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by hiroseto2004
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秋篠宮のおっしゃるとおりだが

大嘗祭公費支出はおかしい

秋篠宮がおっしゃるとおり、大嘗祭に公費支出はおかしい。大嘗祭は皇室の私的な宗教イベントであり、皇室の私的活動費にあたる内廷費で賄うべきだ。
秋篠宮さまは三十日、五十三歳の誕生日を迎えられる。これに先立ち、東京・元赤坂の宮邸で妻の紀子さまとともに記者会見に臨み、皇太子さまが新天皇に即位後の来年十一月に行う宮中祭祀(さいし)の「大嘗祭(だいじょうさい)」について「宗教色が強いものを国費で賄うことが適当かどうか」と疑問を呈し、皇室の私的費用の「内廷費」で対応すべきだとの考えを示した。政府は公費の「宮廷費」から支出する方針を決めており、皇族が公の場で、政府方針に異を唱えたのは極めて異例。 (小松田健一)
 秋篠宮さまは会見で、「宗教行事と憲法との関係はどうなのかという時に、やはり内廷会計で行うべきだと思っています」と述べた。三十年前の平成の大嘗祭のときからの持論だったという。
 前回は大規模な大嘗宮の建設などで二十五億円を超える宮廷費が支出された。同じ規模なら、天皇家と皇太子家の生活費を含む内廷費(年間約三億二千万円)では賄いきれないが、「大嘗祭自体は私は絶対にすべきものだと思います。ただ、できる範囲で身の丈に合った儀式で行うのが、本来の姿ではないかなと思います」と語った。宮内庁長官にも持論を伝えていたといい、「話を聞く耳を持たなかった。非常に残念なことだった」とも話した。
 即位関連儀式は、内閣の助言と承認に基づく国事行為と、宗教色のある私的な皇室行事に大別される。大嘗祭を含む一連の宮中祭祀は皇室行事だが、政府は「重要な伝統的皇位継承儀式で公的性格が認められる」との理由で前回と同様、宮廷費から支出する方針を決めている。
 また、長女眞子(まこ)さま(27)と国際基督教大学の同級生だった小室圭さん(27)との結婚が、二〇二〇年まで延期された件は「問題をクリアしなければ、婚約に当たる納采(のうさい)の儀を行うことはできません」と述べ、現状の正式婚約に難色を示した。小室さんの母と知人との間に金銭トラブルがあるとの複数の週刊誌報道を念頭に置いたとみられる。
 秋篠宮さまは来年五月一日に皇太子さまが新天皇に即位すると、新たに設けられる地位の「皇嗣(こうし)」となり、皇位継承順第一位の皇族として実質的な皇太子の役割を担う。
◆平成大嘗祭 経費25億円
<大嘗祭> 天皇が即位後、初めて迎える新嘗祭(にいなめさい)。古事記や日本書紀にも記述があり、奈良時代以前から行われていたとされ、皇位継承に伴う最も重要な宮中祭祀と位置付けられている。皇室財政が窮乏した15世紀の戦国時代に中断し、江戸時代の17世紀後半の東山天皇の即位時に復活した。具体的な所作は明らかにされていないが、新穀を天照大神(あまてらすおおみかみ)や祖先に供え、天皇自らも食して五穀豊穣(ごこくほうじょう)と国の平安を願う。平成の大嘗祭は1990年11月22~23日に行われ、皇居・東御苑に儀式を行う「大嘗宮」を建築。経費総額は25億6000万円で、国費の宮廷費から支出した。
 一連の即位儀式をめぐり憲法の政教分離規定に反するとして各地で訴訟が起きたが、いずれも原告が敗訴。95年の大阪高裁は原告の訴えを棄却したが「政教分離規定違反の疑いを一概に否定できない」と指摘した。最高裁は国費投入について憲法判断をしていない。

問題は、「秋篠宮の「御言葉」で公費支出は取り止め」となると皇族の発言が国政に影響を与えたことになり、違憲になってしまう。それはそれで、立憲主義の破壊で危険だ。

「国民の声」(具体的にはたとえば日本共産党が躍進する中での政権交代とか)か、現在、一部市民有志により、大嘗祭予算支出違憲訴訟が提起されている中での「違憲」の「司法判断」か。これが根拠になる形で公費支出取り止めが望ましいと思う。

ちなみに大嘗祭は天皇即位後初めての新嘗祭のことを言う。しかし、皇極天皇のころにまだこのイベントが始まったばかりの頃は、大嘗祭と通常の新嘗祭の区別がなかったという。

通常の新嘗祭よりでかいイベントとしての本格的な大嘗祭を最初にやったのは天武天皇とされる。
だが、天武天皇は実権はあったが、名目上はあくまで近畿日本(ひのもと)国の王であり、当時の列島を代表する政府の倭国の天皇ではなかった。(日本国を建国した文武天皇により追贈されたと推定される。)大嘗祭そのものは、即位とも結び付かなかった。

当時は倭国・高市天皇(たけちてんのう)が皇位にあったと推定される。

大嘗祭を始めたのはその倭国・高市天皇だが、高市天皇は696年に藤原不比等と文武天皇の凶刃に倒れ、倭国は滅亡。日本国としての大嘗祭を始めたのは日本国の初代天皇・文武天皇だろう。

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by hiroseto2004 | 2018-11-30 16:58 | 歴史 | Trackback