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by hiroseto2004

【古代史】「新たな簒奪」を防ぐために「蘇我王朝」を消した「蘇我系」天皇たち

【古代史】「新たな簒奪」を防ぐために「蘇我王朝」を消した「蘇我系」天皇たち

 持統天皇とされる人物は、実は蘇我王朝の人間である。母親は間違いなく、蘇我王朝の倉山田石川麻呂大王の娘である。
 
 あるいは、元明天皇も、母親は倉山田石川麻呂大王の娘で、息子の文武天皇も、系図を鵜呑みにするなら蘇我氏の血が濃い。

「7世紀前半の近畿地方は蘇我王朝支配下だった」「舒明天皇は蝦夷大王の替え玉(同様の諡の九州王朝の天子はいた可能性は否定できないが)」「皇極天皇は入鹿大王の替え玉(斉明天皇は、九州王朝倭国の天子として実在したろう)」「孝徳天皇の前半は実は蘇我倉山田石川麻呂大王」「天武天皇は、斉明天皇と前夫の蘇我入鹿大王の息子」というわたしの「仮説」の「弱点」は以下だ。

「日本書紀の編纂に介入できる立場だった、持統天皇とされる人物(実際は、即位していなかったか。この時代はまだ九州王朝のラストエンペラー・高市天皇の時代だったとも思われる。)や、文武天皇、元明天皇、元正天皇らが蘇我氏の血が濃いのに、なぜ、蘇我氏を正統な王朝と認めるよう介入しなかったのか?」
という疑問である。

「天皇といえど、百済王こと庫持皇子こと藤原不比等の権力に逆らえなかった」
と言う面はあるだろう。しかし、それだけではあるまい。
蘇我系天皇たちも、これ以上、他の人間に皇位を奪われるのを防ぎたかったのではないか?

「蘇我王朝」の存在を認めてしまうと、蘇我王朝が一度断絶して、中大兄皇子が少なくとも近畿地方の覇権を握り、しかるのちに蘇我王朝出身の天武に打倒されたことになる。何度も王室が交替したことになる。そんなことを「史実」と認めたら、新たに皇位を奪おうとする人間に隙を与えてしまう。

だから「蘇我王朝」の存在は日本書紀では抹殺され、いかにも「万世一系」だったように偽装されたのだろう。蘇我系天皇たちは、万世一系の中に自分自身を位置づけ、身を守ろうとしたのだ。

ちなみに、蘇我王朝+九州王朝のミックスルーツである天武朝は、孝謙天皇を最後に滅んでしまう。

そして、天智天皇(九州王朝斉明と、百済武王のミックスルーツか)系+百済系の「桓武・京都王朝」に代わる。なお、さりとて、「九州王朝」(倭国)がそのまま続いたことにしなかったのは、九州王朝の斉明天皇がやらかした白村江の戦いでの唐への賠償責任を免れるためだろう。

血筋的には、九州王朝のラストエンペラー・高市天皇を696年に暗殺し、翌年皇位を奪った文武天皇を初代とする日本国(701年正式発足)=ヤマト王権も斉明天皇をルーツとする「後期九州王朝」と言っても良いだろう。

しかし、唐に対しては、日本が倭に取って代わった翌年、すなわち、702年の遣唐使で報告している。

「日本国は倭国の別種なり」(旧唐書)とある。
「倭の別種の日本が、最初は小国だったが、倭を併合した(滅ぼした)」と唐も「理解」し、「以降は遣唐使をよこすことを条件に勘弁してやった」という辺りが真相だろう。

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by hiroseto2004 | 2019-04-14 20:45 | 歴史 | Trackback