人気ブログランキング | 話題のタグを見る

庶民派知事で何があっても心配いらない広島を ヒロシマ庶民革命


by hiroseto2004

米騒動1993から30年 食料安全保障不在のつけが回ってきた

米騒動1993から30年。
1993年は空前の大冷夏となり、コメの作況指数は北海道で40など、過去最悪を全国各地で記録しました。

青森県の太平洋側など、ほとんど米がとれないゼロという地域もありました。これによりコメ不足が発生。緊急にタイ米を輸入。

それまで、コメは一粒たりとも輸入しないという方針をとっていた日本政府の政策がこの米騒動を契機に崩れました。

コメのミニマムアクセス、ついで関税化を受け入れざるをえなくなりました。

他方で、いわゆる減反政策は解消されました。

しかし、欧米含む諸外国が農家に所得保障、価格保障を行って食料安全保障を図っていたのに
対して、日本は農家への支援は実は手薄でした。

実を言うと、1993年以前は減反政策で振り回された農家のやる気もそがれ、基本的な冷害対策もおろそかになっていたことも、コメ不足に拍車かけていたのです。

だが、日本全体としては、とにかく自由化だ、工業製品を輸出し続けるためにもアメリカの言うことを聞かないといけない。そんな状態でした。

こうしたこともあり、食料自給率はダダ下がり状態となりました。

だが、1990年代はいわゆる円高時代で「金さえあればなんでも海外から買える」時代でした。

むしろ
「農業は潰れても、付加価値の高い産業が起きればなんとかなる。金さえ稼げれば食い物は買える」

そういう論調が、マスコミや、当時の共産党、新社会党を除く与野党の主流でした。

ただ、このころから、就職氷河期世代から順次所得が下がっていく、世界の中でも日本人の所得が上がらない時代がスタートします。

低所得層の食料危機が、2008年のリーマンショックのころから顕在化します。

民主党政権は貧困対策も期待され、政権を取り、農業の戸別所得保障も行ったが
すぐに安倍晋三さんに政権を奪還されてしまう。

このころから子ども食堂が現れます。それはいわゆる子どもの貧困(実際は親世代の貧困)が

背景の一つでした。また、コロナの下では収入激減を背景に大学生や社会人向けのものも広がっていきます。

しかし、安倍政権では食料安全保障ではなく、円安を利用した中国への輸出を軸とした
「儲かる農業」が重点を置かれます。

そして、直近のコロナによる所得低迷。そして物価高騰。ウクライナ戦争。が付けばエライことになっています。

(タイの皆様には失礼になりますが)タイ米でも安く食える食い物があった30年前が懐かしい。そんな状況です。


1993年の米騒動後、時代に合わせた食料安全保障政策を取ればよかったのに、
「金があれば何でも買える」と油断したのが失敗でした。

さらにその後、国内でも格差が拡大し、労働者の給料が伸びない、そしてついに円安も
背景とした物価高で、現在のような特に子どもの夏休みの食料問題の深刻化となっています。

子ども食堂 きっず☆庵
8月5日(土) 12時~14時
場所 鉄板居酒屋 じゅげむ
広島市安佐南区祇園2-2-2(古市橋駅から南へ徒歩5分)
メニュー ミニお好み焼き弁当
小学生 100円 中高校生 200円 大人 300円

米騒動1993から30年 食料安全保障不在のつけが回ってきた_e0094315_18055372.jpg


駐車場はないので、クルマでご来場の場合はコインパーキングなどをご利用ください。
この他、カラオケ、お困りごと相談があります。お気軽にお立ち寄りください。

また、広島市北部ではフードバンクあいあいねっと様が、食料配布を月二回程度行っております。
こちらでも食料配布と同時にお困りごと相談などをされています。
https://aiainet.org/




by hiroseto2004 | 2023-07-30 11:58 | ジェンダー・人権(労働問題) | Trackback