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庶民派知事で何があっても心配いらない広島を ヒロシマ庶民革命


by hiroseto2004
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「多様性の尊重」が「ポストモダン」の道連れにされるという惨劇・・・相模原大虐殺

 相模原大虐殺の報に接し、頭に浮かんだのは、社主自身がたびたび危惧を表明していたことが現実化してしまったのではないかということです。

 それは「多様性の尊重」が滅び行く「ポストモダン」の道連れになって、踏みにじられていくという問題意識です。

 1980年代後半、特に冷戦崩壊後一世を風靡した「ポストモダン」。

環境問題や情報公開、多様性の尊重などの文脈では「モダン」に不足していた部分を補う意味があったと思います。






他方、ポストモダンの時代は、「格差是正」、特に「階級格差是正」の観点が著しく欠落した時代だったと総括できます。

そうした中で、2000年代後半以降、特に、格差拡大によるほころびが日本でもアメリカでも欧州でも拡大していきました。

こうした格差拡大への不満が2010年代に入り爆発。

一方では、イタリアやギリシャ、スペイン、ポルトガルにおけるような新しい左派勢力の伸張をもたらしました。
一方では、排外主義や多様性の尊重への反感という現象を引き起こしたのです。

日本においては、ポストモダンへの反感が、新自由主義批判を引き起こした面もあったが、むしろ、古い自民党政治への郷愁を呼び起こしたり、それこそ、今回の植松被疑者による相模原大虐殺の思想的背景である「障がい者抹殺論」的なものを復活させているのではないかと思うのです。

実を言うとその兆候はあった。

自民党から乙武洋匡さんが立候補する話が出たとき、彼に対する批判が盛り上がったことです。
本社社主は自民党も乙武さんも全く支持しません。

しかし、ポストモダニズムが日の出の勢いだった1990年代だったら、乙武さんがあそこまで叩かれたでしょうか?
そのことを考えてしまったのです。

1990年代なら八代英太さんが障がい者で初の大臣に就任するなどの出来事もあった。
しかし、いま、2016年現在の日本は「恵まれた障がい者」である「乙武洋匡」を立候補断念に追い込んだのです。

新自由主義批判の空気と、障がい者差別の空気の双方が混ざり合っての乙武バッシングになったのではないか?
そのように思うのです。

あの乙武バッシングを見て、本社社主は「ポストモダンの終焉」を確信しました。
それとともに、「新自由主義への批判とともに、多様性を尊重しない空気も広がるのではないか。」
という懸念もいだきました。

そして、その延長線上に、障がい者を抹殺する!と正々堂々叫ぶ植松被疑者による相模原大虐殺が起きたのではないか?

このように考えてしまうのです。

ポストモダン的なもの憎しの勢い余って、障がい者抹殺論的なものが勢いづく。
そのような重大な歴史的な岐路に日本はあります。



by hiroseto2004 | 2016-07-30 20:26 | 思想・哲学 | Trackback