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by hiroseto2004

日露比に共通する「1985年以前をトリモロス」

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「新自由主義の破綻」と「1960年体制への回帰」や「1980年代への郷愁」

日本では、2012年12月16日の衆院選以降、安倍晋三総理の独走態勢が続いています。

ロシアでは、2000年に「今でもソ連共産党員証を大事に取っている」プーチンが大統領になり、2016年の国政選挙でも圧勝しました。

フィリピンでは、2016年、ドゥテルテが大統領に当選しました。
麻薬犯罪者をぶっ殺しまくる一方、共産党を閣内にいれ、NPAと和平を行うなどしています。
圧倒的な支持を得ています。

なぜ、こんなことになっているのか?

「1985年以前をトリモロス」というキーワードで実はくくれるのではないでしょうか?

日本では、1985年9月22日のいわゆるプラザ合意以降、円高が進みました。それまでの重厚長大型大手企業が牽引してきた1960年体制とでも言うべき体制が、これ以降、壁にぶつかったのです。

1960年体制とはだいたい、安保闘争と三池闘争が落ち着いた1960年頃に確立しました。
国(官僚組織)→重厚長大型の大手企業→企業内労組/自治体→大手企業男性世帯主・地域の中小企業というトリクルダウン構造です。重厚長大型の大手企業が右肩上がりで成長していくことを大前提としていました。他方で、そこから外れた人たち、たとえば、シングルマザーや非正規雇用者が大変悲惨な状況に置かれたのも確かなことです。

しかし、1985年の円高不況は、この60年体制の前提を大きく崩すことになります。
平行して、労働組合の解体が1987年の国鉄分割民営化へ向けて進んでいきます。
1986年の衆参ダブル選挙での中曽根自民党の圧勝はその方向を決定づけます。その代わりに、大都市の中上層階級が新自由主義を推進する主体として現れてきます。大手企業や公務員も、自民党の支持基盤たる医者や農民を叩くことでサービスやモノの価格を下げることで自らの生活を豊かにする方向を思い描いていきます。「内外価格差」論などもその一つです。
1990年代には、日本共産党と新社会党を除く全政党が新自由主義法案に賛成していきます。
そして、2000年代には小泉純一郎総理の時代に新自由主義を加速していきます。
こうした中で、貧困が拡大していきます。さすがに、自民党への怨嗟の声は広がり、2009年に民主党が政権を奪取します。だが、官僚の前に敗北し、信望を失い、2012年に安倍総理が政権を奪還してしまいます。

安倍総理は、円安政策と武器・原発(重厚長大)とハコモノに偏った積極財政を取ります。これは、1985年以前の状況に戻そうというようにも見えます。

ソ連では、1985年3月にゴルバチョフが書記長に就任。ペレストロイカを打ち出します。しかし、1986年4月のチェルノブイリ原発事故は、ソ連の崩壊を決定づけました。
1989年に東欧革命、1991年にソ連そのものが崩壊したのです。
しかし、民主主義の旗手として登場したエリツィンが大統領だった時代のロシア(1991~99)は経済は特にひどいモノでした。
プーチンは2016年現在も「年配者に年金を、若者に雇用を」取り戻したことを背景にバカ受けしています。

フィリピンでは1986年2月の革命までは独裁者のマルコス大統領と妻イメルダ(現下院議員)が君臨していました。それをコラソン・アキノをリーダーとした市民革命が打倒したのです。そして、曲がりなりにも息子のアキノ前大統領の任期が終わるまでその市民革命の流れ(本社社主は「アキノ体制」と呼びます)が続いていたのです。
その市民革命の流れが失望され、終了したのが今回のドゥテルテ当選だったと言えるでしょう。
ポストモダン時代にフィリピンの主流を占めた「アキノ体制」の間、フィリピンは中国やベトナムなど周辺のアジア諸国に経済面でも置いて行かれた。麻薬犯罪者は依然強い。そうした中で、マルコス時代への郷愁も背景にあったのではないでしょうか?

西側先進国の日本。そして、旧東側の盟主のロシア。そして、西側内途上国のフィリピン。

そこで、アメリカ的な意味での人権や民主主義に背を向けるリーダーが「1985年以前をトリモロス」という共通点で、バカ受けしているのです。

日本の場合、小泉純一郎さんの時代への反感の勢い余って、1980年代以前の日本の状況を懐かしむ気風は、自民党支持者はもちろんのこと、左派・リベラルにも根強くあるのではないでしょうか?

そのため、左派リベラルも総理の安保や原発政策は批判できても、経済政策を的確に批判し、対抗軸を提示できていない状況があるのではないでしょうか?

確かに、小泉時代はひどかった。
だが、1985年以前が良かったのか?
男女の賃金格差が今以上にひどかった時代が良かったのか?
公害がひどかった時代が良かったのか?
本社社主が小学校時代でも、東京ではよく光化学スモッグ警報が出たし、川はどぶのにおいがしたがそんな時代が良かったのか?
原発をつくりまくったあの時代が良かったのか?
そもそも、都市化や高齢化が進んだ現代日本に1985年以前のモデルが適合するのか?

少し考えただけでも疑問点は満載です。

「2016年現在の世界に適合した資本への民主的な規制」を国際的な話し合いをしながら行う。

「2016年現在の日本の状況に適合した、個人を尊重したセーフティネット」をつくる。

「3.11」とそれに至る経過を総括しつつ、「持続可能な社会」をつくっていく。

そうしたことが、今求められるのではないでしょうか?

アメリカで言えばバーニー・サンダース、ジル・スタインのような流れ、あるいは、スペインのポデモスなどの「反緊縮」の流れが民主主義や人権を大事にする側から出てこないといけないのではないか?

橋本龍太郎(1990年代)や小泉純一郎(2000年代)、クリントンやブッシュ被疑者のようなポストモダンの新自由主義にはNO。

しかし、だからといって、安倍(日)、プーチン(露)、ドゥテルテ(比)、さらにはトルコのエルドアンのような政治で良いのか?

それに対する対抗軸はしっかり打ち出す必要があるのではないか?
さもなくば、人権や民主主義、環境が、ポストモダンの道連れになって失われてしまうのではないか?

そのことを改めて危機感を持って訴えたいのです。
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by hiroseto2004 | 2016-10-10 16:20 | 思想・哲学 | Trackback