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エコでフェアでピースな世界をヒロシマから国政へ!成長戦略から成熟戦略。誰もが置きざりにされない社会を。核兵器も原発もない世界を。役人からヘルパーへ。庶民増税より格差是正。ヒロシマの心活かす市民発・政界再編。


by hiroseto2004
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百人一首 かるた大会 益田市

柿本人麻呂にちなんだ百人一首大会が島根県益田市で開催。
柿本人麻呂は、実際には九州王朝倭国・高市帝と極めて親しい皇族だった
のではないでしょうか?おそらく政権No3くらいの力があった。
高市帝が、696年、ホントの乙巳の変で藤原不比等やのちの文武天皇
に暗殺された際に、柿本人麻呂も失脚。結局、石見国に流されたのではないか?
なお、日本書紀では高市帝>蘇我入鹿、柿本人麻呂>古人大兄王、藤原不比等>鎌足
文武天皇>中大兄皇子 に入れ替えていかにも645年にそういう事件があったように
みせかけた。
高市帝は高松塚古墳に埋葬されたが、首は抜かれて、蘇我入鹿首塚に葬られた
のではないのか?
そういう経緯を、平安初期くらいの人はみな知っていたので、柿本人麻呂を
歌聖とあがめたのではないか?と推測しています。






万葉の歌人、柿本人麻呂の終焉の地と伝えられる益田市で、百人一首のかるた大会が開かれました。

この大会は、益田市のかるた協会などが毎年、この時期に開いていて、ことしは小学1年生から40代まで、およそ120人が参加しました。
開会式では、益田小学校6年生の間野優月さんが「日ごろの練習の成果を十分発揮し、正々堂々、最後の1枚まで全力で取り合います」と宣誓しました。
このあと▼3人1組の団体戦と、▼初心者が参加する個人戦に分かれて、競技が行われました。
団体戦は、下の句が書かれた100枚の「取り札」を2チームの6人で畳の上に並べたあと、行われました。
会場には、張り詰めた空気が広がり、読み手が上の句をよみ始めると参加者たちは素早く手を伸ばし、取り札を飛ばすようにして取り合っていました。
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by hiroseto2004 | 2020-01-26 22:39 | 歴史 | Trackback