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by hiroseto2004
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「橋下的な雰囲気を恐れて組合旗をたたんだ」のなら、反省しないといけない

「橋下的な雰囲気を恐れて組合旗をたたんだ」のなら、反省しないといけない

本社社主(元連合・自治労広島県職員連合労働組合支部執行委員/労働組合・生存のためのメーデー広島実行委員会執行委員長/自治労連広島介護福祉労組組合員)
さとうしゅういち

2011年から2013年頃、とみに、デモなどにおいて「組合旗厳禁」ということが一世を風靡したことがありました。本社(広島瀬戸内新聞)もそういった流れを「是」とした時期があったのは間違いありません。

もちろん、戦国時代のように、「**組合」「**団体」という旗差しものがやたら林立するデモに、一般人がなかなか参加をためらうのも分からないではありません。

また、「団体名」ばかりがめだって、そのデモの趣旨、たとえば「**法改悪反対」「シリア攻撃反対」とか「イラク攻撃反対」「共謀罪反対」などの政策スローガンが埋もれて何のデモをしているのか傍から見てわかりにくい、という笑えない実態もあるのも確かです。

しかし、そういうことを是正するなら良いですが、そうではない文脈で「組合旗(団体旗)」を厳禁していたのではないか?そうだとすると反省しなければならないのではないか?

2011年~2012年当時の時代状況を考えると、橋下徹さんがバカ受けしていた時代でした。

とにかく、「既成政党・既成組織に天誅!」「維新!」という雰囲気が充満していました。

そういうことに影響されて、組合旗をたたんだとしたなら、それは問題ではないか?そのように思うのです。

「俺は違う」と反論されるかもしれませんが、やはり潜在意識のどこかに「橋下徹がバカ受けする時代の雰囲気」にびびってはいなかったか?

本来、「掲げるスローガン」について、幅広い人々に賛同して頂くのが、目的とするならば、そういう工夫をすれば良いだけのことです。組合や団体の旗は「押さえ気味」にして、「当該デモのテーマ」を伝える表現を豊かにすればいいのではないか?

「既成政党・組織に天誅!」という雰囲気に流されて、市民の支持を得ようとしてもそれは一過性のものです。

そして、「天誅」を加えたところで、本当に高笑いしたのは、間隙を突いて2012年衆院選挙で復活した自民党・安倍総理でした。

その「天誅!」という雰囲気そのものも、「生存権を守る」ことに資するものではなく、その後、「生きることさえ既得権益呼ばわりして打倒しかねない」ことにつながりました。
「生きることさえ既得権益呼ばわりして打倒しかねない」というのは、長谷川豊さんや、相模原大虐殺の植松聖被疑者が良い例でしょう。植松被疑者などは、まさに「生きるという既得権益を打倒」してしまったのです。

そういう流れに実は、本紙も含むリベラル派が2011年から2013年前半頃の段階で迎合していたのではないか?そのように思うのです。

迎合した結果、「橋下徹」を調子に乗らせ、「森友問題」を引き起こし、2016年には「長谷川豊」や「植松聖」を発生させた原因の一部はわたしたちにあるのではないか?

いまこそ、そのことへの反省をしなければならないのではないか?

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by hiroseto2004 | 2017-04-16 20:51 | 思想・哲学 | Trackback