新型コロナウイルスによる肺炎の悪化で重篤になった男性患者が、福岡大学病院で「ECMO」と呼ばれる人工心肺装置を使った高度な治療を受けて回復し、検査で陰性となって別の病院に移りました。男性はNHKの取材に応じ「一瞬で悪くなった」などと、症状が急激に悪化した様子を語りました。
福岡大学病院救命救急センターによりますと、先月13日に感染が確認されたあと重症化し、別の病院で「ECMO」での治療となった福岡県の30代の男性が先月20日、センターに転院してきたということです。
男性は肺炎の悪化で体内に取り込む酸素の量が一般の人の5分の1以下に低下していたということです。センターは、新型コロナウイルスに感染した患者を受け入れる専用の病床にECMOを4台用意していて、このうち1台で血液に酸素を送り込み肺を休ませる高度な治療をへて、肺の機能が回復したということです。
男性は2度のウイルス検査でいずれも陰性となったことから、1日、医師や看護師の見送りを受けて車に乗り込み、さらなる回復のため別の病院に向かいました。
男性は転院前にNHKの取材に応じ「朝はなんともなかった自宅の階段が、昼にのぼると息切れした。病院で肺炎と診断されてからは一瞬で悪くなった」と、症状が急激に悪化した様子を証言しました。
またECMOの治療を行った医師らに対し「先生がいなかったら死んでいたかもしれない。感謝しかない」と話しました。
「悪くなるのは一瞬だった」
ECMOを使った高度な治療を受けて回復した男性患者の証言の詳しい内容です。
男性の話では、先月13日ごろ、朝、なんともなかった自宅の階段の上り下りが、昼になると息切れするようになり、初めて「おかしい」と感じたということです。
当時、37度前後の発熱があったほかは、特に自覚症状はなかったものの病院を受診したところ肺炎と診断され、新型コロナウイルスへの感染も確認されたということです。
福岡大学病院救命救急センターによりますと、男性は先月18日に別の病院で人工呼吸器に続いてECMOを装着され、20日、センターに転院しました。
この間の経緯について男性は、人工呼吸器の装着前とみられるころに医師や家族から「目が覚めるか、死ぬかのどちらかだ」と言われたことのほか、ほとんど記憶がないとしていて「目が覚めたら今の病院だった」と話しました。
男性は「悪くなるのは一瞬だった。こんなに簡単に悪くなるとは思っていなかった」と話しました。
ECMOによる治療を受けたことについて男性は、自分の親から「ECMOをちゃんと使える人は少ない。ここの先生がECMOを使えるから病院を移ったと思う」と説明されたといい、「先生には感謝しかない。自分1人を助けるために、この病院で20人ぐらいが動いてくれていたのはすごいことで、先生がいなかったら死んでいたかもしれない」と話しました。
また男性は、みずからの闘病経験から「息切れはやばいと思ったほうがいい。悪くなるのが一瞬で気をつけようがないけれども、誰か頼れる人がいるなら頼ったほうがよい」と話しました。
人工心肺装置「ECMO」とは…
「ECMO」と呼ばれる人工心肺装置は、新型コロナウイルスによる肺炎が悪化して、人工呼吸器では対応が難しい重篤な患者の治療に使われています。
体に2本の管を付けて血液を取り出し、人工的に酸素を溶け込ませたり二酸化炭素を取り除いたりしてから体内に戻す仕組みで、肺の機能を一時的に代行して、肺を休ませるねらいがあります。この間に、患者自身の免疫でウイルスが排除されて回復するのを待ちます。
福岡県によりますと、先月9日の時点で県内の病院に少なくとも61台があるということです。
日本集中治療医学会や日本救急医学会などが全国の医療機関を対象に調べたところ、先月20日の時点で少なくとも90人がこの治療を受けたということです。このうち35人はECMOの治療を終えて回復に向かっていましたが、17人は亡くなったということです。
効果と課題は…

今回の治療の責任者である福岡大学病院救命救急センターの石倉宏恭センター長は「ECMO」はあらゆる重篤患者に使えるわけではないとしたうえで、重篤化した患者の治療に効果的に使うための体制作りが求められるとしています。
センターによりますと、今回の患者は受け入れ当時、肺炎の悪化で重篤になり、体内に取り込む酸素の量が一般の人の5分の1以下に低下して、命にかかわる深刻な病状だったということです。
石倉センター長は「転院直前のわずか数時間で肺の状況がさらに悪化していて、あと1日遅ければ搬送もできない状態だった。ほかの患者も含めて、進行のスピードが非常に早い」と指摘しました。
そして患者が退院したことについて「責任を果たすことができたが、また次の患者の受け入れを考えている」と話しました。
一方で石倉センター長は「ECMOの装着には一定の条件があるため、回復の見込みがないと判断した患者には、残念ながら装着できない」と述べ、あらゆる重篤患者に使えるわけではないと指摘しました。
またECOMOを使った治療にはタイミングが重要だとして「人工呼吸器の装着が長引くと、ECMO装着の最もよいタイミングを逃すことがある。ECMOが必要な患者を早期に発見して、タイミングを逃さないことが非常に重要だ。救命率の向上には、取り扱いにたけた施設への患者の集約が必要だ」と述べ、ECMOを効果的に使うための体制づくりが求められるとしています。
センターでは、2009年の新型インフルエンザの流行で海外でECMOによる治療が効果を上げたことから、水準が高いとされるスウェーデンでの研修に医師らを派遣するなどしてECMOによる治療に取り組んできたということです。
石倉センター長は「ECMOが必要になる事態が必ず起きると備えてきたことが、いま実を結んでいる。さらに医師などのレベルアップをはかっていきたい」と話しました。