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エコでフェアでピースな世界をヒロシマから国政へ!成長戦略から成熟戦略。誰もが置きざりにされない社会を。核兵器も原発もない世界を。役人からヘルパーへ。庶民増税より格差是正。ヒロシマの心活かす市民発・政界再編。


by hiroseto2004

8・6ヒロシマ平和の夕べ

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被爆体験は記念日千枝子さん。15歳で被爆しました。
「広島が発展したのは戦争だった。広島は加害の基地でも
あった。宇品は陸軍の港だった。日本唯一の陸軍運輸部という
役所があった。また、陸軍を支えるために兵器廠、被服廠、糧秣廠があった。」
と指摘。
(糧秣廠は兵士の食料と馬の食料を生産。)
「たくさんの馬が中国にはトラックの代わりに送られた。城の外は麦畑、コウリャン畑ばかりだったからだ。出生見送りの際は兵士より馬が気になった。はしけにのせて沖合いの輸送船へ行き、馬はクレーンで積み上げられ、とても悲しそうな鳴き声を出していた。」
「原爆では宇品港は損害は少なく、たくさんの兵士が帰ってきた。
誰も迎えにいかず、やつれ果てていた。終戦の翌年専門学校に入った。万歳で送っておきながら迎えにいかないのはおかしい。と考え、「海外同胞救出学生同盟」を立ち上げ、迎えに行った。」
「引き揚げ援護局が、レコードをかけていた。」
切明さんは原爆が落ちたときはタバコ工場で働いていたそうです。
タバコは陸軍用、海軍用、一般用の三つしかなかった。
7時半に出勤で、宮城を最敬礼したそうです。
それが終わってから工場に入りました。
タバコに砂糖と香料を混ぜて巻きタバコにしたそうです。
その日は外科にいく日でした。比治山で川上に歩いていました。
「木造倉庫に入った瞬間に閃光が光り、爆風で地面に叩きつけられ気絶しました。」
「当たりはシーンとしていたのでなんとか這い出しました。あたりは真っ暗でした。道を振り替えると道路の両側は家が全て倒れ、橋の向こうは火の海だった。
たくさんの人が火がついた人がやってきた。」
「宇品方向は大丈夫だったのでそちらへ帰った。」
「学校にはどんどん市役所付近で作業中の1、2年生の下級生が帰ってくるが、ボロボロになって帰ってきた。菜種油塗るのが精一杯。」

「下級生を露天で焼いていった。かわいそうだったが涙が出ずに必死だった。さくら色の骨が見えた。ようやく涙が出た。これが15歳のわたしの経験だ。平和とは一生懸命努力しないと、飛んでいってしまう。」
と力を込めました。
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沖縄からは高里鈴代さん。
3年前に女性が海兵隊に拉致された事件に対しての抗議集会の画像を紹介。
その後、長崎に原爆投下したグラマン機が沖縄によって給油しテニアン島に戻ったという事実を長崎で知って衝撃を受けたそうです。
沖縄に本土を守るため、32軍をつくり、145も慰安所も設置したそうです。韓国からも台湾からも本土からも、沖縄からも慰安婦にされ、さらに日本軍がいなくなったあと置き去りにされました。
その後はどうか?まとまって25000人も米軍が集中しているのは世界では沖縄だけです。
それまで女性もドルの稼ぎ手とされていましたが、1995年の少女暴行事件が発生しました。
1996年のSACO合意で普天間基地辺野古移設、北部訓練場の半分返し、高江にヘリパッドをつくることが決まりました。
海兵隊や軍隊の削減にはなっていません。
日米地位協定により、ヘリの事故があっても現場には消防隊が入れないのです。
米兵のレイプをうけた経験のある女性が20年後=2005年に知事に公開書簡を出しました。「どうして我が物顔に軍隊が歩いているのか?」
と。
町村外務大臣は、国会答弁で手紙は批判。
2012年にも集団レイプが発生。オスプレイ配備への抗議行動の最中でした。明確にアメリカにつたわっていないということです。







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沖縄からは元沖縄市議の高里鈴代さんが「沖縄と女たち 人権、基地、軍隊」と題して訴えました。
冒頭、3年前に女性が海兵隊に拉致された事件に対しての抗議集会の画像を紹介。
高里さんは、長崎に原爆投下したグラマン機が沖縄によって給油しテニアン島に戻ったという事実を長崎を訪問した際、
知って衝撃を受けたそうです。
戦時中の日本軍は、沖縄に本土を守るため、32軍をつくり、145も慰安所も設置したそうです。韓国からも台湾からも
本土からも、沖縄からも多くの女性が沖縄で慰安婦にされ、さらに日本軍がいなくなったあと置き去りにされてしまいました。
その後はどうか?「まとまって25000人も米軍が集中しているのは世界でも沖縄だけ」と高里さんは強調します。
そんな中で、女性も(アメリカ兵を相手にした)「ドルの稼ぎ手」とされていました。
戦時中から、アメリカ軍がやってきてからあとまで、沖縄の女性が置かれてきた位置がよく分かりました。

1995年の少女暴行事件が発生しました。それを契機に1996年のSACO合意で普天間基地辺野古移設及び、
北部訓練場の半分返し、高江にヘリパッドをつくることが決まりました。
だが、これは、海兵隊や軍隊の削減にはなっていませんでした。

