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庶民派知事で何があっても心配いらない広島を ヒロシマ庶民革命


by hiroseto2004

阪神淡路大震災から28年・・・日本の「ボランティアの時代」が「新自由主義の時代」と重なった不幸

阪神淡路大震災から28年・・・日本の「ボランティアの時代」が「新自由主義の時代」と重なった不幸1月17日で阪神淡路大震災1995から28年になる。改めて犠牲者を追悼したい。第二次世界大戦後初めて、政令指定都市が震度6以上に見舞われ多大な犠牲を出した。(その後、2005年福岡県西方沖地震、2011年東日本大震災、2016年熊本大震災が起きている)。現在では1月17日は、防災とボランティアの日として定められている。政府や行政の対応の遅れが目立った一方、ボランティアが活躍したことから、そう言われるようになった。確かに、ボランティア精神は素晴らしい。だが、この1995年は、日経連の「新時代の日本的経営」が出て、日本が新自由主義に大きく舵を切った時代であった。そして、2001年の小泉政権下では、市町村合併と公務員削減が並行して進んだ。ボランティアの時代が新自由主義の時代と重なったことは、日本に返す返すも不幸だった。ボランティアに行政がただのりし、巧妙に新自由主義を推進、すなわち公務員を削減するなど、利用してきた面もあったのではないか。その典型例が2018年の西日本大水害2018である。故・安倍総理、岸田現総理は赤坂自民亭でどんちゃん騒ぎ。被害が深刻になっても安倍さんは、総裁選対策の宴会には熱心だった。また、広島県内では、00年代に全国のトップランナーとして市町村合併を進め、公務員を削減してきた矛盾が噴出。いまだに復興が十分進んでいない地域もある。マスコミも「ボランティアが不足」などの無責任な報道をしてきた。「ボランティア」とはそもそも「自発的」という意味だ。だから、不足、などと言う言い方をすること自体が矛盾している。あるいは、ボランティアだからただ働きでいい、そういう誤解も日本人の間には深くあった。長年の新自由主義の結果として、人々の暮らしは厳しくなり、余裕もなくなりつつある。これまでの調子でのボランティア頼みは難しい。一方で、広島市は防災士育成を広島土砂災害2014以降進めてきたが、その活用も実際のところ十分にはできていない。結局のところ、人々のボランティア精神を利用できる時だけ利用し、喉元過ぎれば熱さを忘れるという感じも否めない。また、中央政府も、また、武器倍増にはご執心であるが、日本人にとり、毎年のように現実的な脅威になっている災害への備えはどうか?上記の通り、とくに安倍政権では緩みが目立った。防災に、ハードの面はもちろん、人の面でも行政が責任を持つ。その上でボランティアを活性化していく。車の両輪として必要だと考える。

by hiroseto2004 | 2023-01-16 20:59 | 新自由主義批判 | Trackback