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庶民派知事で何があっても心配いらない広島を ヒロシマ庶民革命


by hiroseto2004

カープの天敵「大砲」ならぬ「大豊」泰昭さん命日

カープの天敵「大砲」の命日

「ピッチャー川口、投げた。大豊打った!あ、レフト動けない!!ホームラン!数少ない中日ファンが待つ広島市民球場のレフトスタンドへ川口のスライダーを流し打ち!川口、またまた打たれてしまいました!」
2015年1月18日は、わたしが、実は最もショックを受けた野球選手の命日です。
津田、衣笠や北別府が亡くなった日はとても悲しかったが、それとは質の違った衝撃を受けた日です。

元ドラゴンズ、タイガースで活躍された大豊泰昭選手の命日です。白血病で亡くなられました。

わたしはある時期まで、失礼な話ですがホームランを良く打つから「大砲」をもじって「大豊」選手だと思い込んでいました。その原因は、彼がカープ戦でめっぽう強かったからです。

1994年にはカープ相手に19本塁打という同一チーム相手の本塁打の最高記録を打ち立てた。しかも広島市民球場が10本でした。

まるで、カープの選手のように、広島市民球場では強かった。

広島市民球場が狭かったから?

いいえ。それだけだったら、大豊より総合力では格上の王貞治や長嶋茂雄、ランディー・バース、落合博満あたりが達成していてもおかしくはないでしょう。敵味方両方の球場が狭いなら1992年の東京ヤクルトスワローズのジャック・ハウエルあたりも有力でしょう。あるいは、大昔、無茶苦茶カープが弱い時期に、川上哲治や藤村冨美男あたりにやられてもおかしくはなかった。

やはり、大砲、いや大豊がいかに広島市民球場で異常に強かったということでしかない。プロ最初の本塁打も広島市民球場でした。

亡くなられた時、51歳だったということ、自分が1984年に本格的にカープファンになって以降、カープ戦で最もよく活躍した敵の選手で始めて亡くなられた選手ということで大変な衝撃を受けたし、今でも信じられないです。晩年は中華料理屋を開かれていたということ。
私も、実際には、選挙応援などで名古屋にうかがう機会もありましたので、一度くらい、大豊飯店に食べに行っていればよかったなあ、という思いもあります。

合掌。
by hiroseto2004 | 2024-01-18 16:36 | おくやみ | Trackback