ノーベル平和賞 県被団協設立に関わった阿部静子さん
2024年 10月 12日
97歳になられます。
ノーベル平和賞に日本被団協が選ばれたことについて、長年にわたって核兵器廃絶の活動に尽力し、日本被団協の設立に先立って、広島県被団協の結成に関わった被爆者の阿部静子さん(97)は、「闇夜に、荒波に向かって叫ぶような思いで運動を続けてきた苦労が、やっと認められたような気がします」と喜びを語りました。
18歳の時に爆心地から1.5キロで被爆した阿部静子さんは、顔などに残った傷あとや差別に苦しみながら、被爆から11年後に、ほかの被爆者とともに救済を求めて国会に請願に赴いたほか、日本被団協の設立に先立ってつくられた、広島県被団協の結成にも関わりました。
長年にわたり、被爆者の結集や核兵器廃絶のための国内外での活動に尽力した阿部さんは、きょう、広島市の高齢者施設でNHKの取材に応じ、「七転八倒して苦しみながら、病気や苦労の末に亡くなった被爆者たちが、『受賞してよかったね』と言ってくれていると思います。闇夜に、荒波に向かって叫ぶような気持ちでした。何の実りもない、何の返答もない、何回も挫折する中で、運動を続けてきた苦労がやっと認められたような気がします」と喜びを語りました。
核兵器を巡る国際情勢が厳しさを増していることについては、「核兵器が使われ報復もあれば、地球はだめになります。世界の人たちが核兵器の被害を甘く見ている。だから核兵器の競争をするのだと思います。私のような者を作ることがないよう、絶対に核兵器は廃絶しなければいけません」と批判しました。
その上で、唯一の戦争被爆国でありながら核兵器禁止条約に参加していない日本政府の対応について、「世界をリードし世界の人たちを納得させる責任が日本政府にはあると思いますが、オブザーバー参加さえしないのは被爆者として情けなく残念です。すぐそばにいる被爆者を正面から見てほしいです」と述べた上で、政府に対し、核兵器廃絶を世界に働きかけるよう求めました。
by hiroseto2004
| 2024-10-12 20:56
| 反核・平和
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