現代日本も規定する2.26事件への「カウンタークーデター」
2017年 02月 26日
現代日本も規定する2.26事件への「カウンタークーデター」
2.26事件から81年経ちました。
昨年亡くなった祖母から当時のことを良く聞かされました。
祖母は、その日、大学の定期テストを受けていたそうです。
突然、銃声が聞こえ、教授が「伏せてください」と言ったのを覚えている、といったものでした。
さて、ここで挙兵した皇道派の青年将校というのは、社民主義暴力革命を志向していたと思われます。
これに対して、統制派=東條英機らが巻き返し、「カウンタークーデター」を行ったのです。「反乱鎮圧」という形は取ったが、実際には、軍部統制派(国家社会主義者)が政党と青年将校双方の影響力を一掃することに成功したのです。
政党政治(軍人の岡田啓介内閣だが、実質的には立憲民政党が与党)も完全に終焉を告げたが、青年将校たちも弾圧された。
そして東條ら統制派が岸信介らいわゆる「革新官僚」(そして、社会大衆党など一部左翼)とともに軍国主義体制をつくっていったのです。
それは、現代にも影響を与えていると思います。
確かに敗戦と日本国憲法制定で民主主義と人権を日本国民は獲得したのだが、2.26事件に対するカウンタークーデターで失った「何か」を、日本人は取り戻せていないのではないか?それはわたしの問題意識の中にあります。
そして、その「何か」を取り戻せないままに革新官僚・岸信介の孫にして平成の東條英機とも言える安倍晋三が暴走する結果となっているのです。
安倍晋三の場合も、「カウンタークーデター」で政権に返り咲いたと言えなくもない。
2011年から2012年頃、民主党政権への不信とともに、既成政党に対する不満が高まっていた。ある種の革命への指向性みたいなものは当時もあったと思います。
ただ、2012年衆院選においては蓋を開けてみれば、非自民票を食い合う結果となり、安倍自民党が漁夫の利を得る結果となったのです。2013年参院選も同様の傾向が続いた。その当時の市民派は「青年将校」の役目を果たしてしまったと言えなくもありません。この点はわたし自身も自省するところがあります。「野田佳彦(平成版政党政治)に天誅」を加えたものの、「安倍晋三(平成版東條英機)」をアシストしてしまったという意味で。
歴史は繰り返した。
そういう気がしてならないのです。
そして、2.26事件で失い、敗戦と日本国憲法を経ても回復できなかったその「何か」とはなんなのか?
やはり「一定程度のお上への反抗精神」ではなかったのか、と思います。戦前はストライキとかも起きまくっていたし、女性運動(当時は婦人運動と言った)もかなり激しいものがあったのです。
2.26事件へのカウンタークーデターは、ハッキリ言ってしまうと、日本のムラ社会的なものを復活・強化してしまったのではないか。あの結果は、人々の「下手に動いても失敗して自分が無駄死にするだけだ」という潜在意識を強めてしまったのではないか?それは今にも受け継がれているのではないか?そう思うのです。
by hiroseto2004
| 2017-02-26 19:38
| 歴史
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