また、日米地位協定により、ヘリの事故があっても、(米軍基地の外の民有地であっても)現場には消防隊が入れないのです。

米兵のレイプをうけた経験のある女性が20年後=2005年に知事に公開書簡を出しました。
「どうして我が物顔に軍隊が歩いているのか?」
と。当時の稲嶺知事は、それに丁寧に返事をだしました。沖縄選出の国会議員もこれを国会で取り上げました。
だが、当時の町村信孝外務大臣は、国会答弁で手紙を批判したのです。
2012年にも米兵による集団レイプが発生しました。
当時は、沖縄県内はオスプレイ配備への抗議行動の最中だったにも関わらずです。
沖縄県民の怒りが、明確にアメリカにつたわっていないということだ、と高里さんは
訴えました。

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歌とトークは「せとまゆ」さん。
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「福島原発事故、ひばく、避難」ということで、水戸喜世子さんと高校生で福島市から京都に避難し、裁判を闘っている
阿部ゆりかさんが対談しました。
水戸さんは、「現在、国側が、「100ミリシーベルト」まで大丈夫だ論を打ち出してきている。事故が起きたときに、
賠償額を抑えるために意図してやってきている」ことを批判。
阿部さんは、311当時は9歳で原発のこともよく分からなかったが、京都へ母と一緒に避難(父は仕事で福島市に残る)。
その際、同級生からものすごいいじめられた。そこで中学受験をして、小学校で自分をいじめた人とはおさらばした。
集団訴訟の誘いがあったとき、進学や就職への影響も懸念する声もあったが、「このまま泣き寝入りしてたまるか」
と訴訟に参加した。韓国に行って現地の若者が「ちっぽけな存在でも声を上げ続ければ変えられる」
と言っていたことに励まされた、などと熱い思いを語りました。
訴訟の判決は一部勝訴で、満足のいく賠償額ではないが「金を取ると言うより責任の所在を明らかにするためのものだ。」
ときっぱり。

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8・6ヒロシマ平和の夕べ、平和講演「ヒロシマ、ナガサキ、フクシマ、原発再稼働」は河合弘之さん。伊方原発差し止め広島裁判弁護団長。
原発裁判で20連敗、疲れて来たところで311があった。新規巻き直しで脱原発弁護団全国連絡会を呼び掛け多くの弁護士が集まった、ということです。
「日本と原発」、「日本と再生」という映画を自ら監督して撮影。
8・6ヒロシマ平和の夕べ 河合弘之さん講演(骨子)
・アメリカは今でも原爆を使ったことは反省していない。
・戦後は、原爆は大国限定で認め、他の国には原発のみを認め体制をつくった。原発で核兵器産業が儲かると言うこともあった。
・原発と原爆は本来表裏一体。だから、反核運動をやっている人は原発に反対しないといけないし、反原発運動をやっている人は核兵器に反対しないといけない。
・核兵器に反対することについては反感は少ないが、原発に反対することは、(特に3・11以前は)国・電力会社・経済界などからなる原子力村の利権に関わることで、反感・憎悪の対象になった。
・再稼働が止まらないのは「今だけ、金だけ、自分の会社だけ」だから。原発をなくした場合、設備を一挙に減価償却しなければならず、会社が赤字になるのを恐れている。
・また、一部の政治家には核兵器の保有能力を潜在的に持っておきたかった。しかし、そもそも日本で6回も核実験をする場所はない。
・フクシマを忘れてはいけない。子どもの甲状腺ガンは100万人に1人の珍しい病気だが、フクシマでは367000人に対して200人もの患者が発生している。「スクリーニング効果」があったにしても、あまりにも多すぎる。
・政府は「原発事故の影響は考えにくい」とし、逃げている。完全否定はしないが、影響がないことを前提に政策を進めている。
・なぜ、被害者への差別が起きるか?それは、被害がなかったことにしたいことの裏返しである。
・原発は自国にのみ向けられた核兵器だ。
・日本は面積あたりの地震が世界平均に対して130倍も起きる国だ。そんな国が原発を絶対つくってはいけない。
・パリ協定は、先進国側が途上国側に再生可能エネルギー(発電所)を売ることでこれまでの先進国vs途上国の対立を解消した画期的な協定。アメリカはトランプは離脱したが、大きな州や民間レベルでは勝手にどんどん再生可能エネルギーを進めている。
・再生可能エネルギーは大きくコストダウンしている。他方、311を受けて安全基準が厳しくなった原発は割に合わなくなっている。日本はこのままではおいていかれる。
・とはいえ、NHKや日経新聞が再生可能エネルギーでこれ以上おていかれるとまずいという問題意識を持っているようだ。
・最終的には日本でも原発より再生可能エネルギーになるだるが、「果報は寝て待て」ではいけない。それまでに日本でももう一度原発事故が起きたら、アウトだから。原発をいますぐやめさせることと、再生可能エネルギー推進を両方やっていく必要がある。
講演終了後、水戸喜世子さんから、サプライズで「ノーベクレル賞」が河合さんに授与されました。

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by hiroseto2004 | 2019-08-06 12:51 | 反核・平和 | Trackback