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エコでフェアでピースな世界をヒロシマから国政へ!成長戦略から成熟戦略。誰もが置きざりにされない社会を。核兵器も原発もない世界を。役人からヘルパーへ。庶民増税より格差是正。ヒロシマの心活かす市民発・政界再編。


by hiroseto2004
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被爆体験 海外で証言へ 横浜港を出発 ICAN参加のピースボート

行ってらっしゃいませ。





被爆体験 海外で証言へ 横浜港を出発

ノーベル平和賞を受賞したICAN=核兵器廃絶国際キャンペーンの国際運営団体であるNGO「ピースボート」は、受賞後初めてとなる海外での被爆体験の証言活動を行うことになり、8日被爆者らが横浜港から出発しました。

東京のNGO「ピースボート」は、去年ノーベル平和賞を受賞したICANの中核をなす国際運営団体で、被爆者が船に乗って各国を訪れ被爆体験を証言する活動を行ってきました。

ノーベル平和賞の受賞後初となる証言活動がオーストラリアで行われることになり、8日は横浜港で出発を前に広島や長崎の被爆者らが会見し、核廃絶を訴え続ける意義を強調しました。

最高齢の三宅信雄さん(88)は「核廃絶には時間がかかるがICANのように若い人たちと取り組めることは非常に意義がある」と話し、1歳で被爆した杉野信子さん(73)は「少しでも役立てるならと参加した。受賞で高まった核廃絶への機運をしぼませないよう頑張りたい」と意気込みを語りました。

ICANの国際運営委員で、「ピースボート」の川崎哲共同代表は「受賞をお祭りごとにして終わらせず、核兵器禁止条約の発効に向けさらに力を入れていきたい」と述べました。参加者は、オーストラリアの各都市で被爆体験を証言し、2か月後に横浜港に帰港する予定です。

参加の被爆者「核廃絶の思いつなぎたい」

今回の取り組みに参加する被爆者の1人、東京 世田谷区の杉野信子さん(73)です。1歳半のときに広島で被爆した杉野さんは、爆心地からおよそ1.3キロの自宅にいて、母親と倒壊した家屋の下敷きになりながら生き延びたと母親から伝えられました。

一方、爆心地付近にいたとみられる当時13歳の兄は遺体さえも見つからず、8歳の姉は大やけどを負い、原爆投下から20日後に亡くなったということです。杉野さん自身も、後遺症におびえながら生きてきたといい、40歳でがんを患いました。

自身は、直接の体験の記憶がないため、自身より年配の被爆者の証言活動を手伝ってきましたが、高齢化に伴い活動が難しくなる人が増えてきたことから、6年前から徐々に「ピースボート」の活動に参加し、自身の経験を語るようになったといいます。

今回、ICANのノーベル平和賞受賞後初めてとなる活動に参加することになり、前日まで証言する内容を整理したり資料を見直したりして準備を重ねてきました。

杉野さんは証言を引き受けた理由について、「これまで多くの先輩たちが証言を続けてきたことでノーベル平和賞の受賞につながったと思います。その先輩たちが亡くなっていく中、被爆当時、1歳だった私の証言でも世界の人に届けていく意味があると考えました」と話しました。

そして、「平和賞の受賞を喜ぶだけでなく新たな力にして、被爆者が生きているうちに、本当に世界から核兵器が無くなってほしい。そのために自分のできることを頑張って若い人に核廃絶の思いをつないでいきたい」と語っていました。

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by hiroseto2004 | 2018-01-08 18:09 | 反核・平和 | Trackback