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by hiroseto2004
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おくやみ  免田栄さん 死刑囚で初の再審無罪を勝ち取る

免田栄さん。わたくしが小学生の時免田さんが再審無罪を勝ち取られたこと、昨日のことのように鮮明に覚えています。
お悔やみ申し上げます。




 国内で死刑囚として初めて再審無罪になった免田栄さんが5日、95歳で死去した。無罪確定後は各地の再審請求事件を支援し、講演にも出向いた。「いまだに冤罪(えんざい)がなくならない。裁く人に本当の真実は分からない」と司法に警鐘を鳴らし、死刑廃止を訴えた後半生だった。

 「もう、さみしいだけ」。免田さんの妻玉枝さん(84)は5日夕、福岡県大牟田市で取材に応じ、沈痛な面持ちで語った。免田さんに人生をかけて寄り添ってきた。「免田の顔を見て。いい顔してるよ」。報道陣にそう語り、支援者らが駆けつけた通夜の後には「免田に会えていい人生だった」と振り返った。

 通夜に訪れた支援者で元大牟田市職員の川上洋さん(78)は「35年来の飲み友達。免田さんは『大牟田の人は優しい』といつも言ってくれたが、つらく、取り戻すに取り戻せない人生だったろう」と思いやった。

 免田事件の取材に長く関わってきた熊本日日新聞の元論説主幹で、現在は免田事件資料保存会をつくって資料集出版を目指す高峰武さん(68)=熊本市=は11月、大牟田市の施設を訪ねたのが最後の対面になった。「車椅子に乗って声が出ない状態だった」

 晩年は取材者の枠を超え、公私にわたって免田さんを支えた。「免田さんの心の中には、23歳で逮捕されて以降『自分が一人の人間として認められていない』という気持ちがあったのだと思う。その後の生き方や闘い方を通じて、私たち社会が見過ごしてきた日本の司法制度の問題点に気づかせてくれた」と悼んだ。

 「免田さんが熊本から電車を乗り継いで、再審請求中だったアヤ子さんに会いに来てくれたことがあった。アヤ子さんは強く励まされたと聞いている」。鹿児島県大崎町で1979年、義弟を殺害したとして懲役10年の刑を受けた原口アヤ子さん(93)の再審請求を支援する鴨志田祐美・弁護団事務局長(58)は在りし日をしのんだ。

 原口さんは服役後、無実を訴え再審請求。3次請求では鹿児島地裁と福岡高裁宮崎支部が再審開始を認めたが、最高裁が2019年に取り消した。現在は第4次の再審請求を申し立てている。

 「免田さんの死を、再審請求制度について考えるきっかけにすべきだ。最悪、死刑になってしまう無実の人を救出できる最後の手続きが再審請求。裁判所はこれを機に『疑わしきは被告人の利益に』の精神を思い出してほしい」。鴨志田事務局長はそう語った。

 「勾留中も本当によく勉強されていた」。そう語るのは再審制度に詳しい徳田靖之弁護士。かつて免田さんを講演に招いたことがあった。免田さんは収監中も六法全書や辞書をめくって勉強を重ねていた。「再審制度に大きな風穴を開け、死刑制度が無実の人を殺してしまいかねないことを身をもって示してくれた。免田さんの裁判があったからこそ、その後に続く再審の道が開けた」とたたえた。

 免田さんは19年1月、再審請求した際の記録や収監中に家族や支援者とやり取りした手紙などを熊本大学文書館(熊本市)に寄贈していた。資料整理に携わる同大の岡田行雄教授は誓う。「免田さんが残した資料を後世の研究に役立てたい。それが免田さんの志を継ぐということだ」【満島史朗、西貴晴、白川徹、谷由美子】


by hiroseto2004 | 2020-12-05 19:52 | おくやみ | Trackback