人気ブログランキング |

エコでフェアでピースな世界をヒロシマから国政へ!成長戦略から成熟戦略。誰もが置きざりにされない社会を。核兵器も原発もない世界を。役人からヘルパーへ。庶民増税より格差是正。ヒロシマの心活かす市民発・政界再編。


by hiroseto2004

被団協の岩佐幹三元代表委員死去

おくやみ申し上げます。お母様を助けられなかった無念。

よくつたわってきました。


被団協の岩佐幹三元代表委員死去

日本被団協の元代表委員で、長年、核兵器の廃絶を訴え、オバマ大統領の広島訪問にも立ち会った岩佐幹三さんが、7日、すい臓がんのため亡くなりました。91歳でした。

岩佐さんは、1929年(昭和4年)に福岡市で生まれ、学生だった16歳の時に爆心地から1.2キロにあった広島市の自宅で被爆し、母親と妹を亡くして「原爆孤児」となりました。
大学卒業後、金沢大学法学部で教べんをとりながら、1960年(昭和35年)に被爆者団体の運動に参加し、核兵器の廃絶を訴え続けてきました。
日本被団協=日本原水爆被害者団体協議会では原爆被害者の調査にあたる調査委員長などを務めた後、2011年(平成23年)に代表委員となりました。
岩佐さんはこの年、被爆体験を後世に引き継ごうと、作家の大江健三郎さんなどとともに、証言記録や手記などを集めるNPOを発足させ、核兵器の廃絶運動を次世代につなげることにも力を入れてきました。
また、2016年(平成28年)に当時の、アメリカのオバマ大統領が広島市の平和公園を訪れた際には、原爆慰霊碑の献花などに立ち会いました。
代表委員を6年間務めたあとは顧問となりましたが、家族によりますと、ことしの春ごろから体調が悪化して入退院を繰り返し、7日午前3時すぎ、すい臓がんのため、千葉県内の自宅で亡くなったということです。
91歳でした。

日本被団協の木戸季市事務局長は、「岩佐さんは非人間的な被爆体験を子どもや孫、それに世界中の人々に2度とさせてはならないという強い信念を持って活動を続けてきた。残された私たち被爆者は、命ある限り、核兵器廃絶に向けて活動を続けたい」と話しています。
広島県被団協の箕牧智之理事長代行は、「岩佐さんは、被爆した際に家の下敷きになった母親を助けることができずいまでも胸を締めつけられる、といつも話していた。戦争をしない、核兵器をなくす、そして平和を守っていくということを常々言っていた。核兵器禁止条約の発効を見届けられず、残念な思いで亡くなられたのだと思う」と話していました。

日本被団協の代表委員で広島県被団協の坪井直理事長は「ともに代表委員を務めて頂いた岩佐さんのご逝去の報に接し、驚いている。仲間が次々に亡くなり残念だ。広島での凄惨な被爆体験をお持ちで、例年の広島県被団協の慰霊式典にはご参列頂いた。日本被団協の活動をリードしてこられた方であり、これまでのご尽力に対し、心から感謝し、敬意を表するとともにお悔やみ申し上げる」とコメントしています。

広島県被団協の箕牧智之理事長代行は、「岩佐さんは、被爆した際に
家の下敷きになった母親を助けることができず、いまでも胸を締めつけられるといつも話していた。戦争をしない、核兵器をなくす そして平和を守っていくということを常々言っていた。核兵器禁止条約の発効を見届けられず、残念な思いで亡くなられたのだと思う」と話していました。


トラックバックURL : https://hiroseto.exblog.jp/tb/29171636
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
by hiroseto2004 | 2020-09-08 19:58 | おくやみ | Trackback