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by hiroseto2004

【備忘録】「旧・新自由主義」(橋龍~小泉)と「新・新自由主義」(橋下)、「バブル復古主義」(安倍)

【備忘録】「旧・新自由主義」(橋龍~小泉)と「新・新自由主義」(橋下)、「バブル復古主義」(安倍)

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日本の新自由主義化の段階には大きく分けて二段階あるでしょう。
一つは、1980年代後半から1990年代にかけての「旧・新自由主義」とでもいうべきもの。
このときの新自由主義は、財界が、従来は野党支持層だった大都市の大手企業正社員や公務員(≑連合組合員)の大半も巻き込んで進めました。
攻撃対象は、農民、医者、中小商店主、郵政、国鉄などです。農民や医者や中小商店主、郵政については、「こいつらが既得権益をむさぼっているから、日本の物価は高いんだ!」という論調を経団連が煽り、それに「消費者の利益」を大義名分に攻撃対象となった国労や郵政を除く大半の連合組合員も乗っかってしまった。
裏では「新時代の日本的経営」(1994年から1995年)ということで、非正規雇用を増やすことを決定していたのですが、多くの正社員・公務員も、民主党はもちろん、連合や社民党でさえも、1990年代後半の労働法制改悪は賛成してしまっていた(秋葉忠利さんら一部造反議員を除く)のです。
これから就職する若者については、非正規労働者にして調整弁とすることで、団塊世代やバブル世代の大手や公務の正規労働者も同意してしまったのです。
この時代の代表的な政治家は1987年の国鉄解体の運輸大臣であり、1997年ころの怒濤の新自由主義構造改革を進めた橋本龍太郎(故人)でしょう。
この時代は、日本共産党と新社会党を除く全ての政党が新自由主義に賛成していたのです。日本共産党でさえも、個別の法案には断固として反対したが、「敵」の「正体」を「新自由主義」と呼ぶことはしていなかったのではないかと思います。(特に日本共産党員の方、間違っていたら指摘して頂きたい。)
その橋本を当時は新自由主義寄りから煽り立てたのは総裁選の対抗馬で郵政民営化一本槍の小泉さんと、当時は、新自由主義・海外派兵推進のチャンピオンだった小沢一郎さんでした。
もちろん、生活者ネットとか市民派的な特に女性や若手の議員もこの時期から一世を風靡しました。しかし、そういう方々は新自由主義にそこまで反対したかと言えばそうではないと思います(失礼があったら訂正して頂きたい。)もちろん、日本が遅れていたジェンダー平等とか情報公開、環境などの面で特に当時の女性や若手の議員が果たした役目は大きいと思いますが、システムとしての新自由主義批判は弱かったと思うのです。
さて、橋本はそうはいっても、1998年の参院選で惨敗。しかし、共産党とともに躍進したのは、まだ新自由主義色が濃い民主党であり、自由党でした。従って、橋本構造改革への批判は十分にされないまま、2000年代に突入。
その結果として、2001年には小泉純一郎政権が発足。郵政や「地方」への攻撃がさらに強化されていきます。2005年の「郵政選挙」と郵政民営化は「旧・新自由主義」の終着点でした。
こうした中で、2003年に民主党に入党していた小沢一郎さんは、社民主義・護憲寄りにスタンスを変更。2006年に代表に就任し「国民の生活が第一」を掲げたわけです。
新自由主義に疲れていた国民にはこれはウケた。2007年参院選での圧勝、2009年衆院選での政権獲得につながったのです。
特に、正社員や正規公務員以外の人は「旧・新自由主義」の元で大きく痛んでいたわけで、そこに大きく民主党が支持層を広げることになります。
他方で、新自由主義でひどい目に遭った自営業者や団塊ジュニア~ポスト団塊ジュニアくらいの非正規雇用者の中には、「正社員・公務員の既得権益」、さらにはその層の「卒業生」である「団塊老人」およびその利益代表である「既成政党」「連合・自治労・日教組」に「天誅!」を加えることに展望を見いだす向きもありました。

彼らが「みんなの党」「大阪維新の会」などを持ち上げていった面は多々あります。「共産党と橋下さん両方好き」という人が結構おられるのも、そういうことです。

また、これらの新党の個人主義的な側面が目立ったことで、既成政党の「古さ」を嫌う大都市部で主にウケたと分析できます。「橋下さん」や「みんなの党」については「新・新自由主義」と呼ぶことができます。

さらに、3.11以降は、原発利権への反発が強まった。そのこと自体は結構なことだが、その勢い余って既成政党全般に「天誅!」を加える向きもあった。

 このころ、民主党自体が、官僚に敗北し、失望されていった。せっかく、「国民の生活が第一」だったのに「旧・新自由主義」(そういう認識はされていないで「既得権益」という表現をされていた)に回帰しているのではないか?そういう失望が国民に広がっていった。

そうした中で、2012年、安倍晋三さん率いる自公が「間隙を縫うようにして」政権を奪還したのです。安倍さんは、どちらかといえば「1980年代のバブルのようなものを復活させる」幻想を振りまいて、地方(新自由主義や原発、基地でひどい目に遭っている東北や沖縄を除く)の主に上層を固めたうえで、大都市部での反自民・非自民票の分裂に乗じて独裁態勢に入っています。

この頃の状況と2.26事件の頃を比較すると以下のことがいえます。
2011年~2012年頃の「既成政党への天誅」的な政局=2.26事件
2012年総選挙=東條英機ら「統制派」による権力掌握。
民主党など既成政党や既存労組=2.26事件における高橋是清
団塊世代=斉藤実や牧野伸顕ら元老。
「我々」=上記に天誅を加えた2.26事件における青年将校(具体的な行動は、橋下さんを支持したり、新党を立ち上げたり、選挙を日和ったりなどまちまち)。
安倍晋三=東條英機ら統制派。
このようにたとえられます。

安倍バブルにより、首都・東京では財政的な余裕も生じている。こうした中で、小池百合子知事が、大都市の中間層を主な支持基盤としてウケているという状況になっています。小池知事は、1990年代の橋本龍太郎政権時代の野党第一党の新進党や1930年代の立憲民政党(永井柳太郎)に似た新自由主義とタカ派と一定の社会政策と(都民限定の)多様性尊重という路線を取り、野党共闘を侵食しています。

安倍自民党=バブル復古主義。政策的には地方上層を主な基盤とする立憲政友会的路線を取りつつ、東條英機的ポジションをうまく取る。
小池ファースト=東京中心の(主には)旧・新自由主義。立憲民政党的路線。
大阪維新=大阪中心の新・新自由主義(2.26事件の青年将校的な役回りをさせられる)

これらに対して
「個人を尊重」しつつ、「格差を縮小する」の路線を取る政治勢力の結集が今求められるところです。
野党共闘はそうなるべきところですが、民進党が都議選で議席ゼロになりかねない状態です。
 主に1980年代後半以降、「組織から漏れた個人を救おうとする勢い余って」が「新自由主義」(1990年代は橋本構造改革、2000年は小泉)や、結果として「平成の東條英機」安倍総理らを利する「既存物」への「天誅!」に回収される歴史が繰り返されてきました。ここで、打ち止めにすることが必要です。

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by hiroseto2004 | 2017-05-07 18:51 | 安倍ジャパン | Trackback