新型コロナウイルスの急速な感染拡大を受けて、濃厚接触者の調査を縮小し検査対象を絞った神奈川県では、身近に感染者の出た人たちが自費でPCR検査を受ける動きが広がっています。
神奈川県は、感染者の急増で保健所の業務がひっ迫しているなどとして、今月9日から一般の人への「積極的疫学調査」を大幅に縮小し、医療機関や福祉施設などの調査や検査に重点を置くことにしました。
これによって、会食したグループや企業内で感染者が出ても、誰が濃厚接触者に当たるかの調査は原則行わないことになり、感染者が身近にいる人が公費によるPCR検査の対象にならないケースも出ています。
こうした中、厚木市の仁厚会病院では調査対象から外れた人などが自費でPCR検査を受けるケースが増え、19日も職場で感染者が出た会社員たちが駐輪場に設けられたプレハブの施設で検査を受けていました。
この病院で、自費で検査を受けた人は、先月は1か月間でおよそ130人でしたが、今月は4日から18日までで320人余りに達し、先月の4.8倍のペースとなっています。
病院は保健所の調査が縮小している影響で、誰が濃厚接触者か分からず不安を感じる人が増えたことが要因の1つとみていて、病院によりますと今月は10人以上が陽性だったということです。
仁厚会病院検査科の泉谷明科長は「感染者の出た企業がフロアの全員にPCR検査を受けさせるなど、年明けから自分の業務が検査一本になるほど増加傾向にある。感染対策に留意して検査を行っている」と話していました。
感染拡大が続く首都圏では、東京都や埼玉県、千葉県も保健所の調査の簡略化の方法を示すよう国に求めていて、今後の国や自治体の方針次第で、自費で検査を行う動きが広がる可能性もあります。
厚木 仁厚会病院 隔離した駐輪場のプレハブの施設で対応
仁厚会病院では、患者との接触を減らして院内感染を防ぐため、PCR検査を希望する人に電話で問診を行ってきましたが、電話の件数が増えて対応しきれなくなり、オンラインでの問診も導入しました。
自費のPCR検査は、一般の患者と接触しないよう隔離した駐輪場のプレハブの施設で行われ、陽性者が出た場合は感染症法に基づいて保健所に連絡し、連携して対応しています。
この病院ではこれまで、新型コロナウイルスの感染者の入院を受け入れてきませんでしたが、神奈川県の求めに応じて軽症や中等症の入院患者向けに10床確保するよう調整しているということです。
PCR検査を受けた人は
19日に仁厚会病院を訪れていた伊勢原市の65歳の女性は、勤務する老人介護施設から指示され、勤務先の負担でPCR検査を受けたということで、「各地で施設内クラスターが起きているので、従業員や入所者を守るために検査に来ました。無症状でもあとから感染が発覚するケースもあるので、『もしかしたら』という思いもあります」と話していました。
また、厚木市の50歳の男性は「職場に出入りする業者もいるので、感染を疑われたくないという気持ちで、自費で検査を受けに来ました。職場やその家族に迷惑をかけるのが心配なので、陽性であれば会社に伝えます」と話していました。
専門家「陽性の人の受診体制 作るべき」
保健所の調査の縮小により自費でPCR検査を受ける動きが広がっていることについて、感染症に詳しい東京医科大学の濱田篤郎教授は「保健所は現在でも業務がひっ迫しているうえ、今後予防接種ワクチンへの対応も担当する見通しで、これまでどおり濃厚接触者の調査までできにくいのが現状だ。企業で感染者が出た場合に、産業医などが濃厚接触者の調査を担うケースが増えていると聞くが、保健所の現状を考えると企業に対応をお願いするのもしかたがない事態だ」と話しています。
こうした状況の中で濱田教授は、国や自治体が、濃厚接触者をどう調査するのか企業向けのマニュアルを整備することや、企業が行う検査の費用を財政的に支援することが必要だと指摘しています。
また保健所以外が行うPCR検査について、「検査した機関が結果を本人に伝えるだけで、医療機関につなぐかどうかが『本人次第』となるのは問題だ。医療機関と提携するなどして、検査で陽性が出た人には必ず医療機関を受診してもらう体制も作るべきだ」としています。
企業から不安の声も
新型コロナウイルスの感染拡大で保健所の業務がひっ迫し、神奈川県では濃厚接触者の調査を大幅に縮小したことを受けて、地元の中小企業からは「濃厚接触者が特定できない」といった不安の声が寄せられています。
感染が拡大する中、神奈川県藤沢市でも保健所が濃厚接触者の調査を縮小する動きが出ていて、市の商工会議所では地元の中小企業から従業員が感染した場合の対応への問い合わせが相次いでいるということです。
具体的には、保健所からの連絡がないと濃厚接触者が特定できないとか、従業員に自費でPCR検査を受けさせたいがどこへ行けばいいかといった相談が増えているということです。
限られた人員しかいない中小企業の中には、保健所からの具体的な指示がないと従業員を休ませるかどうか判断に迷うケースも多いということです。
藤沢商工会議所の竹村裕幸専務理事は「感染者が出てからの1日1日が、小さな店にとっては命取りになっていく。企業の対応などをまとめた分かりやすいマニュアルを示してもらえれば保健所の負担も軽減されるのではないかと思う」と話していました。
神奈川県の取り組み 専門家「状況に合わせた対応は望ましい」
新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、保健所がひっ迫し、積極的な疫学調査を取りやめるところがある一方で、住民を対象に幅広くPCR検査を行うところがあるなど、自治体が判断して対策を進める動きが出てきています。
これについて、政府の分科会のメンバーで日本感染症学会理事長の東邦大学、舘田一博教授は「全国的な感染拡大によって、医療体制などがひっ迫し人々の不安が広がるなか、各自治体でどんな対応ができるか模索しているのだと思う。地域の事情や感染状況はそれぞれの自治体のトップが最もよく把握しているはずで、状況に合わせてきめこまやかに対応するのは望ましいと思う」と述べました。
その一方で「対策が誤った方向に行かないよう、政府や感染症の専門家と一体になって緊密に連携することが必要だ。大規模なPCR検査を実施する場合には、陽性の人が見つかった場合の対応をしっかり行い、感染拡大防止にどれくらい効果があるのか、検証することが求められると思う」と指摘しました。
さらに、舘田教授は「保健所がひっ迫して、積極的な疫学調査を行えない事態は非常に深刻だ。人員の補充などはすでに限界で、この事態を切り抜けるためには人と人との接触を可能なかぎり減らし、1日も早く感染状況を下火にするしかない」と話しています。