ、食事等の介護、機能訓練並びに看護及び療養上の管理その他の医療を要する者等について、これらの者が尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行うため、国民の共同連帯の理念に基づき介護保険制度を設け、その行う保険給付等に関して必要な事項を定め、もって国民の保健医療の向上及び福祉の増進を図ることを目的とする。」とあります。

 この法律に基づき、2000年、現行制度がスタート。2006年、2009年にも大きな改正が行なわれていますが「市町村を保険者とする社会保険方式」の枠組みは変わっていません。

 法律の条文そのものからは、「社会化」を直接は読み取ることは難しい。しかし、制度が出来た背景として、「介護の社会化」をめざす女性たちの運動の力が大きかったのです。

 今でこそ、男性労働者も多く介護現場に居ますし、男性の家族が介護を担う例も増えています。しかし、10年前には、介護は家族による介護も、施設での介護も、多くは女性により担われてきました。

 家族内では、主婦である女性が当然のごとく、親や義理の親の面倒を見させられてきた。一方、地域で担う場合も、介護をボランティア的薄給で女性が担ってきた実態があります。

 これではたまらない、女性が自分のやりたいことができない。そもそも、地域のつながりや大家族などは壊れている。そういう中で、社会全体で介護を分かち合わないと、介護をするほうの家族がつぶれてしまうのではないか? そして、それにより、労働生産性も落ち、経済も駄目になっていくのではないか? そういう論理立てで「介護の社会化」が時代的要請としてあったわけです。言い換えれば、「高齢者だけでなく、家族を支援する」制度でもあったはずです。

悪化する「介護する側」の現実

 しかし、現実にはどうでしょうか? 確かに「介護される側」へのサービスは制度導入前に比べれば、それなりに充実したといえます。それは、間違いない。

 しかし、制度導入の背景となった「介護する側」のしんどさは変わっていないと思います。いや、悪化さえしている、と思います。

 まず、介護保険制度を担っている、介護労働者の条件は悪化している。

ヘルパー白崎朝子さんの『介護労働を生きる』を読む
http://www.news.janjan.jp/living/0905/0905093033/1.php

“いのち”に関わる仕事が派遣でいいの?
http://www.news.janjan.jp/living/0911/0911293790/1.php

 こちらの改善は、待ったなしです。自民党政権末期から野党の圧力を受けて、改善策は出されてはいます。政権交代を契機に、労働者派遣法(派遣ヘルパー)の問題も含め、抜本的な解決が望まれます。

 さらに、「要介護者の家族」のしんどさも悪化しています。2006年に介護保険法の「改正」が実施されると、サービスの給付が制限されました。多くの自治体で同居家族がいると、サービスを受けにくいという事態になりました。

 しかし、フルタイムの仕事があったら介護などなかなか難しい。何の支援もなければ、不可能とさえわたしは断言します。

 介護のために仕事をやめるなどして、経済的に困窮した挙句、自殺、殺人、心中というケースも続発しています。

 2009年3月には東京・荻窪で、23歳の孫が、就職活動と介護の両立に疲れた挙げ句、祖母を風呂に放置し、死なせてしまう事件がありました。

孫による祖母放置死事件 男性・若者も介護につぶされる
http://www.news.janjan.jp/living/0903/0903099085/1.php

 介護に男性・若者がつぶされた事件として、わたしも衝撃を受けました。

 2009年4月には、タレントの清水由貴子さんが自殺しました。介護疲れが原因とも言われています。介護のため、タレント業を辞めて派遣社員になり、それも辞めていた中でした。かなり精神的に追い詰められていたのではないでしょうか。

 広島県内でも、介護疲れから家に放火したなどという事件は起きており、新聞には大きく出ないボヤ程度なら日常茶飯事です。

 介護保険は、機能しているのだろうか? そう思わされます。特に、男性の介護者が、悩んだ挙句、事件を起こす割合が高い。広島県の調べでも、高齢者虐待の加害者の6割が、息子ないし夫によって起きています。

平成20年度高齢者虐待の状況の集計結果について(385KB)(PDF文書)
http://www.pref.hiroshima.lg.jp/www/contents/1177226156448/files/10000.pdf

「社会化」遅れれば、生産性も低下

 こうした現状を見るにつけ、今一度「介護の社会化」の原点に立ち返るべきだと思います。

 もちろん、サービス給付の充実は当然です。厚生労働省も、市町村に対して、同居家族が居るからといって安易にサービスを制限しないよう、通知はしています。

 その上で、社会全体で介護や育児を分かち合う、という考え方を共有化していくべきです。そうせざるをえない。

 繰り返すまでもなく、労働力人口の減少は避けられません。介護や育児を昔は大家族や地域で担ってきたという仕組みも機能しなくなっています。現実にも、介護や育児を一手に引き受ける専業主婦を抱えるほどの給料をもらえる男性も少なくなる(給料がどんどん上げられる時代ではないから当然)わけです。

 このままほうっておけば、いわゆる老老介護ももちろん大変です。が、荻窪での事件のような若者も含む、現役世代の人も大変です。介護の重荷で、現役世代が仕事が出来なくなったら、大変なことになります。既に、その兆候はあります。

介護保険法「改正」後に、激増した「介護離職・転職」
http://www.news.janjan.jp/government/0808/0808124447/1.php

 男性でも介護による離職者が増えています。このままでは、介護される側の高齢者も困ります。企業も困ります。

介護=高齢者・女性の問題に押し込めない

 ではどうすればよいか?

 「介護者支援法の制定」など、国や自治体としての「介護する人」への支援をまず先行させるべき、とわたしは思います。もちろん、現行の高齢者虐待防止法も正式名称は「高齢者虐待防止・養護者支援法」です。趣旨としては、虐待してしまう側への配慮も含まれています。しかし、やはり「介護する人」の支援を柱とし、虐待を未然に防ぐ法律も必要、と考えます。

介護のために自分の人生を楽しめなければ、それは人権侵害
http://www.news.janjan.jp/living/0803/0803283787/1.php

 介護問題は「高齢者だけ」の問題でもないという認識が広がってほしい。

 よく「高齢者福祉にお金を使って、若者にはお金が回ってこない」などという理屈で、社会保障費削減を正当化する人もいますが、とんでもない議論です。介護にキチンと取り組むことで、現役世代も助かる、という認識を共有化しなければならないのです。

 政治家も政治家です。財源も含めて、分かりやすい長期的なビジョンを示すべきです。たとえばガソリン税暫定税率維持にはわたしは賛成です。日本のガソリン価格は、多くのOECD諸国よりは安い。

OECD諸国のガソリン1リットル当たりの価格と税(2009年第1四半期)
http://www.mof.go.jp/jouhou/syuzei/siryou/133.htm

 ただし、わたしは、小沢幹事長や鳩山総理がおっしゃる「ガソリン価格が安定しているから」という(暫定税率維持の)理由よりも、「ガソリン価格は高いけど、介護や育児の不安はなくなり、環境にやさしい社会」をめざす、としたほうが説得力があると思います。自民党と違って、民主党政権では、ガソリン税が高くても、官僚の無駄遣いには流用しない(はず)ですから。

 制度の変更と同時に我々の文化も変えなければならない。すなわち、要介護の家族を持つ他者に寛容にならなければならないのです。
 そういうことも含めて、介護する側を応援すること。そのことを改めて、国民的な合意としようではありませんか。

 介護問題を「高齢者だけ」「女性だけ」に押し込めてはいけない。社会全体の問題として捉えましょう。