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by hiroseto2004

74年ぶりの戦時下国政選挙・・・ドーリットル空襲からダッカ・テロへ

74年ぶりの戦時下国政選挙・・・ドーリットル空襲からダッカ・テロへ

今回の参院選を、戦後の他の選挙と比べるのは、大変結構です。しかし、もうひとつ比べるべき対象はあります。

それは1942年のいわゆる翼賛選挙(第21回衆院選)です。
唯一の戦時中の国政選挙です。

1942年衆院選での戦争相手はアメリカ、イギリス、中国(国民党)。
2016年参院選での戦争相手は「イスラム過激派」です。

戦前の日本は1931年以降、「満蒙は日本の生命線」と称して、満州事変から日中戦争(当時はシナ事変と呼んだ)へと、海外派兵を際限なく拡大。とうとう、米英の逆鱗に触れ、1941年12月8日、西太平洋上において、対米英戦争に突入しました。そうした状況下で行われたのが翼賛選挙です。

そして、その翼賛選挙の最中の1942年4月18日、アメリカ軍と中国国民革命軍の共同作戦による「ドゥーリットル空襲」が敢行され、東京や名古屋で一般市民に犠牲者が出ました。

現代日本は「日米同盟は日本の生命線」として、2001年の9.11テロ後、中東への派兵をアフガンからイラクへ拡大。2015年1月29日、安倍総理がイスラエル国旗の前でイスラム国に宣戦を布告し、全世界で戦争状態に入りました。そして、開戦後初の国政選挙である第24回参院選が行われ、その最中の7月1日、親日国・バングラディシュの市街地で、日本人を狙ったテロが起きたのです。

翼賛選挙では、大政翼賛会系の当選者が381人、非推薦の当選者が安倍総理のおじいさんの安倍寛を含む85人で18.2%した。

今回の参院選では、自公おの当選者が77、民共社生と野党・市民連合系無所属が44となり、36.4%でした。

今回の参院選のほうが、翼賛選挙に比べれば2倍の割合の当選者を出しています。

それだけ、まだ、現代のほうが、言論の自由は表面的にはあると言うことです。

とはいえ、翼賛選挙当時でも骨のある人は居た。翼賛選挙は選挙法違反として訴え、見事に大審院で勝訴判決を勝ち取った鹿児島2区の落選候補者(もちろん、非翼賛系)がいます。

「自由で公正な選挙ではなく、規定違反の選挙は無効となる旨を定めた衆議院議員選挙法第八十二条に該当する」として選挙の無効とやり直しを命じるとともに「翼賛選挙は憲法および選挙法の精神に照らし大いに疑問がある」と指摘して国を厳しく批判無効との判決が1945年(昭和20年)3月1日出たのです。そして、1945年3月20日にやり直し選挙も行われています。このやりなおし選挙では翼賛推薦候補が票を減らしているそうです。後にも先にも、裁判による国政選挙やり直しはこの一回だけだそうです。

勇気ある有権者、良心的な裁判官がいたということです。

他方で、1944年=昭和19年にサイパン島が陥落するまで、身内が戦死でもしない限り、「戦争」を「身近なもの」として感じていた国民は少なかったそうです。

昭和18年頃、まさか2年後に東京も大阪も大空襲で焼け野原になり、沖縄が蹂躙され、ヒロシマやナガサキが起きるなど、誰が想像したでしょうか?ドゥーリットル空襲程度では、危機感はなかったのです。

翼賛選挙当時に比べれば2倍ある議会での議席と市民運動で、対イスラム過激派戦争から如何にして離脱していくか。少なくとも海外派兵という形で戦争を拡大させないか。

それが問われるのではないでしょうか?

さもなくば、74年前でさえ、「それなりに」暴走する権力への抵抗を示した当時の日本人に対しても申し訳ないのではないでしょうか?

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by hiroseto2004 | 2016-07-11 19:34 | 参院選2016 | Trackback