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庶民派知事で何があっても心配いらない広島を ヒロシマ庶民革命


by hiroseto2004

金融恐慌~橋本龍太郎退陣から20年ーーあのとき新自由主義の総括が出来なかったのが痛かった

金融恐慌~橋本龍太郎退陣から20年ーーあのとき新自由主義の総括が出来なかったのが痛かった

「走れ走れ龍太郎、小沢小泉かきわけて、走れ走れ龍太郎 追いつけ追い越せネオリベラル」
「走れ走れ龍太郎、拓銀山一振り落とし、走れ走れ龍太郎追いつけ追い越せネオリベラル」
20年前の1997年末から1998年前半にかけて、本社社主はこんな替え歌を歌っていた。
当時は、新進党党首だった小沢一郎さん、橋本と総裁選挙を毎回争った小泉純一郎さんこそがネオリベラル(新自由主義)の総本山であり、特に小沢一郎さんこそが海外派兵の急先鋒でもあった。(その後、2003年の民主党入党を契機に小沢さんは社民主義寄り・護憲寄りに路線転換する。これは小泉さんが自民党総裁になって、新自由主義・海外派兵路線のお株を奪ったことで、小泉自民党との差別化という意味もあったと思う。)
その小沢・小泉のお株を奪うようにネオリベを突き進んだのが橋本龍太郎(当時、総理)であり、ネオリベ法案には、日本共産党と新社会党を除く全政党、著名な知識人では内橋克人と西部邁以外のほぼ全員が賛成する有り様だった。
しかし、橋本の新自由主義路線は、凄まじい金融恐慌を引き起こした。1998年の自殺者は3万人を突破。怨嗟の声が広がり、橋本は1998年7月の参院選で惨敗し、退陣した。
橋本が退陣したのは良かったのだが、新自由主義への批判が明確にならない形での退陣だったのは禍根を残した。参院選で躍進した日本共産党はともかく、民主党、自由党はむしろ、自民党の主流よりは新自由主義的でさえあり、自由党(小沢一郎さん)に至っては、自民党以上に海外派兵推進であった。
参院で過半数割れを喫した自民党は、小渕恵三に総裁をすげ替えた上で、自由党を連立に引き込み、自民党本体よりもむしろ先鋭的な海外派兵推進に舵を切る。経済政策面では新自由主義への反省は弱く、財政政策では積極財政に舵を切ったのは良いとしても、労働者派遣法の緩和やお金持ち減税などは、大きな禍根を残した。海外派兵推進と中途半端な経済政策という意味では小渕政権は安倍政権の先行事例とも言える。その後、小渕政権~森政権を批判する形で小泉純一郎さんがバカ受けする。結局、その根源も、新自由主義への批判が弱かったからである。小渕・森政権に代るものが「小泉新自由主義しかない」ように見える状況に2001年当時あったからである。
結局、新自由主義への反省無きまま、日本は2000年代、そして2010年代を失おうとしている。


by hiroseto2004 | 2018-01-29 21:09 | 歴史 | Trackback